第150話 それぞれの想い ③
先輩たちのリハーサルを見守っている最中、
栞成がそっと列の端へ寄ってきた。
できるだけ周囲の邪魔にならないよう、実瀬の耳元に顔を寄せ、小声で告げる。
「みちゃん、マネージャーさんが呼んでるよ」
「え? どんな用件?」
「分からないけど……四階のバルコニーで待ってるって。
多分、結構大事な話みたい」
「分かった。今、行くね」
実瀬は静かに席を立ち、ホールを抜けてバルコニーへ向かった。
潤軌の指定席前に立つと、マネージャーが振り返る。
「来たか」
「呼ばれたと聞きましたが……」
「ああ。例の炎上事件について、調査結果が出た」
その一言で、実瀬の胸がざわつく。
「……事件を仕掛けた張本人は、浅井さんだ」
実瀬は思わず言葉を失い、口をわずかに開けたまま固まった。
「……え……」
UCBDから、実瀬と柚奈がシャドマイラに狙われる可能性があるという警告が届いている。そして、ネット上の炎上を意図的に引き起こした人物――その名が、柚奈だと判明したのだ。
「浅井さんは……認めたんですか?」
「いや。彼女に直接話す前に、まず君の考えを聞きたい」
柚奈の家庭事情も、置かれてきた立場も、実瀬はよく知っている。
なぜ、こんな行動に出たのか察しはついた。
実瀬は視線を落とし、床を見つめたまま、かすかな声で呟く。
「……私より、ずっと多くの才能を持っているのに……
それでも、私に嫉妬するなんて……」
「一度、きちんと話す必要があると思うが」
「……分かっています。でも、今はタイミングが良くありません」
「君は、どうしたい?」
実瀬は顔を上げ、胸に手を当てて、はっきりと言葉を選んだ。
「デビューコンサートが目前です。
ここで事件の話をぶつけても、誰のためにもなりません。
皆が整えてきた気持ちを、乱したくない」
「このまま、何も解決しないままステージに立つつもりか?」
「……はい」
実瀬は迷いのない眼差しで続ける。
「ライバルとして向き合うなら、
私も全力で彼女に挑みたい。
クイーンの席を掴んだ私の本気を、ステージで示します」
「……確かに。プライドの高い彼女を言葉で動かすのは、簡単じゃないな」
「マネージャー、この件は……他の誰にも知らせず、私に任せてください」
しばし沈黙ののち、マネージャーは静かに頷いた。
「分かりました。君を信じよう」
実瀬は一礼し、バルコニーを後にした。
ホールへ戻ろうとした、その途中、
人気のないエレベーターホールで、考え込むように立ち尽くす柚奈と鉢合わせる。
「浅井さん……リハーサルを見に来ていたんですか?」
「もちろん。アンコール曲の全体合唱、まだ詰めてないでしょ?」
「そうですね」
実瀬は胸の奥に湧き上がる怒りを飲み込み、
静かな、しかし鋭い微笑みを向ける。
「浅井さん。あなたがフェアリーズに入った目的は、何ですか?」
「フェアリーズのナンバーワンになって、
レジェンドアイドルになること」
「さすが、『グリーナ』さん。その覚悟、私と同じですね」
実瀬は一歩踏み出し、はっきりと言い切る。
「でも、レジェンドになれるのは、夜空の一等星になる、
この私。『イレアナ』です。一度掴んだ席は、そう簡単には譲れません」
柚奈は腕を組み、顎をわずかに上げて、挑発的に笑った。
「ふん、調子に乗らないで。
あんたからその席を奪うのは、時間の問題よ」
二人の視線が、鋭く交錯する。
まるで宣戦布告のように、空気が張り詰めた。
硝煙の匂いすら漂うその沈黙の中、
実瀬は確信していた。
(このデビューコンサートは、私だけじゃない。
浅井柚奈の意識も、限界まで引き上げる舞台になる)
それこそが、フェアリーズを“本物”へ押し上げるための、
実瀬の覚悟だった。




