第134話 悩みの子と嫉妬の才女 ①
名古屋港の海鮮倉庫が襲われ、伊勢湾海上の艦隊によるレールガン砲撃と、現地の重装特務隊、さらに民間の異能者たちが討伐に向かったものの、キングピーファピュトンは再び影に潜って逃走した。
その後も、兵庫、薩摩、羽後、北海道と各地に次々と出現した。被害に遭ったのは、ほぼ地方の漁港や、牛・鶏・豚などを飼育する畜産農家ばかり。
その辺りは退治要員やマシンの配備が少なく、ひとたび農場に現れれば、まさに食べ放題の状態だった。
シェルターへ一時避難していた農家の人々が地上へ戻ると、そこには、すべて食い尽くされ、崩れた畜舎と荒れ果てた土地だけが残っている。
膨大な損失を前に、持ち主たちは崩れるように膝をつき、ただ泣き叫ぶことしかできなかった。
やがて怪物は再び影に沈み、今度は韓州に現れ、そのまま北上して黒江州、ハバロフスク州へと移動した。
ヒイズル州UCBDの管轄外となる州郡では、情報提供まではできても、実際の討伐に手を出すことは難しい。瞬間に一撃で仕留める術がない以上、被害を最小限に抑えるためにできることは、限られた戦力による追い払いにとどまるのが精一杯だった。
影を伝って空間の壁すら越え、海外州郡の美食ツアーへと出かけていくキングピーファピュトン。
その暴食の旅が始まってから四時間が過ぎたが、東京都心エリアに姿を見せる気配は、まだなかった。
* * *
午後。雨脚が弱まりつつある新宿エリア。
フェアリーズプロダクションビル四階のコンサートホールは、コンサート本番を間近に控え、フェアリーズたちに常時開放されていた。彼女たちは日々、リハーサルに余念がない。
最高のパフォーマンスを届けるために、各ユニットでの通し練習を行ったり、別ユニット同士で互いのステージを見て意見を交わしたりしている。
ホールには『明日へもたらす風』のイントロが流れ、ステージ上ではエアーリアルズ、実瀬たち五人がフォーメーションを組んで踊っていた。
広いホールにはフェアリーズの姿が散在している。
後方の席に陣取る四人組は、各々好きなスタイルでくつろいでいた。おしゃれなミディアムパーマのクール系の子は、MPディバイスでリズムゲームに夢中になっているし、自分の髪を二つ団子にまとめ、この前切った髪で作った四本の三つ編みを根元でクリップ留めにしている子は、頬杖をつきながら退屈そうにステージを眺めている。
その隣で、根元だけ三つ編みにしたツインテールの可愛らしい子は、身を乗り出して耳を傾けており、ロングヘアにカチューシャをつけた子は、鼻と目を覆うダイビングマスク型の睡眠アイマスクをしたまま、椅子にもたれて仮眠中だった。
三津杏朱を中心とした、根っから明るい四人組は、手にコンサートライト、またはM Pディバイスのライトを握りしめながら、ステージで練習する実瀬たちに本番さながらの声援を送っている。
舞台前方の二列目には、喜多田優唯、愛川凛音、森川梨恋、吉峰葵結が並んで座り、その後ろの三列目には、午前中にエアーリアルズへ指導とアドバイスを行っていたアシスタント組、日比野葵と柳原奈穂、そして他のフェアリーズ数名も見守っていた。
葵結は片手で頬を支えながら、心配そうに呟く。
「あらあら……実瀬ちゃんたち、どうしちゃったのかしら」
梨恋が、真ん中に座る優唯へ声をかける。
「ゆーちゃん、このまま本番に出たらやばくない?
踊りの姿勢はそこまで悪くないけど、顔と目線がさ……不自然っていうか。
歌もほとんど乗ってないし、見てて胸が苦しくなる感じ。
観客が“幸せ”をもらえるステージには、今のままだとなってないよね?」
実瀬をはじめ、一人ひとりの動きに大きなミスはない。
ダンスが苦手な小依も、なんとかミスを減らそうと必死についていっている。
だが、その集中と緊張のせいか、歌う余裕まではなく、口パクに近い状態になっていた。
列を入れ替えながらポジションチェンジをしていく五人の動きには、ぎこちなさが漂う。移動そのものに大きな乱れはないが、メンバー同士の目線がほとんど合わないのだ。
互いに視線を合わせると途端に表情が固くなり、特に柚奈の仏頂面が、グループ内のぎくしゃくした空気を象徴しているように見えた。
同じチームなのに、どこか噛み合っていない。その印象は、見ている側にもはっきり伝わってくる。
エアーリアルズの内部にトラブルがあることを敏感に察した優唯は、凛音に小声で尋ねた。
「……うん、伝えてくるイメージは、先日デュエットレッスンの時より悪かったよ、
このギクシャクした違和感、放っておくと本当にまずいかも。
凛ちゃん、実瀬ちゃんたちって、何かあった?」
凛音は少し頭を抱えるようにして、苦笑交じりに答える。
「一言で言うのは難しいけど……エアーリアルズって、経験差が極端なのよね。
経験豊富な子と、これから必死に追いつこうとしてる子。
そのぶつかり方が、一番悪いパターンに傾いちゃってる気がする。
経験者のほうがマイペースで、仲間に一方的にプレッシャーをかけすぎている。
で、追いつこうとする子たちは、いつの間にか敬遠する側になってしまう。
結果として、信頼感が致命的に薄いチーム、って感じかな」
少し難しい話に、優唯は首を傾げつつ、短くまとめる。
「要するに、ジャリタレのプライド問題ってやつかな?」
梨恋は、どこか他人事のような口調で辛辣に続ける。
「小さい頃からドラマに子役で出て、七歳でシングルプロデュースなんてやってりゃ、そりゃ自信もプライドも凄いでしょうけどね。
ご両親も有名歌手と人気俳優でしょ?
親の看板を笠に着て威張り散らすタイプは、正直、見ててムカつくよ。私は、ああいうタイプ苦手」
優唯は、あくまで公平な立場から口を挟む。
「そこまで決めつけるのもどうかと思うけどね。
チームの子の中で、いつも一番早くスタジオに来てるのも浅井さんだよ。
マネージャーに相談して、空いてるステージを借りて、一人で特訓しているのも何度も見た。
ああいう真面目さがあるからこそ、他の子に厳しくなっちゃうのかもしれないし……。
あのプレッシャーのかけ方にも、何か理由があるのかもしれない」
凛音が続ける。
「でもね、同じチームでしょう?
いくら正論でも、言い方や態度が高飛車だと、誰もついてこなくなる。
その問題を解決しないまま本番に出したら、エアーリアルズは必ずどこかで軋むよ。
私たちは彼女たちを応援するためにコンサートに出るけど、
デビューコンの主役が自分たちを壊してたら、どうにもならないわ」
「最初からゆーちゃんたちと同じチームで、本当に良かったよ。
浅井さんみたいな子と同じユニットだったら、毎日ハラスメント祭りで、早々にアイドルやめてたかもしれない」
ステージ上で、硬い動きのまま踊っている小依を見ながら、梨恋はふと昔を思い出していた。
──六年前。初めてダンスレッスンを受けたとき、右手と右足を同時に出して、みんなと反対の方向へ動いてしまった自分。
歌以外は平凡で、ダンスは壊滅的。初々しいというより“下手くそ”に近かったあの頃。
今の小依が、どれほどのプレッシャーに耐えているか。
その苦しさを、梨恋は痛いほど理解できた。目頭がじんわり熱くなり、思わず視線をそらす。
優唯はそんな梨恋の様子に気づき、微笑を浮かべて言った。
「私たちは最初から、誰もが不得意を抱えてた。
芸能の経験なんてまったくない状態で、同じスタートラインに立ったわけだから」
「でも、フェアリーズの前からジャリタレや芸能経験があった子って、浅井さんだけじゃないよね。
葵ちゃんに晴妃ちゃん、澄ちゃんだってそう。
でもあの子たちは、変に尖った雰囲気も出さずに、ちゃんと周りと仲良くできてる」
「晴妃ちゃんは、いい意味でガッツがあって、自分の経験を素直にシェアしてくれる。
澄ちゃんは、優しくて懐が深い。だからこそ『エルトヴァイズ』や『セイレーンズ』を、うまく引っ張ってこられたんだと思う。
葵ちゃんも最初はちょっとトゲがあったけど、とあるイベントで『グレムリンズ』のみんなに助けられてから、すごく素直になったよね。……本当に、尊敬する仲間たちだよ」
凛音は少し遠くを見るような目つきで言葉を継いだ。
「澄ちゃんはね、本当に優しすぎるくらい優しい子。
人に見せるのはいつも柔らかなところだけで、ネガティブな面はあまり見せない。
でも実は、ひとりになったときに泣いてることが多いんだ。
だから、あの子ひとりに全部背負わせないためにも、セイレーンズのみんなでちゃんと支えていかないと。また同じように、ストレスで倒れちゃうかもしれないから」
個性的にはものまねできない気質、梨恋はしみじみと呟く。
「澄果さんって、本当に気質美人よね。繊細で、芯が強くて」
優唯はステージの五人を見つめ直し、心配そうに息をついた。
「エアーリアルズにとって、今回がスーパーアイドルになるための最初の試練だね。
ちゃんとチームとしての信頼を築けるといいけど……」
その様子を、右側の出入口付近から見守っている影があった。
神木綾香。腕を組み、無言のままエアーリアルズの五人を見つめている。
とくに視線は、仏頂面のまま踊り続ける柚奈に注がれていた。
柚奈の全体の見せ方は、他の誰よりも洗練されている。
けれど、その表情はまるで鬼の面のように固く、綾香の胸に小さな引っかかりを残していた。




