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第140話 悩みの子と嫉妬の才女 ⑦


 しばらく重い空気が流れていたが、それを切り替えるように晴妃が口を開いた。


「まあ、いろいろ言っても、コンサート自体は、きっとやると思うよ。

 過去にも物騒な事件が起きたことは何度もあったけど、中止になった例ってほとんどないし。今回は、会場に来るお客さんが減るとか、半分は払い戻してテレコンサート形式にするとか、その辺を調整する形になるんじゃないかな」


 チーフプロデューサーの考えをよく知る優唯も、頷いて言葉をつなぐ。


「私もそう思う。この世界に災難とか不幸な事件が度々起こり、いつかどこかで起こるかもしれない日々。だからこそ、幸せと希望、愛と勇気、心の支えと安らぎを届けるために、チーフは私たちフェアリーズを集めた。形式は変わるかもしれないけど、コンサートそのものが消えることは、まずないと思う」


 澄果も頷いて、二人の意見を支える。


「それに、私たちの歌とダンスには、シャドマイラを追い払う力がある、っていう噂もありますし。コンサートを中止する理由は、むしろない気がします」


 実瀬が思わず聞き返す。


「えっ……それ、本当なんですか?」


 華恋がMPディバイスを操作しながら説明する。


「都市伝説レベルだけどね。フェアリーズのコンサート会場には、シャドマイラ除けの効果があるって噂が、第三都市伝説チャンネルで流れてるの。ほら」


 ホログラムには、フェアリーズのイベント会場が異常に襲撃率が低いというデータ記事が映し出されていた。

 晴妃はぐっと拳を握る。


「噂か事実かなんて、どっちでもいい。

 シャドマイラが相手だとしても、だからこそ、コンサートはやるべきだと思う。

 今、最前線で戦っているUCBD隊のエージェントや異能者たち。

 それから、恐怖や絶望に支配されている人たちに、少しでも“心の支え”を届けるために。……私たちの歌とダンスの力でね」


 雫玖も、静かに想いを口にした。


「悲しくて、怖い話ですけれど……亡くなった方々の魂を慰めたい気持ちもあります。わたくしたちが、こうして意味のあるイベントにあと何回出演できるか分かりません。だからこそ、残された時間で、できる限り多くのコンサートをやりたいのですわ」


「どうしてですか? 四葉先輩はスタイルも良いし、これからだっていくらでも出られるじゃないですか」


 実瀬が首をかしげると、雫玖は穏やかに微笑んだ。


「……家の事情で、今年いっぱいで生まれ故郷に戻らなければならないのです」


「実家に戻る、ってことですか?」


 凛音が代わりに説明する。

「雫玖ちゃんはね。もうすぐ成人として、海の姫として、国の礁城しょうじょうを見守る役目に戻らなきゃいけないの」


「えええっ!? 本当ですか、四葉先輩……正真正銘の人魚姫なんですか?」


「そうです」

「じゃあ……セイレーンズがヒイズル各地の水族館でやってる巡回ライブ、

イルカやシャチやサメと一緒に泳いでるパフォーマンスも……あれ、本当に先輩の素の姿なんですか?」


 実瀬の素直な驚き方には、もう慣れているのだろう。雫玖はくすりと笑ってうなずいた。


「メディアでは人魚コスプレって説明されてますけどね……」

「でも、フェアリーズの間じゃみんな知ってる秘密だよね」


 実瀬は、ふと優唯へ向き直る。


「優唯先輩……よく考えたら、フェアリーズの中って、異能者の方が結構多いですよね?」


「そうだね。チーフは、容姿や歌やダンスだけじゃなく、それ以外の全部も、その人のアイデンティティとして受け入れてる。だから、異能も才能の一つって扱い」


「フェアリーズプロって、一般人も異能者も関係なく、一緒に活動して仲良くできてるのが、すごいなぁって思います」


「異能だけじゃなくて、いろんな特技とかバックボーンを活かせる仕事を用意してるからね。それぞれ違うコンテンツがあって、それぞれ違うファンがいる。

 そうやってユーザー層の厚さが出てるのが、フェアリーズプロの強みだよ。

 晴妃ちゃんみたいに、異能も源も使えないけど、新しいスキルにチャレンジしたらすぐコツを掴む、いわゆるチャレンジ系天才アイドルもいるし」


 実瀬は目を輝かせて言う。


「毎週の『できるまで!』番組、見てます!

 本当に、何やっても習得するのが早くて……驚きました」


 優唯と実瀬に褒められ、晴妃は鼻高々に笑う。


「ふふん。源でも異能でもないことなら、この私、稲穂晴妃にできないことはないからね!」



 そんな会話をしているうちに、ベランダから室内へ戻ってくる影があった。

 窓の外は、さっきまでの小雨から本降りへと変わっている。

 雨に濡れた髪と肩。

 綾香と、その後ろに続く柚奈の姿を見て、優唯が声をかけた。


「レイちゃん、柚奈ちゃん……二人とも、びしょ濡れちゃってない?」


 綾香は落ち着いて答え、柚奈は少し恥ずかしそうに目を逸らす。


「外、急に土砂降りになっちゃって」


「あらあら。早くタオルと着替えを用意しなきゃ」


 すぐに立ち上がった葵結を見て、柚奈は気まずそうに遠慮がちに言う。


「吉峰さん、そこまでしなくても……。肩が少し濡れたくらいですし、大丈夫です」

「だめだめ。コンサート前に風邪ひいたら元も子もないでしょ?」


 そう言って葵結はリビングを出て、並んだ五つの個室の真ん中の部屋へ向かった。


(浅井さん……助けあげてしなきゃ。でも、私は何ができるの……あっ、そうだ!)


「あっ、先輩……すみません、ちょっと席を外します」


 実瀬もソファから立ち上がり、セイレーンズの三人の前を通ってミニバーのほうへ向かう。

 綾香のケアは優唯たちに任せ、カウンター席に座った柚奈は、葵結に渡された予備のTシャツとジャージへ着替えていた。


「わざわざありがとうございます。……服は、あとで洗って返します」

「いいのよ。髪はしっかり乾かしてね」

「はい」


 柚奈は両手でタオルを掴み、濡れた髪をごしごしと拭きながら顔を上げる。

 目の前のカウンターには、湯気を立てるマグカップ。

 そのマグカップを差し出した人物に気づき、柚奈は目を丸くした。


「……赤星さん」

「浅井さん。温かいお茶です。身体、冷やさないでくださいね」


 実瀬はいつもの笑顔でカップを差し出す。

 柚奈はほんの一瞬、返事に詰まり、無表情のまま、そっとマグカップを受け取った。


「……ありがとうございます」

 

表面上は礼儀正しく。

 だが、その内側では、全く違う感情が渦を巻いていた。

 

――調子に乗るのは今のうちよ、赤星実瀬。

 必ず、リベンジして、そのプライド、踏み潰してやる。

 

 嫉妬の炎は、静かに燃え続ける溶岩のように、柚奈の胸の底でぐつぐつと煮えたぎっていた。


 歌もダンスも。

 実瀬は、自分と同等か、それ以上の才能を見せる。

 それに加えて、恐ろしいほどの行動力。

 フェアリーズの先輩たちとも、いつの間にか自然に仲良くなり、人間関係までも味方につけていく。それがすべて計算ではなく、彼女の自然体であることが、何より脅威だった。

 ぶりっ子でもない。媚びてもいない。

 そのはずなのに、自分がお芝居を打ちないどできない真似、彼女が本能的にできる。それが、柚奈には、何よりも妬ましくて、憎らしかった。結果として彼女は周りが放っておけない存在になって居る。

 

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