第146話 伝令指示 ②
「お兄ちゃーん、朝ごはんできたよ〜〜!!」
姿は見えないが、元気いっぱいの陽菜の声が廊下から響いてくる。
陽太は扉の方へ視線を向け、声を返した。
「今行くよ!じゃあ、瑤妤お姉さん。朝食を食べたら、出かけます」
一方、科研研究所・実行支援部の事務室。
部長席に腰を下ろす瑤妤のデスクには、陽太のホログラム映像が浮かび、その脇には対策本部からの内線通信として、剣崎部長の半身が小さく表示されていた。
陽太の言葉を聞きながら、瑤妤は静かに頷く。
「ええ。それから、陽菜ちゃんにも伝えて。お友達を家に呼んで勉強会をするのはいいけれど、遊びすぎないようにって」
「うん、伝えておくよ。でも勉強の方は大丈夫だと思います。武田さん、成績が良いらしくて、ちゃんとまとめ役をやってくれてます」
「瑤妤お姉さんは、仕事が忙しくても、ちゃんと食べてくださいね」
そう言われ、陽太は少し照れたように笑う。
「そう。それと、剣崎部長からの指示よ。今日は新宿エリアの屯駐拠点で待機してちょうだい」
「分かりました。大原所長と研究所の皆さんにも、よろしくお伝えください」
「ええ。伝えておく。じゃあ、通信を切るわね」
「はい」
陽太の通信を切断した。次いで、対策本部からの映像が拡大され、瑤妤は姿勢を正して剣崎部長へ向き直った。
「剣崎部長、以上が当日の陽太くんの行動予定です」
少し考え込んだ剣崎は、静かに口を開く。
「そうか。今回の最終的な決戦地点は、ネオ品川島になる可能性が高いな。地上エリアへの被害も抑えられる。こちらにとっては朗報だ」
顎に手を当て、続ける。
「しかし、日野くんはよく考えている。609スクエアはスタジアムから少し離れているが、同一区画内の施設だ。彼は、戦況を読む才覚を持っているようだな」
「おそらく紅さんから、何らかの情報を得たのでしょう。同じ道場に通う縁もありますし、最初に異変を相談したのも陽太くんでした。昨日あたり、対策の助言を求めていた可能性があります」
「なるほど……彼女は常に事件を解決に適切な方を早い時点に接触する。それも思わぬ巡り合わせだな」
そこへ沖田が、議論を前へ進めるように口を挟む。
「では、作戦の輪郭は固まりましたね」
「ああ。拠点配置を再編し、半数を加減できる。沖田さん、当日は渋谷拠点で待機をお願いできるか」
「了解です。神足スキルなら、どこへでも即応できます」
「作戦実行時の応変は、諸君に一任する。では、武運を」
通信が切れ、対策本部の映像が消えた。
瑤妤は軽く目を閉じ、息を吐く。
「……着地点が見えたのは、何よりね」
「ところで瑤妤君。君は日野くんと、ずいぶん親しい関係のようだが、亡くなったご親戚の子だったか?」
「ええ。姉と義兄の子です。幼い頃からよく一緒に遊んでいましたし、自然と今の関係になりました」
沖田は納得したように微笑み、穏やかな声で評価する。
「なるほどね。さりげなく人を気遣えるなんて、温かくて良い子じゃないか。
この前のチーム・ウィクトーリアの集まりでも、早い段階で心の壁を取り払い、自然と打ち解けていた。陽太くんは根明るいに少し照れ屋なところがあるけれど、妹の陽菜さんが人間関係をうまく支えている。あの兄妹の結びつきと信頼は、群を抜いているよ」
「ええ……私が思っていた以上に、あの子たちはしっかりしているのかもしれません」
「李部長も、すっかり保護者の顔になっていたね」
「今は、姉や義兄の気持ちが少し分かる気がします。
守る立場というのは……決して楽なものではありませんね」
自分も子を育ててきた沖田は、瑤妤の言葉に深く頷き、心からの笑みを浮かべた。
「甘くて、苦い役回りだ。ところで……浅井部長から、陽太くんに関する研究要請は出ているのか?」
「沖田さんも、もう耳に入っていましたか」
「いや、直接ではない。ただ……彼の力は常識の範囲を超えている。
稀有な異能を持つ子ほど、暴走を防ぐための“管理”を求められる。
そう考える長官がいるのも、無理はない」
「確かに、日野家系の遺伝子調査は進めています。それに加えて……同じ力を再現できるもう一人を作る可能性についても、指示が出ました」
いつも余裕を崩さない瑤妤の笑みが、その時だけ、わずかに硬く見えた。
「やはり、そうでしたか。難しい立場だと分かっていても……それでも、部長の指示を受ける?」
「はい。私が断れば、別の研究チームに回されるだけです。止められない流れなら、せめて私の目と手が届く範囲で、あの子を守りたい」
静かに、しかし強い意志を込めて続ける。
「陽太くんは、管理される存在として扱われることを嫌います。
外部の不審な組織については注意を伝えましたが、もし上層一部の長官の異能者を見る価値観を知らされれば……組織の体面を守るためにやっていることが、あの子が傷つけられる可能性もあります」
「社会のルールを守って生きる異能者が、偏見に晒されても平然と耐えられるとは限らない。人は、自分が理解できないもの、制御できないものを本能的に恐れる。
悪意や歪みを向けられることも、避けられないだろう」
沖田は少し間を置き、穏やかに言葉を結んだ。
「それを理解し、受け止めていくのは……異能者である以上、一般の人間よりも多くの重荷を背負うということだ」
「……ええ。確かに」
「同世代の子どもたちをチームとして集めたのも、
彼ら自身が、これから歩む道を信じられるようにするためだ。
その点については、今後も僕が気を配ろう」
「ありがとうございます。
沖田さんが陽太くんの指導に関わってくださるなら、とても心強いです」




