第144話 追いべきキーマン ②
暁音はそう説明しながら、卓上の操作パネルに指を走らせる。
ホログラムが立ち上がり、三人の顔写真が宙に並んだ。
「三人目は?」
「同じフェアリーズプロ所属、浅井柚奈です」
葛西副部長が息を呑む。
「……次の標的は、この三人ということか」
「なお、レナタが最初に発生した地点は氷川さんの自宅付近でしたが、糸世さんの調査によれば、現在氷川さんは安全圏にいます」
「紅さん、詳しく説明してもらえますか?」
葛西の問いに、糸世は落ち着いた口調で応じた。
「私の糸分身で確認しました。
沖田さんが指導しているチーム・ウィクトーリアの一人、手塚さん、彼女は氷川さんと同級生で、親友関係にあるそうです。強い嫉妬の念は、どうやら彼女との相談によって解消されたようでした」
「となると……次に狙われるのは浅井柚奈か」
「はい。彼女の行動分析から、危険エリアは二つ。実家のある目黒、そしてフェアリーズプロダクション事務所のある新宿です」
報告を聞きながら、剣崎は静かに口を開いた。
「……あるいは、日曜に品川スタジアムで開催されるフェアリーズのコンサート会場」
一瞬、会議室に重苦しい空気が流れる。
その沈黙を破るように、綾瀬が軽く問いかけた。
「意外ですね、剣崎部長。アイドルイベントに詳しいとは」
「詳しいわけではない。ただ……たまたま娘から聞かされた」
「なるほど」
葛西副部長は軽く溜息をつく。
「しかし、シャドマイラの出現予測は不確定性が高すぎます。
こちらが注目し、戦力を集中させれば、逆に別の地点へ現れる可能性もある」
ルベライトが、涼やかな笑みを浮かべて口を挟んだ。
「いわゆる事象予測のブレね。ならば一歩引いて、私たち自身を観測対象から外してみてはどうかしら?」
「警戒態勢を緩める、という意味か?」
「いいえ。観測の焦点をレナタから、あの子を追う少数の存在へ移すの。
あるいは、レナタが注視しているヒーローそのものへ。
彼こそが、今回の事件を動かすキーマンでしょう。
私たちは、その人物に必要な支援を提供すれば十分よ」
ルベライトの提案に、糸世も頷いた。
「私も賛成です。レナタへの注目度を下げれば、予測ブレ現象の発生率も抑えられます」
だが、その意見に真っ向から異を唱えた者がいた。
渋谷エリアの屯駐拠点から参加していた、重装特務隊部長・堀田弘武。
黒髪にサングラス、左眼に走る古傷。無骨な風貌の男だ。
「民間の異能者に責務を丸投げするつもりか。そんな消極的な対策、俺は認められん」
「民間人ではなく、有力なヤングエイジェントに賭ける案では?」
「昨日の足立エリアを見ただろう。
未熟な若手に任せるのは危険すぎる。
我々が戦力を増強し、該当エリアへ重点配備すべきだ」
それに対し、ルベライトは冷ややかに言い放つ。
「それは卵で岩を叩くようなものよ。今のレナタを相手に、数だけを増やすのは、命の無駄遣い。必要なのは少数精鋭それだけ」
「ふん。我々の使命は、市民を守ることだ。
危険であろうと、覚悟を持って前に出る。それが責務だ」
「部下の命より、指揮官としての矜持を守りたいだけじゃない?」
八百年を生きるヴァンパイア令嬢の冷淡な一言に、堀田は歯を食いしばる。
剣崎は両手の指を組み、顎に当てた。
「堀田部長の覚悟は理解する。だが、予測不能な相手を狙い通りの場所に引き出せなければ、作戦は成立しない。圧をかければ、出現は後ろ倒しになり、警戒時間が延び、現場は疲弊する。市民を不安に晒す期間を、これ以上延ばすわけにはいかない」
「しかし……」
「現行の人員とマシンは、拠点待機を継続。
状況変化があれば、即時出動命令を出す」
総指揮官の決定に、堀田は不満を飲み込み、黙って頷いた。
綾瀬が話題を切り替える。
「ところで、《レナタ》討伐の主力は、やはり姫路君か?」
「巨大型シャドマイラ討伐の実績を持つ彼女が適任だろう」
葛西が懸念を口にする。
「だが、マリアンヌの稼働限界は三十分だ。
それ以上の時間を要した場合、穴を埋める予備策は?」
「その時は、俺に任せてください」
練馬エリアの拠点から、綾瀬凱斗が前に出る。
白・赤・黄の装飾を施した専用パワースーツに身を包んだ少年だ。
「……だが凱斗。君を主力にはできない」
「なぜですか?攻撃力なら、俺が一番でしょう」
父である綾瀬颯斗が、静かに首を振った。
「君の【聖人《セント》】の力は因果に干渉する。
対象が大きいほど、支払う代償も大きくなる。
都市級のシャドマイラを倒せば、同等の損失が生じかねない」
「……それでも」
「援護なら許可する。だが、止めを刺す役目は、別の者に任せろ」
「でも、そんな適任者がいるのか?」
ルベライトが微笑む。
「ええ。昼に一度、あの子と対峙した坊やなら、できるでしょう」
「新米の日野君か」
「しかし、彼は一度失敗している」
「確かにミスはした。だが、レナタに致命的な脅威を与えたのも事実よ」
剣崎は、すべてを統合したように小さく息を吐いた。
「……なるほど。我々が追うべき事件を動かす鍵は、彼というわけだな」
「ええ」
「中臣。科研隊の李部長を繋いでくれ」
「了解しました」
剣崎はゆっくりと立ち上がる。
「《レナタ》が再び東京に現れた時、それが決着の時だ。
それまでに、最善の布陣を整える」
会議はそこで閉会となった。
ナイト・ガディアンズの三人は席を立ち、対策本部を後にした。
剣崎たち長官は、それぞれ調達と指揮の準備へと散っていった。




