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第118話 実瀬と瑠織

 街の大型ビジョンやネット広告で見慣れた顔に、思わず声をかけた。


「あの、あなたはフェアリーズの赤星さんですか?」


 二人が振り返る。


「はい。あなたは?」


 配送員でもない。黒スーツのマネージャーと並ぶ現役アイドル、不審というより異質。レイミは端的に所属を告げた。


「UCBD所属、ヤングエイジェントの手塚です。あなたはこちらにお住まいではありませんよね?」


 実瀬が胸元に手を添え、言葉を選ぶ。

「はい、私は――」


 説明しかけたところで、マネージャーの潤軌が一歩前へ立ち上がる。


「芸能事務所のマネージャー、要永です。彼女はこのマンションの住人に手書きの手紙をお渡しに来ました。直接お会いできない場合は、ポストに投函するつもりでした」


「お相手は……氷川さん、ですね。目的は“対面での謝罪”で間違いありませんか?」


「えっと……お知り合いですか?」


「クラスメイトで、友人です」


 レイミは、あえて試すように問いかける。

「アイドルが直々に手紙とは、ずいぶんお暇ですね?」


「彼女に直接、謝りたいんです。氷川さんのご様子は?」


「この一か月ほど登校せず、部屋から出られず、リモートでも顔を出してくれませんでした。今日は様子見に来たところです」


 事情を聞いた実瀬の眉が曇る。

「……そんなに、傷つけてしまったんですね」


 驕りは微塵もない。手書きの手紙を携えて来た誠意に、レイミは短く息をついた。

「もし彼女が会いたくないと言ったら、どうします?」


「互いにネット・パフォーマーとして活動してきた者同士です。知らずに傷つけてしまったことを謝りたい。でも、彼女が望まないなら、彼女の意思を尊重します。今後の企画も、より慎重に考えます」


「……分かりました。今こちらから電話します。来意を伝えて、判断は彼女に委ねます」


「申し訳ありません。お願いします」


 レイミがディバイスで発信すると、すぐに繋がった。


「もしもし、ルリちゃん? ううん、忘れ物じゃないよ」


 遠くを見やりながら、そっと続ける。視線の先で、実瀬が不安げに立っている。


「もし、赤星実瀬が来て“会いたい”って言ったら、話してみる?」

「――例え話じゃなくて、本人が玄関にいる。炎上の件を謝りたいって」


 短い沈黙ののち、返事すレイミは宥めさせる口調で言う。


「大丈夫よ。私も一緒にいるから。人を食う化け物じゃないし……分かった、話すよ。今から彼女とマネージャー二人を連れて行ってね、では」


 通話を切って、レイミは二人に向き直る。


「会えるそうです。ご案内します」


「ありがとうございます、手塚さん」


「いえ。その方が、彼女が早く元気を取り戻せます」


 三人は再び瑠織の家へ訪れた。

 リビングで向かい合った実瀬と瑠織は、オーディションで雌雄を決して以来の再会だった。

 視線が合うや、互いに目を伏せ、言葉が出ない。

 沈黙を破ろうとした実瀬より先に、瑠織が深く頭を下げた。


「ごめんなさい。ご迷惑をおかけして……」


 謝るつもりで来た実瀬は、逆に詫びられて目を丸くする。


「どうして?企画が重なったのは偶然。私のせいで氷川さんのチャンネルが不調になったのは、私の落ち度です。あなたが謝る必要はありません」


「掲示板で、あなたに嫌なコメントを書きました。炎上を煽ってしまった……。アイドルになったあなたに、世論という重圧がかかっているのに、さらに負担を増やしたのは私です。――本当に申し訳ありません」


 ふたたび頭を下げる瑠織に、実瀬は穏やかに言う。


「顔を上げてください。私は許します。アイドルは世論に晒される仕事です。もしその程度のプレッシャーで折れるなら、最初からアイドルになる資格はありません」


 どうして実瀬が勝ち取ったのか。

 それは彼女の身心はアイドルになれる条件と器が揃えたからのだ。 瑠織は彼女の言葉に、それを示せた強いメンタル。アイドルになれるチャンスを獲った彼女の事を納得とともに、静かな敬意が芽生える。

 瑠織には長くチャンネルを続け、人気の波に甘えていた自分が、凋落の痛みに耐え切れなかったのだと気づく。


「……赤星さん。あなたは、私たちチャンネル・パフォーマーの鑑です」


「やめてください。大げさですよ。私はたまたま運が良かっただけ。業界でも、まだまだ新人ですから」


「いいえ。なぜあなたが選ばれたのか、よく分かりました。私の思い、あなたに託します。《《スーパーアイドル》》になってください」


 やり取りを見届けた潤軌は、ほっと息をついた。

 同時に、実瀬が想像以上に芯の強い人間だと確信する。

 敗者の悔しさを素直に手放し、応援へと転じる姿を見て、レイミの胸にも温かなものが灯った。


 ふっとそちらの隅にあるコートスタンドに掛ける服に気に入って実瀬は訊ねる。


「そういえば、その袖レースのジャケット、お洒落ですね。雑誌で見ないタイプです」


「もとは父の好きなゲーム主人公の衣装で、ライダーマシンが趣味だからコスプレ用に作ったの。でも中二病って言われるのが嫌で、色味を落ち着かせて装飾も削って仕立て直したの」


「つまり……完全ハンドメイドですか?」


「そうだけど……」


「氷川さんの動画、コスプレで撮ることが多いですよね。まさか、着ている服、全部君1人で手作りですか?」


「……そうだけど、それが何か?」


「よければ、作った衣装を見せてくれませんか?」


 急な申し出に、瑠織は少し肩をすくめ、照れた笑みを浮かべる。


「ちょっとだけなら」


 四人で部屋へ移動。壁のフックには、ビニールカバーにかけられた衣装がずらり。それぞれに小道具も一式、丁寧に揃っている。

 実瀬は手を触れずに一着ずつ目を凝らし、思わず息を呑んだ。


「これ、全部手作り?すごい完成度ですね、氷川さん」


「自分で着るから、リアリティと質感にはこだわってます」


「マネージャー、コスチュームとして相当なクオリティじゃないですか?」


「ああ。一回に使い捨ての既製品じゃない。小道具まで丁寧に作ってある」


「個人的な提案ですけど……このレベルの衣装が作れるなら、次のコンサートや新曲MVの衣装を発注する可能性、ありますか?」


 瑠織が思わず目を見開く。

 潤軌は少し考え、瑠織に向き直った。


「通常は取引先の業者に依頼しますが、個人工房への発注が前例ゼロというわけでもない。急ぎの予備発注先が必要になることもあります。氷川さん、他人向けの制作経験は?」


「家族以外だと、同好会の友達の指定衣装を作ったことが何度かあります」


「ワンセットを作る所要時間は?」


「コンセプトは既に決めた、材料を揃えたから計算すると、装飾の難易度、使う色、布以外材質の加工あるとか、ケースによって、2週間から2ヶ月以内かな」


潤軌は中にデザインが最も複雑に鮮やかなドレスアーマーを指して言う。


「そちらの騎士風のドレスコスチュームは?」


「あれは全部作るには1ヶ月で出来ました」


「個人工房には速い、皮や金属の加工する小道具・アクセサリーまでこの完成度なら、検討に値します。最終決定権は私にありませんが、事務所の連絡先を渡しておきます。これ、私の名刺キューブです」


 潤軌がスーツ内ポケットからメモリキューブを差し出す。表面には《フェアリーズ・プロダクション》のロゴと氏名。

 名のある芸能事務所から衣装発注のチャンス、思いがけない扉の気配に、瑠織は息を呑んだ。


「……私で、本当にいいんですか?」


「《エアーリアルズ》の新曲準備で、衣装・小道具の発注先を広げる検討をしています」


 突然降って湧いた幸運に心が揺れる。瑠織はおずおずとレイミを見る。


「神様が一つの窓を閉めても、別の窓を開けてくれるってやつ。まだ決定じゃないけど、ファッションデザイン師の方なら誰もが夢見るチャンスだよ?」


 気持ちを整え、瑠織はメモリキューブを受け取った。


「はい、よろしくお願いします。要永さん」


「そうだ、氷川さん、せっかくだからMPディバイスのアカウント、交換しませんか?」


 実瀬が差し出す。


「いいんですか、アイドルの個人連絡先なんて……」


「もちろん。まだ新人ですし。ついこの前まで、氷川さんと同じチャンネル・パフォーマーでしたから」


 実瀬は最新のMPディバイスを取り出し、友だち登録の画面を開く。キューブ型コードが投影され、

 瑠織も自身のディバイスで読み取り、双方のアカウントが連携された。


 やり取りを見守っていたレイミが、ほっとしたように微笑む。

「るりちゃん、もう心配はいらなそうだね。私は依頼を受けた捜査に向かうよ」


「ごめんね、レちゃん。大事な仕事があるのに、時間を取らせちゃって」


「いいの。ほかにも何人か動いてるし。じゃ、行くね」


「マネージャー、私たちも集中練習の後半に間に合うよう、事務所へ戻りましょう」


「ああ、今はマシンで帰ると時間がギリギリにあるかも」


 玄関まで三人を見送る。


「氷川さん、また連絡します」

「はい。デビューコンサート、頑張ってください。応援しています」

「ありがとう」

「るりちゃん、何かあったらメッセージして。読むから」

「うん。任務、気をつけて」


 手を振って扉を閉める。


 アイドルの衣装を作れるかもしれない、予想もしなかったチャンスに、頬が熱く上気する。


「よし、次のフラッシュモブの衣装、どうデザインしようかな?スケッチブックと、イメージのポストカード図鑑は……」


 瞳には、もう嫉妬の影はない。

 代わりに、次の創作へ向かう灯がくっきりと灯っていた。


そのころ。ひとりの少女が机に向かい、コスチュームのラフを描き起こしていく。


 その部屋の陰で、鳥のような異形が彼女の心の味を探っていたが、甘く澄んだ高揚には歯が立たない。まるで雑音に追い立てられるように、いやいやながら闇へと退いて、速やかにその家から逃げ出した。

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