第125話 連絡 ②
日野家の二階。
陽太は自室の机に向かい、パソコンのモニターをじっと見つめていた。
指先でトントンと机を叩きながら、ヴァリテリオン星の観測データを解析している。
色々なことが重なり、天文観測ができるのはいつも深夜か夜明け前、静寂が支配する時間帯だけだ。
トントン、と扉をノックする音がした。
「お兄ちゃん、入るよ」
陽太は顔を上げ、軽く頷く。
「うん、いいよ」
「武田さんたちは?」
「みんな順番にお風呂入ってる」
扉を開けて入ってきたのは、風呂上がりでパジャマ姿の陽菜だった。
手には夜食のケーキ。母を亡くしてから、夜食を持ってくる役は自然と陽菜の担当になっていた。
時には陽太が持って行くこともあるが、配膳の順番に決まりはない、それがこの兄妹の習慣だった。
夢中に投影映像を見ている陽太を見て、陽菜は彼の背後から寄せて来る。
「何してるの?」
「ヴァリテリオンを観測してる」
「そうなんだ。しばらく見てなかったけど、最近の様子はどうなるの?」
「周囲の恒星が増えて、光が妙に激しく点滅してる。……いくつかは急に消えたままだけど、逆に明るくなった星も多いんだ」
「ふ〜ん、それってよくあることなの?」
「超巨星が寿命を迎えると白色矮星になって光が弱まる。でも、周囲の星のガスを吸収すれば中性子星になる。ただ、数秒から数分で変化するなんて、普通じゃない。原因はまだ分からないけれど」
「この世にもし青瀬さんみたいに異星人のハーフがいるなら……その星系の誰かが意図的に星を操作してるってこと、ありえるのかな?」
陽菜の突飛な仮説に、陽太は肩を軽く聳え、口元を緩めた。
「否定はできないけど。もし本当に恒星レベルのエネルギーを制御できるなら、その異星文明は人類を遥かに超えてるはずね」
「そういえば、今夜のニュースで見たよ。新東京でお兄ちゃんが言ってたシャドマイラ、まだ倒されてないんでしょ?」
「うん。危険を察知してすぐ闇に逃げ込む。……倒すのは簡単じゃないみたいだ」
「やっぱり……お兄ちゃんも行くんだよね?」
「行くよ。そのためにヤングエイジェントになったんだから」
「そっか。じゃあ、応援してる。頑張ってね」
陽菜は微笑み、ケーキの皿を机に置いた。
「うん、頑張るよ」
窓の外では、雨上がりの雲の隙間から、星が一つだけ瞬いていた。
その光を見つめながら、陽太は小さく息をつき、画面に再び視線を戻した。
翌朝、台風は上陸。
上空は強風と豪雨、乱気流の発生で、都内の私用航路、浮遊バスや電車といった公衆交通は軒並み運休—再開の目途も立っていなかった。
勉強合宿の続き、朝ごはんは悠乃と陽菜が用意してくれたベーグル。ベリージャム、ピーナッツ、ツナサラダの三種、他にも沢山具材を挟んで、頬張りながら、陽太はMPデバイスで通話を繋いだ。
相手は虎本妃緒莉。白いドレスの彼女は心配そうな表情で画面に現れる。
昨夜、銀士と心桜がキングピーファピュトンと交戦したことを聞くと、目を見開いた。
「そんな……あの黒川先輩が逃がしたの?」
「うん。攻撃のタイミングに、抵抗技のカウンターを食らったらしい」
「やっぱり……データにもある反抗本能ね。長い口器を大玉花火のように一斉展開して刺す。噛みついた口器は、タコやエビの足みたいに切り捨てて逃げる自己切断能力も持ってる」
「他の弟子たちの話だと、現場に着くとすぐ別所へ逃走。いまも皆は追跡は続いているみたい」
「倒す方法は一つ。口器は無視して、コアを破壊すること。そこだけは揺るがない」
それは昨夜、陽太が瀧生と突き合わせた結論でもある。
「日野くん、そのシャドマイラの事がよく分かってるね」
「昨日、地元のジャスティスキーパーの先輩と作戦会議して。多数が口器を引き付けて、別の誰かがコアを狙い撃つ。それか、もっと手早い方法があれば」
カメラの前に、陽菜が横からぴったり映り込む。
「じゃあさ、お兄ちゃんのプラズマ・ジャベリンでコア一直線”狙えば?太陽並みの熱なら、何でも溶けるでしょ?」
「おはよう、妃緒莉お姉ちゃん」
「わっ、陽菜。今、大事な話の最中だよ」
「挨拶くらい、いいでしょ」
「おはよう、陽菜ちゃん」
葬儀の受付から追悼会まで、多くを支えてくれた妃緒莉とは、すっかりもう一人の姉のような関係になっていた。ただ、年上ということもあり、陽菜は言葉遣いを崩し切れない。
「おじさまは元気?」
「ええ、いつも通りよ。……それにしても、あのシャドマイラは五年前にも多くの
犠牲を出した危険種。これから日野くんも現場に入るのよね?本当に気をつけて」
「ありがとうございます。……台風、そちら上陸してますよね。妃緒莉さんも外出の際はお気をつけて」
「さっきまで嵐みたいだったけど、今は小雨。今日は外出しないの。月末のコンクールもあるし、一日ピアノ漬け練習ね」
「そうなんですね。頑張ってください。応援してます」
「ありがとう」
妃緒莉はふと顔を別方向に向け、口元に手を添えてわずかに驚いた表情を見せる。
「あっ……お皿洗ってくる。またね」
「はい」
通信が切れた。
「お兄ちゃん、今日は本当に研究所に行くの?」
「うん。大原博士と約束してる。武蔵—上野郡方面の電車は動いてるから、僕が向かうよ」
悠乃が作ったような可愛い仕草で訊く。
「陽太お兄ぎ、今日もお出かけ?」
光玲は手刀で悠乃の頭を軽くコツン。
「いたっ」
「あんた、また遊ぶこと考えてたでしょ」
「へへ……バレた?」
悠乃はてへぺろ面を浮いて、愛嬌を振り舞いた。
「今日はみっちりやるからね」
「覚悟してます……」
昨夜のゲームに協力ミッションで、ボスの大技に飲み込まれかけた悠乃機を陽太機が救った。それ以来、悠乃の陽太への好感度はまた一段と上がっている。
「で、お兄ちゃん。今日はいつ戻るの?」
「分からない。研究所へ行ったあと、東京に出て……シャドマイラ討伐の協力に入るつもりだ」
「そっか。じゃあワンパンで倒してきてね」
「……ああ、やってくるよ」
陽太はリビングの本棚の前へと歩み寄った。
そこには、両親の遺影と小さな生花を添えた簡易な仏壇。
葬儀のあと、兄妹で心を寄せ合って置いた大切な場所がある。
陽太は遺影の前で手を合わせ、静かに祈った。
「お父さん、お母さん……今日も頑張ってきます。僕たちを、どうか見守っていてください。行ってきます」
祈りを終えると、陽太はいつもの自然な表情に戻り、踵を返してリビングを後にしようとした。
そのタイミングで、静琉が透明パックを差し出す。
中には海苔を巻いた白い三角、心のこもったおにぎり。
「日野さん、これ。昨日の残りご飯で作ったおにぎりです。よかったら、
持っていってください」
「ありがとう。途中でいただくよ。……陽菜、行ってくる」
「うん! いってらっしゃい!」
陽太は玄関で靴を履き、家を静かに後にした。




