第123話 連絡 ①
その夜、UCBDのエージェントを中心に、ジャスティスキーパーのメンバー、名も知られていない異能者たちまで、多くの人員がネオ東京—
ネオ江戸郡一帯でキングピーファピュトンの捜索を続けていた。
まるでモグラ叩きのようだ。被害者が襲われたという通報が入れば現場へ急行し、腕や脚、腹の小口だけを噛み取ってはすぐさま闇に跳び込んで逃走する。
しかも移動距離が常識外れに遠い。練馬に姿を現したかと思えば、次は墨田、さらに逃げた先は川崎。まるで人類と追いかけっこをしているという自覚すら感じさせる、狡猾な捕食行動だった。
機動力のあるエージェントはまだ対応できるが、徒歩や小型軽量マシンで移動する学生キーパーたちには厳しい。特別な能力を持ってないなら、遠距離の再出現場所に追いつけず、夜通しの追撃戦は続いたが、討伐には至らなかった。
さらに台風の接近で天候は不安定。地域により竜巻・豪雨・落雷が発生し、討伐作業の難易度は一段と上がった。
――八王子市のレンタルマンション。
ベランダから覗けば、部屋の灯りは消えているが、浴室の灯りだけが点いている。
ゆったりと二人は入れるほどの湯船に、蛇塚灯翠は一人、湯を張っていた。湯気の立つ中、豊かな曲線が半分だけ湯に浮かぶ。
物置にはリップスティック型のMPデバイス。映像はオフ。宙に投影された通話画面には【CHESTER】の名だけが浮かび、通話時間が静かに進む。
「そうか。本日は日野くんと井口に会えたか。……それで、彼のことはどう見た?」
「私と近いタイプね。誰にも縛られず、自分の利のためなら何でも利用できる人間。日野くんがヤングエイジェントになることを否定しなかったのも、綺麗な言葉の裏に本音が隠れてる気がする」
「一緒に行動すれば、存在感がぶつかる。離れていたほうが彼にも楽、というわけか」
「昔の彼は知らないけれど、今の彼は“助ける”ことを純粋な目的で動いてはいないと思う」
灯翠は指先を見る。腕だけでなく、太腿の肌にも小さな蛇鱗が覗く。湯に浮かぶ赤い花弁を弄びながら、さらりと言った。
「でも、日野くんは“ただの人の好い馬鹿”じゃない。“お節介な人の好い馬鹿”だよ。井口がどういう人間かを知っても、偏見抜きで受け入れるでしょう。沖田純一の
チーム・ウィクトーリアに入っても、すぐ皆と仲良くなったのが証拠」
「そうだね。根が明るく前向きで、他者に好かれる資質がある」
灯翠はここ数日、陽太を見張っていた日々を思い返し、ふと至福の笑みを浮かべて小さく呟いた。
「分かっている……彼のそばにいると、まるで日差しを浴びているように、心があたたかくなるの」
通信の向こうでチェスターが柔らかく笑う。
「ふふ、その表現は彼にぴったりだね。彼はまるで、人の形をした恒星のような存在だ」
この数日間、灯翠は毎日のように陽太を尾行した。彼女の電波意念は周囲の認知を曇らせ、目の前に立っていても透明人間のように見えなくなる。わずかに力を強めれば、爬虫類的な本来の姿も美女として知覚させることができる。さらに電子機器の一部を機能不全にすることも。
公園でシャドマイラを倒す陽太を見た。赤城山の研究所にも同行はしたが、中には入らず、斎藤家のポットラックの出来事と会話は全部聞いた。昨日は虎本道場にも同行し、入室はせずとも、紅糸世ら三人とキングピーファピュトンについて議論する内容をはっきり把握した。
灯翠の超感覚は、現場を離れでいるでも振動・音・匂い・人の意念、それら断片から事象を再生する。彼女が完璧な尾行を可能にする理由だ。
「そういえば、チェスター。キングピーファピュトンの件、どう見る? ……私の予感だけど、日野くん、あの件に必ず関与してくるよ」
「関東全域が動いた案件だ。ヤングエイジェントになった日野くんの介入は必然だろうし、妥当でもある。彼が選ぶ戦場なら、信じて任せればいい」
灯翠はふわりとため息をつき、ぼやいた。
「分かってるけど……この三日間の尾行、交通費が地味に痛いんですけど?」
「では三割、陵星ジャスティスキーパーの経費で補填しよう」
灯翠は細い高音で抗議した。
「えぇ〜〜、三割だけ?少ないじゃない!」
「支える気持ちはあるさ。……それとも、日野の監視役を豊城冴姫に交代させようか?」
「……分かった、三割でいい。あの下品女に譲るくらいなら、私がやる」
灯翠はしぶしぶ妥協した。彼女にとって、同級生であり腐れ縁でもある冴姫に、その役を譲るなんて絶対に嫌だった。ライバルのあの女と比べられるくらいなら、アレルギーを起こすほど不快だ、とすら思っている。
「引き続き、見張りを頼むよ」
「分かったよ」
支援を受け入れた彼女は、どこか損をしたような悔しげな表情を浮かべ、
唇を半分だけ湯面に沈めると、ぷくりと小さな水泡を吹いた。




