第120話 血筋の真実
浅井敏行部長の質問に、肩へ重圧がのしかかるような感覚を覚え、愛理は思わず息を呑んだ。
瑤妤は科学者らしい冷静な口調を保ちながら、報告を始める。
「はい。先週の報告以降、追加調査を行いました。その結果、日野家の血筋は、華族の末裔にあたります」
思わぬ答えに、浅井は静かにため息をついた。
「……そうか。貴族の血を引いていたとは、意外な事実だ。掌握できた世帯記録は、どこまで遡れる?」
「新暦元年までです。それ以前のデータを追うのは、現状では極めて困難です」
「第一次文明情報ショックの影響か」
それは新暦元年、世界規模の核戦争終結直後に起きた大事故だった。
電力とデジタルデータベース情報網に依存していた文明は戦火に呑まれ、データの大半が焼失。
この時代の記録喪失は、後に『第一次世界文明情報メジャーショック』と呼ばれることになる。
「はい。当時は核戦争後の混乱で、世帯記録の多くが失われました。現存するデータでは、そこから先、西暦紀元以前を調べるのは不可能です。残る手段は、生存している旧家の関係者を直接訪ねることだけです」
「厄介な調査になるな。……必要であれば、調査局から支援を要請しても構わん」
浅井の言葉に、隣の秘書官がわずかに目線を交わす。
「はい」
浅井は続けた。
「では、分かっている範囲を報告してくれ」
「日野家の現行世帯を遡ると、父・日野辰昭には二人の兄妹がいます。
二歳上の長男・日野寅松は、アメリカ在住で三人の子を持つ。
二歳下の長女・日野栄馬は大坂に在住し、二児の母です。下の子はまだ乳児です」
「兄の方は他州管轄か……彼らの家系に共通点は?」
「はい。日野家の一族には代々、運動能力に優れた者が多く見られます。
陽太の妹・陽菜は幼少からエアーボード競技に秀で、父の辰昭は元プロ野球名投。
寅松は連邦防衛軍の中尉、彼の子女のうち一人はアイスホッケーのMVP、もう一人はアメリカ防衛軍士官学校に在籍しています」
愛理が驚きの表情を浮かべる。
「すごい家系ですね……まるで遺伝的な才能が受け継がれているような」
瑤妤は頷き、さらに報告を続けた。
「健康診断データを分析したところ、彼ら全員に共通して“通常より多い染色体”が確認されました」
「多い染色体……?そんな例があるのか」
秘書官が驚愕の声を上げる。
「長年UCBDに在籍する部長ならご存じのはずです。一般人の染色体は46本ですが、環境や遺伝的突然変異によって変異するケースは珍しくありません。更に異能を示す遺伝子は46対以外にあります。ただし、異能の悪用や人権問題を防ぐため、こうした遺伝子情報は公にはされていません」
「理解している。だが、その血筋そんな特異な遺伝をどこから得た?」
瑤妤は少し間を置き、静かに答えた。
「あくまで仮説ですが……遥か昔、《《この家系の祖先は異星人と交わり、その血を受け継いだのではないかと考えられます。地球に残された遺伝的遺産です》》」
浅井は深く息を吸い込んだ。
「……人類における【異星人種付起源説】か。まさか、現実にそれを裏付ける家系が存在するとはな」
報告を終えると、浅井は短く瞼を伏せた。何かを振り切るように。ゆっくりと頷いた。
「よくやった。では、プロジェクトの次の段階に進んでもらおう」
「次の段階、ですか?」
「そうだ。得られた遺伝子データと家系情報を活かして、《《日野陽太に匹敵するもう一人を造り出してほしい》》」
その言葉に、瑤妤の瞳が大きく揺れた。
「……造る、とは?人間のクローンを作るなど、法的にも倫理的にも認められていません」
浅井は揺るがぬ声で言い切った。
「私が言いたいのは、日野陽太が暴走した時の“抑止力”を確保するということだ。
どんな方法であれ、彼に対抗できる存在を準備する必要がある」
「具体的な案は……?」
「それを考えるのが研究所の役目だろ。怪人には怪獣をぶつける、それと同じ発想だ。例えば、日野家の血筋からもう一人、同等の力を覚醒させる、その可能性を探ってほしい」
瑤妤は動揺を隠せなかった。
「……実験段階には、即時に実行など……」
浅井は冷たく笑った。
「動揺したか、リー部長。研究学者らしくもないな。だが、我々はまだ、この血筋がどんな“真実”を秘めているのかを知らない。
大阪にいる二児は幼すぎる。だが妹の陽菜なら、実験体としては適齢だろう?」
その瞬間、隣の愛理の目に、瑤妤の拳が震えているのが映った。
彼女は怒りを飲み込み、冷静を装って答える。
「……分かりました。提案の件、前向きに検討いたします」
「よろしい。次回の報告を期待している。日野陽太を君の監督下に置いた意味、忘れるな」
瑤妤は硬く頷く。
「……了解しました」
会議を終えた後、瑤妤と愛理は研究所を後にした。
*
同じ頃、浅井は秘書官と共にエレベーターに乗り込む。
秘書官が静かに問いかけた。
「浅井部長、前紀元の華族記録は家政庁に保管されているはずです。そちらに尋ねかけば、すぐに手に入れる情報ではありませんか?」
「軽々しく手を出せるものではない。貴族の血を実験体に使うなど、家政庁が許すはずがない。
我々は人類社会の安全を守るためにいる。人命に囚われて使命を失えば、本末転倒だ。もしトラブルが起こると民間も政府も、我々を訊問するだろう」
「……ですが、部長は異能者に偏見をお持ちでは?」
「偏見ではない。データと事実による判断だ。異能者も人類も守るには、時に最小限の犠牲が必要だ。何も失わずに守れる世界など、存在しない」
秘書官は小さくうなずき、声を落とす。
「……いずれにせよ、近いうちに日野くんの力が試されるでしょうね」
「そうだ。彼が己の価値を示す時が来る。
《《守護神になるか、それとも破壊神になるか。今の件はその境界を見極める時だ》》」
*
その夜。
研究所を出た瑤妤と愛理を乗せた私用マシンは、特殊マシン用航路を疾走していた。
機体のライトが夜空を裂き、エンジンの唸りが車体を震わせる。
アクセルを強く踏み込みながら、瑤妤は前方を見据えたまま怒りを抑えきれずにいた。
「た、瑤妤部長! スピード出しすぎです!」
「話しかけないで! 本気でムカついてるの!」
愛理は苦笑しつつ、やわらかな声で宥める。
「入所してから、人のためにここまで怒った瑤妤部長は初めて見ました。浅井部長のこと、ですよね?」
「彼の人間性を見誤っていたわ。命をあんな扱いするなんて……」
「でも、危機対策も科援隊の使命ですよ」
瑤妤は視線を逸らさず、冷たく吐き捨てた。
「分かってる。でも、彼の発想は“科学”じゃなく“支配”だわ。
命を扱うその態度、まるでどこ犯罪組織の研究者らと同じじゃない」
愛理は沈黙した後、柔らかく笑う。
「でも、やっぱり保護者の顔になってましたよ。子どもたちを守りたいんですね?」
「……それだけじゃない。異能を持つ子は、陽太だけじゃないから」
「確かに。青瀬くんのようなケースもありますし、社会にまだ見つかってない子も多いよね」
瑤妤は頷き、拳を握りしめる。
「彼らは懸命に人間社会に馴染もうとしている。
それを“危険要因”と決めつける思いこそ、事件を起こす種だ。
事件を起こった異能者を異端を扱い、社会から気安く排除するための分類なんて、ただの暴力だわ」
愛理は静かに尋ねた。
「……浅井部長の提案、受けるつもりですか?」
「クローン技術は法的にも実用段階にもない。だが、生きた人間を実験体にする以外の方法がほかにない」
瑤妤は唇を噛む。
「でも、あの子を使うつもりなんて、絶対にない。姉さんと義兄さんに託された子を実験させるなんて……できるわけがない」
「でも、報告は三週間後ですよね。どうします?」
「……帰ってから考える」
機体は加速し、夜空を切り裂くように進む。
厚い雲が逆風に流れ、白い尾を引いて消えていった。
UCBD車両の灯光が遠く霞む頃、瑤妤の胸の中では、怒りと決意の炎が静かに燃えていた。




