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第136話 悩みの子と嫉妬の才女 ③

 凛音が一歩下がったところで、三列目に座っていたひときわ背の高い女性が前へ進み出た。


「凛音さん、少しよろしいかしら?」


 前髪を分けたブルネットのロングヘアは、大きなウェーブを描いて背中に流れている。

 ベース型の輪郭に、翡翠色の瞳。高い鼻梁と、鷹を思わせる鋭い眼差し。


「結論から言うわ。今のパフォーマンス、私には最悪に見えた。

 このままコンサートに出すなら、フェアリーズ全体の恥よ」


 ドロテーア・クニュッペル。フェアリー名は、フェトリン。

 彼女は声を荒げることなく、表情もほとんど動かさない。

 氷のように冷たい視線と感情を抑えた言葉が、鋭い錐のように核心を突いた。


「この状態で出るつもりなら、私はチーフにコンサート自体の中止を進言したほうがいいと思う」


 杏朱たち、純粋に応援に来ていたフェアリーズは、ぽかんと目を丸くした。

 後ろの席でリズムゲームに夢中だった子まで何事かと顔を上げ、ステージをまじまじと見つめる。


「私たちは、新生ユニットであるあなたたちを前に押し出すために、全力でこのコンサートに臨んでいる。もし今回のイベントで自分たちを引き立てたいなら、

 誰かの力に甘える前に、自分自身がそれに見合うモチベーションを見せてちょうだい。

 せめて“及第点”レベルに届かないと、コンサートの意味が失われる。

 今まであなたたちが積み重ねてきた努力も、すべて無駄になってしまう」

 ホールの空気が一瞬にして重くなり、時間ごと止まったような息苦しさが漂った。


 真正面からのストレートな批評に、柚奈は息を呑み、歯を食いしばって問い返す。

「……すみません。もっと“建設的な”アドバイスをいただけませんか?」

「あなたたちのパフォーマンスからは、テーマソングのコンセプトがまったく感じられなかった。人に希望を、情熱を与える要素が、どこにもない。

 喧嘩を売るような顔で威圧して……あれじゃ、ラップバトルの挑発にしか見えないわ。

 それがエアーリアルズとして最初に決めたコンセプトかしら?」


 実瀬は、はっきりと首を横に振る。


「いえ……違います。

 私は、見ている人に自分の夢を追っていいんだって信じてほしい。

 情熱を注ぎ続けることを、諦めないでほしい。

 そう思って、このステージに立ちたいです」


「でしょうね。

 なら、さっきの演出は、その気持ちと真逆の印象を与えていたわ。

 それに、エアーリアルズの裏側で何があったかは知らない。だけど、自分の感情をそのままステージに持ち込むのは望ましくない。

 ステージに上がるなら、コンセプトと関係ない感情は、いったん脇に置いてきなさい」

「本心からの笑顔を出せないなら、演技でもいい。

 最低限、営業スマイルくらいは忘れずに見せなさい。

 それが、ステージに立つ者の責任よ」


 厳しく、耳に刺さるような言葉。だがそこには、未熟な後輩たちを本気で育てようとする情も滲んでいた。


「さすが、ドロテーアさん……容赦なく刺さってくるね」

 梨恋は小声でつぶやき、眉をハの字に下げる。

 葵結は頬に手を当て、心配そうな顔つきで五人の様子を伺っていた。


「さらに言うなら、自分自身が心から楽しんで演じられないステージは、誰の心も惹きつけない。今の言葉が辛辣なのは自覚してるけれど……この程度で折れるなら、そのほうが後々のためよ。

 アドバイスは以上。受け入れるかどうかは、あなたたち次第」


 ドロテーアの言葉を聞き終え、五人はしばし無言で互いに視線を交わした。

 クイーンとしてチームを代表する実瀬が、まず口を開く。


「あの……クニュッペル先輩。

 貴重なお言葉、本当にありがとうございます。

 先輩方にここまで心配をかけてしまって、申し訳ありません。

 でも、私たちエアーリアルズは、デビューコンサートが楽しみで仕方ないんです。

 私たちを押し出そうとしてくれる先輩方の気持ちを裏切れません。

 だからこそ、最高のモチベーションでステージに立ちます。……みんなも、そうだよね?」


 栞成は、実瀬の言葉を支えるように、力強く笑ってみせた。

「やる気なら、もちろんあるよ」


 同い年だからこそ、ただ一方的に言われっぱなしでは終われない。

 クローディアはほんの少し不機嫌そうな顔で、静かに言い返す。


「ちょっと舐められた気もするけど……。

 オープンステージで踊ってきた場数なら、そう簡単には負けないから」


 自分がチームの足を引っ張っている自覚がある小依は、先輩たちに叱られたことで胸が痛んでいた。

 けれど、ここで挫けたら、みんなに申し訳ない。

 もう一度叱られるのは怖い。でも、それ以上にきちんとやり遂げたい。


 手の甲で涙を拭い、潤んだ瞳でまっすぐ前を見る。


「あの……難しいですけど……でも、頑張ります。……はい!」

「浅井さん、本気でやりましょうね?」


 実瀬が優しく声をかけると、柚奈はぐっと唇を結び、腕を組んでそっぽを向いた。

 悔しい。

 腹が立つ。

 でも、指摘された問題のほとんどを、自分は“自分のせいだ”と思っていない。


「……もちろん、やる気はあるわよ。

 でも、あんたたちが追いつくまで、あとどれくらい待たされるのかしらね」

 杏朱が、そんな空気を吹き飛ばすように大声で叫んだ。


「エアーリアルズのみんな〜〜!! ファイト〜〜〜!!」

 隣の子も両手を口元に添え、声のボリュームを増幅するようなジェスチャーで続く。

「どこでも本調子! 平常心! 笑顔、忘れないでー!!」

 五人はそれぞれ最初の立ち位置へ戻り、互いに視線で確認し合う。

 実瀬がマイクを握り直し、口元へ寄せて叫んだ。

「春妃先輩! もう一度、音楽をお願いできますか!」

「了解!」

 ホールのメインライトが再び落とされ、

 準備された色鮮やかなサーチライトが、ステージの上空から五人を照らし出す。

 そして、再び『明日へもたらす風』のイントロが流れ始めた。

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