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第121話 逃げられた闇 ①

夕方のネオ東京。


 とある街角の牛丼屋。無精髭に伸び放題の髪、疲れた目をした男・東山彰吾は、カウンター席でチーズ牛丼と豚汁サラダセットを黙々と食べていた。

 片手にはMPディバイス。例の掲示板サイトのリンクを開くが、またしてもエラー画面が表示される。


「なんだよ、このクソサイト……。修復に一日経ってもまだ復旧してねぇのか。ほんと使えねぇな」


 ぼやきながら顔を上げると、店内のテレビがニュースを流していた。


「本日、関西地方にあるサーバー会社の支社二カ所で火災が発生しました。

消防当局およびUCBD(クーリーバ)の発表によりますと、原因は電気系統のトラブルではなく、シャドマイラによって引き起こされた事故である可能性が高いとのことです。昨夜、ネオ東京で発生した五件の火災と同一個体による犯行とみられ、これで被害は七件目となります。

UCBDは引き続き警戒を呼びかけるとともに、市民に対して外出時の安全確保を徹底するよう注意喚起しています。

 続いては天気予報です。台風9号は依然として勢力を保ったまま、東北東へと進んでいます。明日の午前中には房総半島へ上陸するおそれがあり、関東甲信地方を中心に、強風と大雨への十分な警戒と備えが必要です。それでは、明日各地の天気です。」


「チッ、台風かよ……。さっさと飯食って帰るか。ゲームでも漬かるかね」


 彰吾は十分ほどで牛丼を平らげ、カウンターのセンサーに伝票を通し、電子決済で支払いを済ませて店を出た。

 街の空はどんより曇り、薄暗い雲が低く垂れ込めている。


(……まるで俺の人生みたいだな)


 夜空を見上げ、彰吾は独り言のように思う。


(エターナルレジェンドの世界でも誰にも必要されていない浪人剣士。現実でも孤独な負け犬。そちらで、剣技も腕も人に負けた覚えはないのに、受けたクエストはいつもどちらの勇者と聖女に手柄を奪われて終わり。……俺はいつも他人の人生で通りすがりの脇役だ)


 その背後で、路地の暗がりに長い影が伸びた。


 まるで十数本の蛇が背中から生えたようなシルエットが、無音で彰吾を見据えている。


(どちらの世界でも報われねぇ……。結局、運のいい奴だけが勝者ってわけだ。勇者も、聖女も、ミュージックアーティストも、持たざる者にはただの幻想だ……運がないと誰でもくそ凡人だ)


 鬱屈した思考の中、十字路に差しかかった彰吾は、信号待ちで立ち止まる。

 ビルの壁面には、フェアリーズ、エアーリアルズの鮮やかなMVが投影され、街のスピーカーからハイテンションなポップが流れている。


「またあの小娘たちか……。くそっ、うるせぇ」


 青信号に変わり、歩き出そうとしたその瞬間、

 背後から、地を削るような足音が迫る。

 鋭い嘴が、彰吾の背骨を狙って突き刺さる。

 反射的に身を翻した彰吾は、間一髪で致命傷を避けた。だが、衝撃で体が弾き飛ばされる。


「なっ……なんだこいつは!? 魔獣……いや、ここは現実世界だろ!?」

 

――イヤーン、ニャーオ!!イヤーン、ニャーオ!!


 街を震わせるような咆哮。

 現れたのは、全身を棘で覆い、背に三十本もの触手状の口器を蠢かせる怪物、キングピーファピュトン。


 口器の一つ一つが鋸のような牙を持ち、血の匂いに狂っている。

 彰吾は自らの腰を当てようとすると、目を皿にする。


「くそっ……ソードがない……俺は丸腰かよ!?」


彰吾は一瞬にチャンネルゲーム世界と錯乱した、十数本の触手が一斉に襲いかかる。

肩、腕、脚、腹のなど鋭い牙が次々と食い込んだ。


「ぐあああああああ!!!」


 現実の痛みが全身を貫く。

 捕食者のように肉と血を吸い上げる怪物。

 死が迫るその瞬間、光の線が閃き、キングピーファピュトンの触手の眼を正確に撃ち抜いた。


 怪物が咆哮を上げ、動きを止め、飛び離れた。

 呻く彰吾の視界に、風を裂いて現れた少女の姿が映る。


 白いセーラー服に長い黒髪。

 頭から伸びる八本の触手が宙を舞い、まるで生き物のように自在に動く、手塚レイミが立ち寄る。


「そこまでだ、キングピーファピュトン。これ以上、好きにはさせない」


――ニャーオ!!


 火球を吐き出すキングピーファピュトン。

 しかし、レイミの触手が鞭のようにしなり、瞬時にそれを叩き落とす。


「そうはさせない!」


 爆炎を一切拡げず、音速で弾丸を切り裂く精度、まるで生きた防御システムだ。


十数本の口からも複数の火球弾幕を吐き放す。

8本の触手で撃ってきた火球を正確に全部打ち消せた。


レイミの攻撃に抑えられたキングピーファピュトンは逃げるつもり、

一歩踏み出すと、爪足を伝って氷の結晶が咲いた。

その行く先に、小柄な少女の影が立ちはだかる。


「ごめんね、この先は通せないよ」


松原心桜は右腕に内蔵された銃口を光らせながら、細い声で告げる。

 続けざまに発砲。五連射の窒素弾がキングピーファピュトンの脚を凍りつかせた。


「君は?」レイミが問う。


「我々は【セラフィックハート工房】所属だ」


声の主の方へ視線を向ける。そこに立っていたのは、黒いコートを纏う少年、

黒川銀士が立ち寄って居た。


「セラフィックハート工房?聞いたことがあります、再生医療とサイボーグ義体技術を持つあの私人研究所ですか」


「そうだ。俺たちは一応、ナイト・ガディアンズの協力メンバーだ。UCBDから支援要請を受けている」


「それなら、あの子はもしかして工房の主の娘、松原心桜さんですか?」 

「自己紹介は後だ。キングピーファピュトンの討伐は俺たちに任せろ。君は負傷者のケアを頼む」


そう言った彼は左腕の機構から一本の柄を引き抜くと、瞬時に青い光刃が走り、ビームセイバーが形を成した。


「分かりました」


 心桜の銃撃が続く。命中のたびに、キングピーファピュトンの表面が瞬時に凍りつく。


 「暴れる鳥ちゃんは、確実に止めないとね。……かき氷、追加でどうぞ!」

 窒素冷凍弾を連射するたび、怪物の触手が一つ、また一つ凍結していく。

 「今だ、銀ちゃん!」


 銀士の青いビームセイバーが閃き、一瞬で十連斬。

  凍りついた触手が次々と地に落ちた。

しかし、キングピーファピュトンが、再び耳を劈く咆哮を上げる。

  街中のどこかで渦巻く嫉妬の感情が、闇のエネルギーとして怪物に流れ込み、傷口が瞬く間に再生していく。

 触手の数は三十本から五十本へ増殖している。


「こいつ、データ以上に厄介だな」


 銀士が構え直す。

 心桜も即座に応じた。


「でも、どんな敵だって、銀ちゃんと私の愛があれば、倒せないわけがないよ」


 その言葉通り、心桜の瞳には一切の恐れがなかった。にっこり笑顔を見合わせ、

実弾銃を冷凍バスターに変形させ、引き金を引く。

 放たれた冷凍光線が、瞬時にキングピーファピュトンを包み込み、巨大な氷像と化す。


 「今だ、銀ちゃん!」


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