第153話 ボーイミーツボーイ
ゲームセンターで陽太を監視していた岡本は、周囲への警戒に意識を集中させていた。
その隙を突くように、視線とは逆方向から一人の男が歩み寄ってくる。
フィットした白いTシャツに、ボタンのない五分袖カーディガン。
足元はジーンズ。
手にはコーラの入ったカップ。
――ドンッ。
肩がぶつかり、カップの中身が弧を描いて岡本の服にぶちまけられた。
「くっ……!!」
「あっ、す、すみません! コーラが……!」
謝罪の言葉とは裏腹に、岡本は怒りを露わにする。
「貴様……どういうつもりだ!?」
岡本が男の襟に手をかけようとした、その瞬間だった。
男の身体に、金色の紋様が浮かび上がる。
次の瞬間、眩い光が弾け、岡本の身体は弾き飛ばされた。
「ぐっ――!」
床に尻を打ちつけ、フードが外れる。
露わになった右頬には、黒い刺青のような異様な紋様が浮かび上がっていた。
岡本は、男の顔をはっきりと認識し、目を見開く。
「……お、お前は……綾瀬凱斗!?」
その背後には、凱斗の肩より少し低い位置に、内気そうな少女が控えていた。
近衛・ソフィアノス・真夢だ。
「岡本さん。更生して、まだ半年も経っていませんよね。
それで人を尾行するとは、どういうつもりですか?」
「邪魔すんな……!シャドマイラ討伐は、ヤングエイジェントの専売特許じゃないだろ!」
岡本の言葉に、凱斗は余裕のある笑みを浮かべたまま、真正面から問いかける。
「さっきから追ってるのは、シャドマイラじゃないよな?
場所を変えて、ゆっくり話そうか」
「チッ、エイジェントのお坊ちゃんどもに構ってる暇はない」
舌打ちすると、岡本は身を翻す。
次の瞬間、彼の姿は黒い影のように掻き消えた。
残された真夢が、小動物のようにおずおずと凱斗に問いかける。
「……綾瀬くん、追わなくていいんですか?」
「いい。俺たちの役目は、作戦の不安要因を排除することだ。それだけで十分だ」
そこへ、聞き慣れた声がかかる。
「すみません。何が、起こったんですか?」
振り向いた凱斗は、目を丸くした。
いつの間にか、陽太がすぐそばまで来ていたのだ。
「いや、ちょっとした不注意でね。軽いトラブルだよ」
陽太は一瞬間を置き、慎重に問いかける。
「あの、間違っていなければ、
あなたと、さっきの人も異能者ですよね?」
「気づいていたのか」
「はい。あの人、体温が一般人より少し高かったですし。
それに、さっき一瞬、強いエネルギーの揺れを感じました」
「あの人の尾行にも気付いたか?」
陽太は頷き、凱斗をまっすぐ見つめる。
「はい。妹や周囲を騒がせないため、ずっと注意していました」
凱斗は一瞬、拍子抜けしたようにため息をついた。
「なんだ……未熟なルーキーかと思ったら、もうバレてたか」
すぐに気を取り直し、胸を張って朗らかに名乗る。
「俺はナイト・ガディアンズ隊長、綾瀬凱斗だ」
「沖田さんから聞いています。
ネオ東京所属のヤングエイジェントチームですね。僕は――」
「日野陽太くん、だろ?六月に西八王子で新種ゴラーテルトンを撃破。
先日のケンファクニードス事件も解決した。立派な実績だ」
完全に把握されていると悟り、陽太は驚いて尋ねる。
「……調べたんですか?」
「作戦を円滑に進めるためには、協力相手の情報収集は基本だ。
今日の作戦、ナイト・ガディアンズも協力する。
彼女も、俺たちの仲間だ」
真夢は少し緊張した面持ちで、控えめに頭を下げた。
「……近衛・ソフィアノス・真夢です。よろしくお願いします」
身長は156センチ。学校の制服を着て見た目はごく普通の女子高生だが、
存在感は薄く、一輪のコスモスのような静けさをまとっている。
陽太は、純一からの事前連絡を思い出し、深く考えすぎずに頷いた。
「よろしくお願いします、近衛さん」
その頃、ゲームをクリアし、ハイスコア一位を叩き出した陽菜が、
コックピットを降りて、満足に笑って両手を挙げ、大きく伸びをする。
「楽しかった!あのマシンの武装が最終モードを撃つのが心がスッキリだよね」
「所で、お兄ちゃん、どこー?」
周囲を見回し、少し離れた知らない人たちと話し掛ける陽太の姿を見つけると、
軽快に駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん、学校のお知り合い?」
「ううん。ヤングエイジェントの先輩。綾瀬先輩と、近衛先輩」
先輩と呼ばれたことに、凱斗は鼻が高そうに笑う。
一方、真夢は肩をすくめ、もじもじと視線を落とした。
「妹の陽菜です。この度、兄がお世話になっていて、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。今日は初対面ですよ」
「そうなんですか」
「綾瀬先輩。作戦協力について、剣崎部長から何か具体的な指示は?」
「君の行動を監視しつつ、〈レナタ〉が品川島に現れるまでに、
討伐に支障となる不安要因を排除する。
行動目的がバレたら、君たちの予定に合わせて同行する」
「了解しました。陽菜、次はどこに行きたい?」
同行者が増えたことに、陽菜は少しい悩んだ。陽太が初対面の人と手合わせる事が、緊張によってミスが起こるかもしれない。それを心配する陽菜は、全ての状況を理解した上で提案する。
「そうだね……お兄ちゃん。ボウリングにする?それとも卓球?」
「……どうして急に?」
「いいから、どっち?」
「じゃあ、ボウリングで」
「綾瀬さん、近衛さんも一緒にどうですか?」
「わ、私は運動が苦手で……ボウリングは……」
「お兄ちゃんも下手ですし、ゲームなんだから楽しめばいいですよ」
その意図を察した凱斗が、気楽に頷く。
「いいね。やろう。日野くんとペアを組もうか」
「得意じゃないですけど……」
「俺がカバーするさ」
「行こう、お兄ちゃん」
陽太の背を押し、四人は609スクエア内の室内スポーツセンターへ向かった。
その少し離れた場所。
スロットマシンのベンチに足を組んで座る少女と、凱斗の視線が一瞬交差する。
蛇塚灯翠。張られているはずの精神防壁をすり抜けられた、
凱斗は彼女の存在を認識していた。
興味深そうに微笑む灯翠。
凱斗は眉をひそめ、警戒するように背を向け、陽太たちの後を追った。




