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確信

ステアと呼ばれた黒髪の魔術師。

膝を降り、思わず涙を流しながら地面へと手を付いた。

目の前に立つ魔人の少女。

彼女は言ったのだ。確かに”ステア”と。


 シェルスがグランドレアで死亡したと報せを受けたのは十年前。

リエナとシェバが独断で攻め入り、グランドレアという国その物を終わらせた。

二人は今だ行方不明だが、ステアはどうしても信じる事が出来なかった。


――あいつが……死ぬわけない。


 根拠のない希望だった。

だが、その希望を信じてひたすら十年間精進した。

マシルのトップである、ナハトの座に就くまで。


 ステアには元々才能があった。

だが元奴隷の、しかもマーケル出身の娘。

とてもではないが、マシルのトップなどに認められる筈がない。


 しかしステアには目的があった。

その為ならば何をしてでも権力が必要だった。


シェルスは生きている。だが自分一人で探しに行った所で見つかる筈がない。

何故ならシェルスは元々レインセルの姫君、そしてコルネスの王女だった人物なのだ。

もし生きているなら、大国の幹部、またはそれに準ずる輩に掴まっている可能性が高いと考えたステアは、とにかく権力を欲した。レインセルの幹部達にいくらシェルスは生きている、と触れ回った所で動いてくれる筈がない。

一番頼りになりそうなシェバやイリーナ、そしてリエナですらもう居ない。

頼みの綱はシンシアくらいだが、立て続けに親しい人物を失い、かつてナハトと呼ばれた女は憔悴しきっていた。


 もはや自分しかいない。

そう悟ったステアはひたすらに魔術の研究へ没頭した。

十年間、ただそれだけを極めた。


 そうしてやっとの思いで掴んだ権力。

マシルの最高幹部の座。それは十分に偉業だった。

レインセル出身でも無い、元奴隷の娘が国を左右する力を手に入れたのだ。


もう誰にも文句は言わせない。

ステアは連隊騎士の中でも最も信頼する人物、ガリスの部下を五十名程借り受け、各地の捜索へと赴いた。

そして見つけた。

何十年掛けても構わないと思っていた旅。

思いのほか、早く見つける事が出来た。

だが、肝心のシェルスは魔人と化していた。



 

 ※




 膝を折るステアへと歩を進めるクリス。

先程騎士からナハトと呼ばれていたのを聞いて、正直驚かされた。

まさか”あの”ステアはナハトに君臨するなど、思ってもいなかったからだ。


「ステア……本当にステア?」


「あぁ……お前が港町で……私に着けた名前だよ……」


そっと、クリスはステアの顔を覗き込む。

涙と鼻水でグシャグシャだった。それだけで、ここまで来るのにどれほど苦労したのかが見て取れる。


「ステア……えっと、その……色々聞きたい事もあるし、ウチに……」


その時、村人達は一斉にステアを包囲する。

農具で武装した男達は、不吉な黒髪の魔術師へと刃を向ける。


「クリス! 離れろ! そいつは危険だ、ここで殺すべきだ!」


一人の発言を皮切りに、ステアを取り囲む狂気は一気に膨張する。

思わずクリスはステアを庇うように覆いかぶさるが、狂気を露にする男達の中に、異なる意見を持つ者も居る事に気が付いた。


「まて……落ちつけ! そいつを殺したら……さっきの騎士が攻め込んでくるぞ! そうなったら今度こそ終わりだ!」


「じゃあどうする! どの道この村の位置はバレたんだ! その内に皆殺しにされる! そうなる前に……せめてこいつだけでも道連れに……」


あまりに短絡的な意見が飛び交う中、クリスの父親であるゼルは冷静にクリスへと近づいてきた。

そしてステアの様子を伺いつつ、大きく息を吸い込み声を張り上げた。


「全員武器を下ろせ! 村の位置がわれたのなら移動すれば済むこと。軽々しく道連れなどと考えるな! 我々の命は我々の物だけにあらず! 我らがガラドグレイシス様がお戻りになられるまで、生き延びる事だけを考えるのだ!」


「し、しかしゼルさん……」


意見しようとする物を睨みつけ、黙らせるゼル。

そっとステアと目線を合わせるようにしゃがみ、対話の意志があるかどうかを確認する。


「ここへ……この子を探しに来たのか。ならば当然、我らへの説明はあって然るべきだな?」


ステアは涙を乱暴に服で拭いつつ顔を上げ、一言だけ「あぁ」と頷きながら、ゼルへと対話の意志がある事を伝える。


「そもそも……この村の事は、あんたが言うガラドグレイシスって魔人に聞いてきたんだ。ここに来れば……私の探し物が見つかるって聞いて……」


「まさか……ガラドグレイシス様に会ったのか?! あの方は今どこに……!」


「私が会ったのは本人じゃない。一方的に通信魔術で聞かされただけだ」


ゼルは落胆しつつも、まだ自分達の主が生きている事を確認できただけでも喜ぶべきか、歯を食いしばる。

だが、村人達は納得しない。ガラドグレイシスと話した事など、嘘に決まっていると騒ぎ始めた。


「ゼルさん、騙されるな! そんな見え見えの噓に……」


「噓だと言い切れるか? この村に今まで迷い込んできた人間など居ない。だがこの魔術師はまっすぐに村へと向かってきた。事前に場所を知っていたからだ。魔術師よ、ガラドグレイシス様と契を交わしたな?」


その発言に村人全員が唖然とする。

ステアは溜息を吐きつつ、頭を掻きながら頷いた。


「かなり一方的だったけどな……」


そのステアの様子を見て、クリスは首を傾げつつゼルへと尋ねた。

契とは一体なんだと。


「結婚と同じような物だ。ガラドグレイシス様に求められるとは……恐れ入る」


「け、結婚?! ステア……け、結婚したの?!」


ステアの肩を掴んで揺さぶりながら尋問するクリス。

その様子に、すっかり周りの男達は毒気を抜かれていく。


「お、落ちつけ! 結婚って、お前が思ってるようなもんじゃねえから! ただ、余分な戦闘を避けるために……」


いいつつステアは腕を捲りあげ、そこに刻まれた刻印を村人達へと見せつけた。

その刻印は正しくガラドグレイシス本人による物。

神に等しい魔人の片割れだという証だった。それを見せられては、魔人達は従うしかない。


「何故……最初にそれを見せなかった。そうすれば……」


「私だって確信が持てなかっただけだ。さっきも言った通り、通信魔術で一方的に喋られただけだし……この刻印だって勝手に……あんたらの反応を見てやっと確信できたよ」


なんということか、と嘆く魔人達。

人間が魔人と契を交わすなど、聞いた事すらないのだ。


「とにかく、ちょっと……この子と話がしたい。いいよな?」


「構わんが……ここではしずらい話か?」


「女同士の思い出話も混じるから……できれば……」


その時、村へと走りこんで来る一人の騎士。

村人達は再び警戒心を露にするが、騎士の血まみれの姿に唖然とする。


「ぁ? お前……どうした、なんだその血……」


「魔人が……申し訳ありません……ナハト様……」


そのまま事切れる騎士。

クリスは騎士の胸に刻まれた紋章を確認する。

かつて自分が在籍していたガリス隊の騎士。そしてそれは、この騎士が連隊である事を示している。


「ステア……っ! 他の騎士の中に隊長クラスは?!」


「いや、コイツが隊長クラスだった筈だ……不味いな……その辺の魔人が束になって掛かってきても平気な連中のはずなんだけど……」


その瞬間、村中に響き渡る魔人の咆哮。

それに混じって、人間の泣き叫ぶ声も聞こえた。


「ステア!」


クリスは思わず飛び出し、それを追うようにステアも続く。


「待てクリス! どうするつもりだ!」


呼び止めようとするゼル。

だが二人は既に声が届かない位置まで走り去っていた。





 ※




 海底洞窟から地上へと飛び出した二人。

そこで見た物はまさに地獄絵図だった。

騎士達がまるで紙屑のように千切られ捨てられている。

連隊騎士の集団をここまで出来る魔人はそう居ない。

それこそ、ガラドグレイシスなどの神に等しい魔人クラスで無ければ。


「そんな……」


ステアは生きてる者は居ないか確かめるが、息がある騎士は見つからない。

一体誰が、と思った時


『ミツケタ……ミツケタァー!』


海から飛び出してくる巨大な影。

カマキリのような姿の魔人。


『オマエガ、オマエカァ! ツイニミツケタ!』


ステアに向かって叫ぶ魔人。

だがステアはそれどころでは無い。

騎士達を皆殺しにされ、頭に血が昇っていた。


「シェルス、ちょうどいい。お前の腕が訛ってないか、確かめてやる」


月と同調するステア。

その瞬間、手の平から眩い光が解き放たれ、一本の剣を顕現させる。


 地面に広がる赤い血液


自分を信じて西の果てまで付いて来てくれた騎士達


ステアは両手を組み、その場で祈るように膝を着く


「ちょ、ステア?!」


『イノチゴイカ! ムダダ、シネ!』


魔人の巨大な鎌がステアへと迫る


だが


「死ぬのはお前だ……クソ野郎」


突如として空間を突き破って出て来る巨大な手。

魔人を鷲掴みにし、地面へと叩きつけながら全身を露にしていく。

その姿に、クリスは思わず息をのんだ。


「まさか……これって、ラスティナの……」


顕現したのは巨人族。


かつて、太陽と同調する少女に仕えていた守護霊だった。



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