第154話 ドジっ子みたいに踊ような気持ち
先輩たちのメイクが優先される中、待ち時間のある実瀬は、デバイスに届いていた未確認メッセージを開いた。
差出人は、氷川瑠織。
――
その節は大変お世話になりました。
本日のデビューコンサート、見に行けず残念ですが、心から応援しています。
叶わなかった「アイドルになる夢」を、赤星さんに託します。
どうか頑張ってください。コンサートの成功を祈っています。
――
初めてのコンサートを控える今、クラスメイトからは軽いノリの応援メッセージがいくつも届いていた。
けれど、仕事で忙しい家族からは、まだ何も来ていない。それが少し寂しかった。
そんな中で、炎上騒ぎをきっかけに言葉を交わすようになった元ライバルからの
温かい一通が届き、実瀬は思わず微笑んだ。
――氷川さん……今日も服を作ってるのかな。
氷川家。瑠織の部屋。
窓の外には、曇り空の切れ間から差し込むわずかな日差しが映っている。
ローテーブルに座り込んだ瑠織はミシンを踏み、スケッチブックに描いてきたデザインを、丁寧に布へ落とし込んでいた。
その最中、デバイスが着信音を鳴らす。
赤星実瀬からの返信だった。
――
ありがとうございます。氷川さんの想い、確かに受け取りました。
必ずコンサートを成功させます。
氷川さんの服づくりも、心から応援しています。
――
瑠織は小さく息を吐き、窓の外を見上げて微笑む。
「今ごろ、パウダールームでメイクしてるのかな……。頑張って、赤星さん」
メッセージを返した実瀬は、デバイスを閉じたまま、ぼうっとしていた。
そこへ、髪もメイクも綺麗に仕上がった愛川凛音が、朝に配られたジュースを飲みながら近づいてくる。
「実瀬ちゃん」
「あっ、凛音先輩。もうメイク終わったか?」
まだ衣装に着替える前のジャージ姿なのに、顔立ちと髪は、まるで夜会に出る姫のように整っている。
「終わったよ。何考えていたの? ぼーっとしていたけど」
「ううん、何でもないよ」
凛音はふと思い出したように聞く。
「そういえば実瀬ちゃん、家族は忙しくて来られないんだよね?VIPチケット、誰かに渡したの?」
陽太を誘ったことが脳裏をよぎり、実瀬は一瞬だけ視線を逸らす。
「えっと……学校のクラスメイトに」
「女の子だよね?」
「もちろん!男のクラスメイトに渡すわけないじゃないですか」
凛音は実瀬の反応を見て、面白がるように口角を上げた。
「ふ〜ん。来られるならいいよね」
「はい」
「――で、次は実瀬ちゃんの番よ。メイク」
「はい、今は行くね」
スタイリストが並ぶ席のひとつに座る。
「赤星さん、昨日のリハと同じ雰囲気でセットしていい?」
「はい、お願いします」
VIPチケットを男のクラスメイトに送ったことは、どうしても言えない。
妙な誤解をされたら厄介だ。
緊張を紛らわすように、実瀬は小さく息を吐く。
それでも胸の鼓動は止まらない。
今朝、陽太から届いた短いメッセージ――「コンサート、頑張ってください」。スタンプも顔文字もない、ただそれだけの文面を思い出す。
(……日野くん、妹さんと来るんだよね。まあ、コンサート中に誰が来てるかなんて、誰も分からないけど……問題ないよね……)
隣の席に座っていた四葉雫玖が、落ち着いた声で言った。
「心臓、ドジっ子みたいに踊ってるね。」
「雫玖先輩……心拍、聞こえるんですか?」
「ええ。心配しなくても、大丈夫。今日、実瀬さん悩むことが起きないでしょう」
人魚として“心の声”に近いものを感じ取れると知っている実瀬でも、さすがに背筋がゾクリとした。
「え……まさか」
「素直になれない気持ちは、煩悩になるでしょう?
でも悩む必要はないよ。秘密を秘密のまま抱えて、受け入れていい。
秘密が一つ、二つあるのは、女の魅力を増やす魔法だから」
実瀬は、ドッキリ企画でも仕掛けられたような気分で苦笑した。
「……勉強になります……」
髪型を固定するスプレーがかけられ、スタイリストが声をかける。
「はい、できましたよ。四葉さん、確認お願いします」
雫玖は鏡の中の仕上がりを見て、満足そうに微笑む。
「万全ですね。ありがとうございます」
「先に出られますね」
耳まで赤くに染まる実瀬が細い声で応じる。
「はい」




