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第127話 深刻化

午前中、新東京都内のあるアパート。

家庭主婦がトレイに朝食を乗せ、息子の部屋のドアをノックした。


萱仁ただひろ、起きてるの?」


 中から返事はない。物音すらしない。


「もう……昨日はお風呂にも入らないで。夏休みに入った途端、チャンネル・ゲーム漬けなんだから……ちゃんと休んでいるのかしら。萱仁、返事しないと入るわよ?」


 彼女はドアの電子ロックに触れ、緊急時用の外部解錠キーで暗証番号を入力した。

 ピッ——ロックが解除される。


 ドアを開けた瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは、部屋中に飛び散る血飛沫。

 本棚、壁、天井にまで赤黒い痕が飛び散り、まるで血の風船が爆発したかのようだった。


 ベッドの上には血に濡れたワンレンズ型VRメガネ。

 そして、胸部と上腕の断片だけが残された、無残な遺体。


 主婦は自身の息子が化け物に喰われたと理解した瞬間、

 地獄絵図を見たように顔を蒼白にし、絶叫した。


「萱仁っ……っ、いやあああああああ!!」


 机のパソコンはつけっぱなしで、チャンネル・ゲーム機と接続されたまま。

 画面には接続待機のメッセージと、ゲームタイトル『魔界英雄伝』のイメージボード。

 その上に重なるように、

 《Error code 004: Connected player lost》

 の文字がホログラムで浮かび上がっていた。


   * 


 赤城山の研究所。

 積雲に覆われた灰色の空から、ときおり小雨が降り、突風が吹き荒れる。


 10時前、陽太が研究所へ到着し、本棟へ向かう。

 瑤妤の事務室を訪ねると、彼女は受話器を耳に当て、電話を続けていた。


「——最善の対応は、全てのゲーム会社に暫くプレイヤーを強制的にログアウトさせるよう要請するしかありませんね。要はゲーマーズを一人にさせないことです。

 ええ、何かあればすぐに」


 通話を切り、受話器を戻す。


「来たのね、陽太」


「瑤妤お姉さん……険しい顔してます。何かあったんですか?」


「キングピーファピュトン関連の案件よ」


「さっき……ゲームの話が少し聞こえましたけど?」


 ヤングエージェントとして活動を始めた陽太なら話しても良いと判断したのか、瑤妤は頷いて続けた。


「ええ。襲われたのは、チャンネル・ゲームをプレイしていた人たちよ」


「……やっぱり。意識がゲーム側にリンクしている間、身体が完全に無防備になりますよね」


「そのとおり。没入感を高めるために、ドアに鍵をかけるのはよくあること。

 完全な密室で襲われたら、発見が遅れるのは当然ね」


「影さえあれば出現できる生き物……。ゲームに没頭して感情が昂っている人間は抵抗もしない。狙われやすい……か」


 陽太は長い息を吐いた。

 昨夜、陽菜と悠乃と『リーフ・フォース・ターミネーター3』を遊んでいたことを思い出す。


——僕たちが食われなかったのは……ただゲームを楽しんでいただけだからか。


 陽菜と悠乃は終始ハイテンションで遊んでいた。シャドマイラには害毒のような明るさで、嫉妬や執着が入り込む余地がなかった。

 一方、ゲームの実力差や人間関係で嫉妬を抱くプレイヤーは、キング・ピーファピュトンにとって甘いリンゴのような大好物。


「被害はどれくらい……?」


 理性を保って、喉の奥がひりつくのを感じながらも、なんとか声を絞り出す。


「今朝の時点で、18件。犠牲者は、ほぼゲームプレイ方よ」


「い、一晩でそんなに!?」


「台風の影響ね。外出する人が減ると、一人部屋でゲームする人が標的に切り替わるの」


「まずいですよ……。都心はいま暴風と大雨。救援の手が遅れます。僕も出動したほうが——」


「大丈夫よ。今は各エリアにエージェントとキーパーが配置されてる。経験者もついているから、任せて様子を見ること。

 それより、陽太。あなたが来た本来の目的を忘れてないでしょう?

 大原博士がもう待っているはずよ」


「はい。サポートプロジェクトのコンセプト説明……ですよね?」


「ええ。ついてきなさい」

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