表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/189

第120話 血筋の真実

 浅井敏行部長の質問に、肩へ重圧がのしかかるような感覚を覚え、愛理は思わず息を呑んだ。

 瑤妤は科学者らしい冷静な口調を保ちながら、報告を始める。


「はい。先週の報告以降、追加調査を行いました。その結果、日野家の血筋は、華族の末裔にあたります」


 思わぬ答えに、浅井は静かにため息をついた。


「……そうか。貴族の血を引いていたとは、意外な事実だ。掌握できた世帯記録は、どこまで遡れる?」


「新暦元年までです。それ以前のデータを追うのは、現状では極めて困難です」


「第一次文明情報ショックの影響か」


 それは新暦元年、世界規模の核戦争終結直後に起きた大事故だった。

 電力とデジタルデータベース情報網に依存していた文明は戦火に呑まれ、データの大半が焼失。

 この時代の記録喪失は、後に『第一次世界文明情報メジャーショック』と呼ばれることになる。


「はい。当時は核戦争後の混乱で、世帯記録の多くが失われました。現存するデータでは、そこから先、西暦紀元以前を調べるのは不可能です。残る手段は、生存している旧家の関係者を直接訪ねることだけです」


「厄介な調査になるな。……必要であれば、調査局から支援を要請しても構わん」


 浅井の言葉に、隣の秘書官がわずかに目線を交わす。


「はい」


 浅井は続けた。


「では、分かっている範囲を報告してくれ」


「日野家の現行世帯を遡ると、父・日野辰昭には二人の兄妹がいます。

 二歳上の長男・日野寅松(とらまつ)は、アメリカ在住で三人の子を持つ。

 二歳下の長女・日野栄馬(えま)は大坂に在住し、二児の母です。下の子はまだ乳児です」


「兄の方は他州管轄か……彼らの家系に共通点は?」


「はい。日野家の一族には代々、運動能力に優れた者が多く見られます。

 陽太の妹・陽菜は幼少からエアーボード競技に秀で、父の辰昭は元プロ野球名投。

 寅松は連邦防衛軍の中尉、彼の子女のうち一人はアイスホッケーのMVP、もう一人はアメリカ防衛軍士官学校に在籍しています」


 愛理が驚きの表情を浮かべる。


「すごい家系ですね……まるで遺伝的な才能が受け継がれているような」


 瑤妤は頷き、さらに報告を続けた。


「健康診断データを分析したところ、彼ら全員に共通して“通常より多い染色体”が確認されました」


「多い染色体……?そんな例があるのか」


 秘書官が驚愕の声を上げる。


「長年UCBDに在籍する部長ならご存じのはずです。一般人の染色体は46本ですが、環境や遺伝的突然変異によって変異するケースは珍しくありません。更に異能を示す遺伝子は46対以外にあります。ただし、異能の悪用や人権問題を防ぐため、こうした遺伝子情報は公にはされていません」


「理解している。だが、その血筋そんな特異な遺伝をどこから得た?」


 瑤妤は少し間を置き、静かに答えた。


「あくまで仮説ですが……遥か昔、《《この家系の祖先は異星人と交わり、その血を受け継いだのではないかと考えられます。地球に残された遺伝的遺産です》》」


 浅井は深く息を吸い込んだ。


「……人類における【異星人種付起源説】か。まさか、現実にそれを裏付ける家系が存在するとはな」


 報告を終えると、浅井は短く瞼を伏せた。何かを振り切るように。ゆっくりと頷いた。


「よくやった。では、プロジェクトの次の段階に進んでもらおう」


「次の段階、ですか?」


「そうだ。得られた遺伝子データと家系情報を活かして、《《日野陽太に匹敵するもう一人を造り出してほしい》》」


 その言葉に、瑤妤の瞳が大きく揺れた。


「……造る、とは?人間のクローンを作るなど、法的にも倫理的にも認められていません」


 浅井は揺るがぬ声で言い切った。


「私が言いたいのは、日野陽太が暴走した時の“抑止力”を確保するということだ。

 どんな方法であれ、彼に対抗できる存在を準備する必要がある」


「具体的な案は……?」


「それを考えるのが研究所の役目だろ。怪人には怪獣をぶつける、それと同じ発想だ。例えば、日野家の血筋からもう一人、同等の力を覚醒させる、その可能性を探ってほしい」


 瑤妤は動揺を隠せなかった。


「……実験段階には、即時に実行など……」


 浅井は冷たく笑った。


「動揺したか、リー部長。研究学者らしくもないな。だが、我々はまだ、この血筋がどんな“真実”を秘めているのかを知らない。

 大阪にいる二児は幼すぎる。だが妹の陽菜なら、実験体としては適齢だろう?」


 その瞬間、隣の愛理の目に、瑤妤の拳が震えているのが映った。

 彼女は怒りを飲み込み、冷静を装って答える。


「……分かりました。提案の件、前向きに検討いたします」


「よろしい。次回の報告を期待している。日野陽太を君の監督下に置いた意味、忘れるな」


 瑤妤は硬く頷く。


「……了解しました」


 会議を終えた後、瑤妤と愛理は研究所を後にした。


 *


 同じ頃、浅井は秘書官と共にエレベーターに乗り込む。

 秘書官が静かに問いかけた。


「浅井部長、前紀元の華族記録は家政庁に保管されているはずです。そちらに尋ねかけば、すぐに手に入れる情報ではありませんか?」


「軽々しく手を出せるものではない。貴族の血を実験体に使うなど、家政庁が許すはずがない。

 我々は人類社会の安全を守るためにいる。人命に囚われて使命を失えば、本末転倒だ。もしトラブルが起こると民間も政府も、我々を訊問するだろう」


「……ですが、部長は異能者に偏見をお持ちでは?」


「偏見ではない。データと事実による判断だ。異能者も人類も守るには、時に最小限の犠牲が必要だ。何も失わずに守れる世界など、存在しない」


 秘書官は小さくうなずき、声を落とす。


「……いずれにせよ、近いうちに日野くんの力が試されるでしょうね」


「そうだ。彼が己の価値を示す時が来る。

 《《守護神になるか、それとも破壊神になるか。今の件はその境界を見極める時だ》》」


 *


その夜。

研究所を出た瑤妤と愛理を乗せた私用マシンは、特殊マシン用航路を疾走していた。

機体のライトが夜空を裂き、エンジンの唸りが車体を震わせる。

アクセルを強く踏み込みながら、瑤妤は前方を見据えたまま怒りを抑えきれずにいた。


「た、瑤妤部長! スピード出しすぎです!」

「話しかけないで! 本気でムカついてるの!」


 愛理は苦笑しつつ、やわらかな声で宥める。


「入所してから、人のためにここまで怒った瑤妤部長は初めて見ました。浅井部長のこと、ですよね?」


「彼の人間性を見誤っていたわ。命をあんな扱いするなんて……」


「でも、危機対策も科援隊の使命ですよ」


 瑤妤は視線を逸らさず、冷たく吐き捨てた。


「分かってる。でも、彼の発想は“科学”じゃなく“支配”だわ。

 命を扱うその態度、まるでどこ犯罪組織の研究者らと同じじゃない」


 愛理は沈黙した後、柔らかく笑う。


「でも、やっぱり保護者の顔になってましたよ。子どもたちを守りたいんですね?」


「……それだけじゃない。異能を持つ子は、陽太だけじゃないから」


「確かに。青瀬くんのようなケースもありますし、社会にまだ見つかってない子も多いよね」


 瑤妤は頷き、拳を握りしめる。


「彼らは懸命に人間社会に馴染もうとしている。

 それを“危険要因”と決めつける思いこそ、事件を起こす種だ。

 事件を起こった異能者を異端を扱い、社会から気安く排除するための分類なんて、ただの暴力だわ」


 愛理は静かに尋ねた。


「……浅井部長の提案、受けるつもりですか?」


「クローン技術は法的にも実用段階にもない。だが、生きた人間を実験体にする以外の方法がほかにない」


 瑤妤は唇を噛む。


「でも、あの子を使うつもりなんて、絶対にない。姉さんと義兄さんに託された子を実験させるなんて……できるわけがない」


「でも、報告は三週間後ですよね。どうします?」


「……帰ってから考える」


 機体は加速し、夜空を切り裂くように進む。

 厚い雲が逆風に流れ、白い尾を引いて消えていった。

 UCBD(クーリーバ)車両の灯光が遠く霞む頃、瑤妤の胸の中では、怒りと決意の炎が静かに燃えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ