第139話 悩みの子と嫉妬の才女 ⑥
リビングでは、フェアリーズ八人が輪になって、
クイーンに必要な資質について、まだ話を続けていた。
先輩たちの経験談を聞きながら、実瀬は興味深そうに相槌を打つ。
「そんなことがあったんですか……。想像するだけですごいですね。
でも、映画の撮影って、本当に危険なシーンはスタントマンロボットを使って、あとでCGで加工するんじゃないんですか?どうして鬼塚先輩は、自分でやるんでしょうか?」
同じチームメンバーのことを思いながら、晴妃が代わりに答えた。
「本物の人間しか撮らないってポリシーの監督もいるからね。
特にアクション作品なんて、危険な動きが多いじゃない?
怪我のリスクを承知の上で、自分でできるならスタントはいらないって、雷葉はよく言ってたよ」
「でも、危険な仕事って、普通は専門のスタントさんに任せるべきでは?
いくら能力が高くても、本人にやらせるのはフェアリーズの方針的にどうなんでしょう?」
優唯が、憧れを含んだ声で続ける。
「雷葉ちゃんは源使いだし、子どもの頃から武術の専門トレーニングも受けてきた。
身体能力が超人的だから、マネージャーさんもプロデューサーさんたちも任せられると判断したの。
女子アイドルで、あそこまで危険なアクションを一切スタント無しでこなす子は……他にいないと思う」
晴妃も頷く。
「アクション作品に出てるフェアリーは他にもいるけど、雷葉みたいに危険シーンを何度も自分から挑んでいく子は、なかなかいないよね」
葵結の声には、誇らしさと同時に、少しだけ心配が滲んでいた。
「あんな仕事を堂々と受けて、しかも評価まで勝ち取るんだから……本当にすごい子だよね」
凛音が、どこか羨ましそうに笑う。
「あれはもう、レジェンド級でしょ」
実瀬も、アルヴェの鬼塚雷葉の名は知っていた。
数十メートル上空に並び飛行マシンに生身で飛び移るとか、
ダムの縁、フェンスもない場所で敵役と格闘するとか、
落ちてくる岩や突っ込んでくるマシンを素手で叩き落とすとか、
数々の危険アクションをこなした戦うアイドルとして、噂は何度も耳にしている。
だが、先輩たちの口から直接聞かされると、その凄まじさに改めて圧倒された。
「まさに自己挑戦の精神……って感じですね。
本当に、かっこいいです。鬼塚先輩」
晴妃は腕を組みながら言った。
「でもね、クイーンに必要なのは、リーダーシップとかコミュニケーション能力とか、人気や技術力、挑戦精神……いろいろあるけど。
私が一番大事だと思うのは、トラブル解決のための柔軟さかな」
実瀬は首を傾げて考える。
「トラブルが起きたときに、柔軟に対応できる力……ですか?」
凛音が、にっこりと微笑みながら言った。
「それって、実瀬ちゃんがすでに持ってる力じゃない?」
「えっ? 私が……ですか?」
「知ってるよ? この前ネット掲示板が炎上した件、自分で直接相手と話し合いに行ったでしょ?」
晴妃が興味津々で尋ねる。
「もしかして、実瀬が運営してるチャンネルのコンセプトが、別のパフォーマーの人と被ってるって話になった、あれ?」
「そうそう。マネージャーに止められたのに、掟を破って本人の家まで行っちゃったのよ」
澄果が、見直したような眼差しで言った。
「赤星さん……大胆なお方ですね」
長年業界で経験を積んできた澄果にとって、トラブルが起きたときは、
まずマネージャー、そして会社の対応マニュアルに従うのが鉄則だ。
相手の素性も分からないまま本人の家へ赴くなんて、普通のアイドルなら絶対にやらない行動だった。
「いえ……あとから振り返ると、かなり無計画だったと思います。
でも、その時は動かなきゃと思って……気づいたら、家の前に立っていました。
解決したあと冷静に考えて、“先輩たちから見たら、配慮も足りないし無謀だっただろうな”って……」
凛音は、からかうような、それでいて心からの好意を込めて笑う。
「自覚があるのにやりきるところが、本当に面白くて、すごい子だよね、実瀬ちゃんは」
晴妃も、優唯を見やりながら肩をすくめる。
「無計画なところは、優唯にちょっと似てるかも」
マネージャーに迷惑をかけてしまった過去を思い出したのか、優唯は苦笑して頭をかいた。
「う……。さすがに、無断で相手の家まで行くのは、私でも真似できないかも……」
雫玖が、気になっていた疑問を口にする。
「赤星さん。少し間違えたら、フェアリーズプロだけじゃなくて、あなた自身のアイドル活動もダメになっていたかもしれません。それでも、どうしてそこまでするんですか?」
実瀬は、しばらく考えてから、はっきりと答えた。
「……最初、掲示板を見たとき、炎上させたのは本人じゃない可能性もあると思いました。それに、向こうもチャンネルパフォーマーで、オーディションの最終で戦った、私のライバルだった人です。
運良くフェアリーズに入れたのは私。でも、コンセプトが重なったのは、私の側のミスでした」
実瀬は固唾を呑んで、きっぱりに言い続ける。
「チーフに言われました。人を幸せにすることが、フェアリーズの役目。
だったら、自分の不注意で誰かを不幸にさせたままなのは嫌で……。
せめて、自分の手で、ちゃんと謝りたいと思ったんです」
葵結の目がやわらかく細められる。
「……なんて愛しい子なの。ほんと、感動しちゃう」
続きに凛音はフォローする。
「幸い事は、相手も良い人からね」
晴妃も納得したようにうなずいた。
「なるほど。一歩違ってたら、フェアリーになっていたかもしれない挑戦者……か。
そう思うと、たしかに一度ちゃんと会ってみたい相手だよね。
全く知らない人じゃなくて、真正面からぶつかったライバルなら、確かに、信じてみる価値はある」
「そういう話を聞くと、ちゃんと考えて行動してるじゃない。
一見分からなかったけど」
「赤星さんは、芯のある方ですね」
澄果に続いて、雫玖も素直に褒める。
凛音は嬉しそうに二人の言葉を引き継いだ。
「ね? そんな心を持ってる実瀬ちゃんなら、エアーリアルズを率いるのも安心だよ」
優唯も、穏やかな笑みで言葉を添える。
「チーフが私たちに教えてくれた信条を、言葉だけじゃなくて実践しているんだもん。そこまで自分の行動で示せるクイーンって、なかなかいないよ。
だから、自信を持っていい。私たちは、君たちエアーリアルズの進化を楽しみにしてる。何かあったら、遠慮なく頼ってね?」
先輩たちからかけられた言葉のひとつひとつが胸に響き、
実瀬は嬉しさと照れくささで、胸がいっぱいになった。
ラテを一口飲み、気を引き締めるように小さく息を整えて言う。
「ありがとうございます。先輩方の期待を裏切らないように、日々努力していきます」
そのとき、ソファの端でMPデバイスをいじっていた華恋が、思わず声を上げた。
「うわ〜……これはひどい」
晴妃が眉を寄せる。
「どうかした?」
華恋は画面をホログラム表示にし、みんなに見えるよう宙へ投影した。
「ニュースです。今日、新都の足立エリアをはじめ、あちこちでシャドマイラの襲撃が発生したみたい。……この状態で、本当にコンサート、予定通りできるのかな?」
映し出された映像を見て、優唯たちの顔色が一変する。
「……これは、思っていた以上に深刻ね」
さっきまで華やいでいた空気が、じわりと重く沈んだ。
雫玖が不安そうに言う。
「昨晩から続く通信会社の火災事故の件も……。
多くの人が亡くなったと聞きました。心配ですわ」
葵結は胸の前で手を組み、苦しそうに顔を曇らせた。
「難しいわね……」
澄果は窓の外の空を見つめ、小さく息を漏らした。
「今、チーフたちはコンサートをどうするかの会議中だって聞いた。
……どうか、少しでも良い結論が出ればいいんだけどね」
その言葉に、誰もすぐには返事をできなかった。
静かなティータイムは、再び、嵐の前の静けさへと変わっていった。




