第135話 悩みの子と嫉妬の才女 ②
舞台制御システム室。
ガラス窓の向こうにステージ全体が見渡せるその部屋には、照明や音響の制御機材が所狭しと並んでいた。
奥にある広くて深いテーブルの上には、制御システム用の機器がずらりと並び、ホログラム式のディスプレイには、ステージ全景と、エアーリアルズ五人それぞれをズームインした分割映像が映し出されている。
その画面を、リボンを結んだツーサイドアップの髪型に、まるい目をした内気そうな子が興味津々と眺めていた。
片腕で自分のお腹を抱き、右手は頬に当てたまま、映像に見入っている。
「これは……思ってた以上に酷いね」
根っから明るい声でそう指摘した少女の言葉に、ツーサイドアップの子はおずおずと細い声で返した。
「わ、私にはあまり分からないですけど……皆さん、体調でも悪いんでしょうか?」
気合いの入ったつり目ときりっとした眉、赤みの強いプラムレッドの髪をひとつにまとめて、私服の赤いジャージというラフな格好の少女が、腕を組んだまま言う。
「いや、これは体調というよりメンタルの問題だと思う。
エアーリアルズの人間関係、噂よりずっと深刻そうだね」
ステージ上の五人は、一度パフォーマンスを終えると円陣状のフォーメーションを組み、外側に向かってそれぞれ決めポーズを取った。
プラムレッドのミディアムヘアをまとめた赤ジャージの少女、稲穂晴妃は、指先でフェーダーを操作してステージに向けたカラフルなサーチライトをすべてオフにする。
「心実ちゃん、ホールの照明をつけてくれない?ここからじゃ届かないの」
「全部点けていいんですか、晴妃先輩?」
「ええ、全部お願い」
ハルティアの木下心実は、右側の壁にあるホール照明と空調のスイッチパネルの前まで行き、電気のスイッチを順に押していく。
次の瞬間、ホール全体のライトがぱっと明るく灯った。
一曲を踊り、歌い終えた実瀬は、まだ息に余裕を残しながらマイクを握り、客席に向かって頭を下げる。
「……えっと、今日まで一生懸命練習してきた、私たちのパフォーマンスです。
先輩方、どうかご指導をよろしくお願いします」
マイクを受け取った葵結が、柔らかに笑って言う。
「みんな、とっても頑張っているのはちゃんと伝わってるわ。
ただ、もっと体の力を抜いて、笑顔を忘れないようにね」
ひとまず褒めたうえで、短くアドバイスを残した葵結は、マイクを梨恋へ手渡した。
梨恋は何も言わず、そのまま“トス”するように隣の優唯へマイクを回す。
「お疲れさま。前回よりミスはかなり減ってるし、ちゃんと練習してきたのは分かるよ。でも……五人グループなのにひとつのチームとしての一体感がない。
愛とか、幸せとか、見る人の心を動かす“何か”が、まだステージから伝わってこない」
優唯の言葉には、先輩としての威圧感はなく、
後輩たちの抱えている問題を心配するような、優しく、どこか切なさを含んだ響きがあった。
迷子を家まで導く、夜風のような声で続ける。
「特に、フォーメーションチェンジのときね。
お互いにリアクションがまったくない。視線も冷たくて……。
まるで同じチームの仲間じゃなくて、たまたま街で集められた、互いに知らない通行人みたいに見えちゃうの。見ている側は、身体がこわばるというか……ちょっと苦しくなっちゃう」
「私たちフェアリーズは、みんなに幸せを届けるためにここにいる。
ステージに立つとき、自分の心で歌い、踊ることができないなら……
素直な気持ちでチームとステージに溶け合えないなら、ファンには何も届かないよ」
実瀬は素直に頭を下げる。
「ご指導ありがとうございます。」
「あの……もっと完璧なパフォーマンスを目指したいので、できれば、何でも構いません。もっと具体的なアドバイスをお願いします」
真剣な瞳でそう言い、深く礼をする柚奈。
その態度を見てしまえば、いくら問題点が分かっていても、ただ頭ごなしに叱るわけにはいかない。
ただの厳しさではなく、彼女たちの立場や気持ちを考えたうえで言葉を選んできた優唯は、一瞬、次に何を言うべきか迷ってしまう。
下手な手加減は、かえって後輩たちのためにならない、それもよく分かっていた。
フェアリーズの看板娘であり、誰よりも“良い子”であることが長所である一方、
今この場ではそれが「教える側の弱さ」になりかねない。
それをよく知っている凛音が、そっと口を挟んだ。
「ゆーちゃん、ちょっとマイク貸して?」
優唯からマイクを受け取ると、凛音は一歩前に出て話し始める。
「じゃあ、私から言わせてもらうね。
まず、五人共通の問題。
ちゃんと踊れてはいるんだけど、最初から最後まで目線がふわふわしてるの。
どこを見てるのか分からない、あれは、自信のなさのサインよ」
「どこを見ててもいい。でも“ここ”と決めたビューポイントから、できる限り意識をそらさないこと。遠くを見据えるみたいに、何かを見通そうとする目で、まっすぐ見つめて」
「それと、プロデューサーや先生から何度も言われてると思うけど、
自分が“ファンにどう見られたいか”、どんなイメージを届けたいのか。
それをきちんと意識してほしい。
本番のステージには死角なんてほとんどない。
コンサート会場だけじゃない。新東京の都心には、君たちの姿を十倍に拡大したホログラムが映し出されるんだよ?
変な格好や不機嫌な顔を晒したら、それは全部自分自身の評価になる。それを忘れないで」
アシスタントとして、ダンスの手本役を務めながらずっと練習を見てきた凛音は、細かなディテールまで的確に指摘していく。
「それから、一人ひとりに。まず実瀬ちゃん。見せ方は今までで一番良かった。
ただ、小依ちゃんの動きを何度も確認するみたいに見ちゃってるのが、ちょっと不自然かな」
実瀬は素直に頷き、明るく返事をする。
「はい、気をつけます」
「クローディアさん。ダンスは見事。さすがね。
でも、できれば……少しでいいから、笑顔を見せてほしいな」
クローディアは短く答える。
「了解しました」
「栞ちゃん。動きは正確で、すごく丁寧なんだけど……
もう少し流れとメリハリを意識して。
ここは“力を入れる”、“抜く”、“見せる”って、自分で決めて全力で出してごらん。
本番じゃないからこそ、毎回の練習で限界を試してほしい」
自分でも中途半端さを感じていた栞成は、ドキリとしながら答える。
「……はい。次から意識します」
「小依ちゃんは、本当に頑張ってた。ダンスの大きなミスもなかった。
ただ、歌うの、忘れないようにね?」
小依は顔を真っ赤にして、慌てて頭を下げた。
「す、すみません……! ちょっと緊張しすぎて、歌のこと、飛んじゃって……。
次は、ちゃんと歌います!」
「浅井さん。あなたのパフォーマンスの完成度自体は、もう十分だと思う。
でもね、出てるオーラが少し強すぎる。
今のままだと、まるでケンカを売りに来てるみたいな雰囲気に見えちゃうのよ。
……もしかして、極道の姐さんか、ドミナ様のイメージで行きたいのかな?」
「違います。そういうつもりはありません」
「だったら、ステージで強すぎる顔はなるべく抑えて。
ファンは“怖い存在”より、“憧れたい存在”のそばに居たいって思うからね」
「……わかりました」
「私からは以上かな」




