第130話 支援プロジェクトのミーティング ③
「さて、大原所長。日野くんの支援プロジェクトのメンバーは全員揃いましたし、
ミーティングを始めましょうか?」
亜由実が言う。
「ああ、そうじゃな。諸君、忙しい中を時間を割いてくれて感謝する。できるだけ手短に進めよう」
一行七名は、研究室内のパーティションで区切られた、約9畳ほどの小さな会議スペースへ移動した。
瑤妤は陽太の隣に座り、向かい側の席に亜由実、門脇、ヘンリー、キュフィネが並ぶ。
大原がファイルを開くと、テーブル中央の空間に、陽太の全身ホログラムが浮かび上がった。
その周囲には、身体データや精神状態のグラフなどが詳細に表示される。
「データ分析の結果から結論を先に言おう。日野くん、君の高温状態と発火現象は、精神の変化と強く連動しておる。
だが、その体質でありながら、これまで日常生活に大きな支障は出ておらん。精神状態が安定しておる証拠じゃな。
ゆえに、平時の生活を支援するための特別措置は、現時点では不要と判断した」
真剣に聞きながら、陽太は小さく息を呑み、頷く。
「はい」
「問題となるのは、戦闘時じゃ。超高温状態で服が燃え、周囲への延焼リスクが高い。その対策が必要になる」
「……たしかに」
「そこで、君のために設計したのが、戦闘専用の防熱スーツじゃ」
「防熱スーツ……ですか?」
大原がテーブルのホログラム操作パネルに触れると、陽太の立体映像に、体にぴったりフィットしたスーツが重ねられた。
その横には、素材と機能の説明が次々と浮かび上がる。
「主眼は耐熱じゃが、それに高機動な遠距離移動と、着脱の利便性を加えた。
素材はタングステン系の耐熱繊維をベースにし、裏側には冷却ジェルパーツと水冷層を仕込む。君の体温を下げる補助機能を持たせるのじゃ」
「そんな技術、聞いたことありません……」
門脇が代わりに説明を加える。
「似たような技術は、消防や火山観測隊みたいな高温環境で作業する人の特殊スーツに使われてる。作業員の体感温度を下げるためのもんだ」
「陽太に着せるスーツは、それをベースにさらに強化した“特注品”じゃ。
手足からのプラズマ放出を妨げぬよう、スーツはボディから手首・足首までを覆うデザインにする」
陽太は疑問を抱きつつも、プレゼンが終わるまで口を挟まず頷き続けた。
さらに操作が切り替わり、足用のバトルブーツと背中に装着するブースターのホログラムが表示される。
「次に、高機動の遠距離移動機能について。
陽太が発生させるプラズマを、スーツ側でエネルギーとして再利用し、足のブーツと背部バックパックに内蔵された小型ブースターで推進力に変換する。
高層ビルの間を飛び越えるだけでなく、空を飛んで遠方へ移動することも可能じゃ。
詳細な数値は実験待ちじゃが、理論上は最高時速5000kmに達する」
「……スポーツマシンの最高速度と同じくらいですね」
「そうじゃな。元々、君の脚力は並みの超人以上。そこに推進力を足せば、事件発生時にいち早く現場へ駆けつけられるようになるはずじゃ」
「ありがとうございます」
「加えて、スーツの着用のしやすさについて。
平時は《《ポケットストレージ》》と呼ばれるカプセルに収納して持ち歩ける」
「ポケットストレージって……なんですか?」
「読んで字のごとく、物を縮小して収納できるポケット空間付きカプセルじゃ。
変装用のシーツを胸元に留め、カプセルのスイッチを押せば、普段着が一瞬でスーツと入れ替わる。
定期メンテナンスは必要じゃが、基本的な保管と使用タイミングの判断は君に任せる。
初期武装として、ベルトには野球ボール型手榴弾を装備させる予定じゃ。今後、君の戦い方を見ながらスーツのバージョンアップや追加装備も行っていく」
「野球ボール型……手榴弾?」
「そう。ボール内部にプラズマを注入してターゲットへ投げつければ、その場でエネルギーが爆発する。
縫い目をあえて野球ボールと同じにすることで、どんな球種でも投げやすいようにしてある」
自分の戦い方、“野球の投球”に合わせて考え抜かれたプランだと気づき、陽太は胸が熱くなる。
「……本当に、僕の戦い方に合わせて考えてくれた計画なんですね」
「プロジェクトのコンセプトは以上じゃ。質問があれば遠慮なく聞きたまえ」
「ここまで考えていただいて、本当にありがとうございます。
ひとつ気になるのは……僕、戦っているとき体温が6000度以上になりますよね。このスーツは、その全部に耐えられますか?」
「残念ながら、現時点で君の全発熱状態に耐えられる素材はまだ見つかっておらん。このスーツは高温を抑えるためのものであって、無制限に耐えるわけではない。
もし激戦で君の感情が暴走し、温度が限界を超えれば、スーツそのものは焼け落ちるじゃろう。
ただ、その場合でもカプセルを押せば、収納されている私服が再展開されるから、全裸で現場に取り残されることはない。
君自身の精神的負担と、社会的な視線を軽減するための工夫じゃ。
もちろん、太陽級の熱に耐えられる素材が見つかれば、その時点でバージョンアップも視野に入れておる。だが、今の人類にはまだ、そこまでの技術はない」
「……このスーツの耐熱上限は、どこまでなんですか?」
「おおむね4500度が限界じゃ」
陽太は、その限界値を素直に受け入れた。
「やっぱり、僕自身の力のコントロールが大事、ということですね。
もし厳しい相手と戦うなら、スーツを焼き尽くす覚悟で、短期決戦で倒す必要がある、と」
「そういうことじゃ。その際は、カプセルを身体から離しておくことも忘れるでない。他に質問は?」
「このハイテクスーツ、一着作るだけでも、ものすごくお金がかかりますよね? 僕、そんな大金払えないかもしれません……」
陽太はそう言って、ちらりと瑤妤のほうへ視線を向ける。
家の経済状況まで考えた、あまりにも“現実的”な質問に、門脇は朗らかに笑った。
「はっはっは。ますます気に入ったぞ、この少年」
「リー君、その基本的な説明、まだしていなかったのかね?」
「後でまとめて話すつもりでしたが……」
「あの、変なこと聞きましたか、僕……?」
「この一着の原価は、高級マシンブランド一台分くらいは平気で飛ぶ。普通の家庭じゃ払えん額だ。
だから基本的に、費用は“連邦政府の基金”から出る」
亜由実が補足する。
「私たち異能者支援機関では、ケースごとにカスタム支援プロジェクトを組みます。個人で負担可能な範囲なら本人や保護者に負担をお願いすることもありますが、
今回のように、一般家庭では負担できない規模のものは、“社会異能安全支援基金”から出る仕組みです」
「それ……借金にはならないんですか?」
「お金の貸し借りじゃないから、借金にはならないわ」
「そもそも、その基金は社会の安全と異能者の保護のために設けられたもの。
つまり、人類社会が異能者たちに行う投資なんだよ」
「……それは、ものすごく大きな恩ですね」
ヘンリーがストレートに言う。
「陽太くん、それは人類社会からのご利益だ。素直に受け取っておけばいい」
「ご利益……か」
「日野くん。それこそが、UCBDが支援センターを設けている本当の目的じゃ。
さて、他に質問は?」
「あの、このスーツはいつ頃完成しますか?僕、これからキング・ピーファピュトンの退治に行きたいんです」
「今の案で確定するなら、最低でも二週間はかかるじゃろうな。門脇くん」
「特急扱いで発注したとしても、一週間は見てもらわないと」
「製造ラインが空いておらんのなら、わしの研究室を優先的に使ってよい」
「それなら、もっと短縮できそうですね」
「では決まりじゃ。できる限り急いで仕上げてくれ」
「了解です」
そのとき、瑤妤のMPデバイスが緊急着信の音を鳴らした。
彼女はすぐに通信に応答する。
「はい、科援隊・実行支援部、リーです」
相手の言葉を聞くうちに、瑤妤の表情が険しくなる。
「……えっ? 何ですって!?
キング・ピーファピュトンが、すでに成長体へ変貌した?」
通話内容から現場の切迫した状況を悟り、陽太の表情も一気に引き締まる。
「……分かりました。すぐ向かいます」
通信を切ると、瑤妤は席を立ち上がり、大原所長に向き直った。
「所長、科援隊から支援要請です。至急、出動します!」
「よかろう。君は行きなさい。ミーティングの要点は終わった。残りはわしらで進めておく」
陽太も立ち上がる。
「待ってください、瑤妤お姉さん! 僕も連れて行ってください!」
「陽太くん……」
亜由実は質問を尋ねかける。
「日野くん、プロジェクトについて、今の時点で疑問はあるかの?」
「いいえ。支援プロジェクトについては問題ありません。
今、一番気になるのは、キングピーファピュトンを倒すことです!」
大原所長は陽太の意向に沿いに告げる。
「うむ。では、君たち二人の出動に、ご武運を」
ミーティングはそこでいったん打ち切られた。
陽太は瑤妤のあとを追い、大原の研究室を飛び出して格納庫へ向かう。
格納庫に到着すると、白銀の機体に赤と青のラインが走る、流線型のマシンが鎮座していた。
「部長、来るのが遅いよ?」
副操縦席には、すでにエリック・グラットンが座っていた。
「エリック、プロメテウス号の整備は?」
「完了済みだ」
瑤妤と陽太は搭乗ブリッジを渡り、プロメテウス号へ乗り込む。
「よし、出動するわよ。陽太くんは後ろの席に座って」
「はい!」
陽太は後部の空席に腰を下ろし、シートベルトを締めた。
エリックは民間人だと思っていた少年が同乗することに、一瞬疑問の視線を向ける。
「えっ?日野くんも行くんですか、部長?」
メインシートに座り、各種スイッチを入れながら瑤妤が答える。
「彼は、もうヤングエージェントの一員よ。現場でも十分、戦力になるわ」
彼女の白衣の下からは、パイロットスーツがのぞいていた。
「搭乗ブリッジ切り離し確認。エンジン、起動」
ハッチが閉まり、搭乗ブリッジが機体から離れる。
マシンを載せたリフトがせり上がり、滑走路へと接続される。
発進口のシャッターが開き、滑走路の誘導灯が赤から青へと切り替わる。
機体の擬似人格コンピュータが淡々と告げた。
〈進路クリア。発進、いつでも可能です〉
「プロメテウス号、発進!」
レバーを押し込むと、ブースターが一気に加速し、機体は長い滑走路を駆け抜けて灰色の空へ飛び出した。
重たい積雲を突き抜け、尾部から青い光を引きながら、プロメテウス号は一瞬で高度数千メートルへ到達する。
奇妙な軌道で空を駆け、機体は東京上空を目指して一直線に飛び去っていった。




