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怪物

 騎士達の亡骸へと魂の祝福を実行しながら、ステアは巨人族の守護霊を同時に召喚する。

ラスティナが顕現させるよりも小ぶりながら、それでも巨大な守護霊に変わりは無い。

本来ならば顕現させる事すら難しい守護霊。

神に等しい魔人達ですら、その存在の大きさに驚愕したのだ。


「グアァァァ! ハナセ、ハナセェ!」


 騎士達を惨殺した魔人。

連隊である彼らを一方的に殺してのけた魔人だが、今はまるで玩具のように扱われていた。

巨人の手に鷲掴みにされ、何度も地面へと叩きつけられる。

そして放せ、という要望通り、巨人は海に向かって魔人を放り投げた。


「シェルス。あいつはお前にやる。止め刺して来い」


ステアは魔術で作りだした長剣をクリスへと放りなげた。

長剣を受けとるクリス。何年ぶりだろうと、懐かしむように柄を握りしめる。


「ステア……この守護霊はラスティナのでしょ? なんで貴方が……」


「押し付けられたんだ。ラスティナも来たがってたけど、今あいつはマシルの幹部だし……ナハトと揃って居なくなったらそれこそ……」


その時、海へと放られた魔人が再び崖の上へと這い上がってくる。

両手に備わっていた鎌は片方が捥げ、体中に痛々しい傷跡が確認できる。


『コロス……ブチコロシテ、クッテヤル……』


怨念のような声を上げながら、魔人は魔術を展開する。

その瞬間、魔人は姿はおろか気配すらも消え失せる。


「シェルス、今のレインセルにはお前が必要だ。でも姫様としてじゃない。私と一緒に来てくれるなら……奴を殺せ。このまま静かに暮らしたいって言うなら……剣を置いて村に戻れ」


ステアは巨人の守護霊を撤退させ、岩へと腰掛ける。

完全に傍観する気でいるが、その手は震えていた。

魔人を殺したいのはステアだ。短い付き合いとはいえ、自分を信じて付いて来てくれた騎士達を一方的に惨殺されたのだ。本来ならば八つ裂きにして内臓を食い散らかしても足らない。

心の底からステアは自分自身と、蟷螂の魔人を憎んでいた。


 そんなステアの心情を読み取ってか、または自分の意志を貫き通す為か、クリスは剣を構え前進する。


「ステア、私は貴方が現れなくても……そろそろ行こうと思ってた所よ……」


クリスの目の色が変わる。

かつて騎士であった頃、シェルス・ガルバージェだった頃の目に。

十年間、平和で幸せな家庭の生活を堪能した。

これが神からの贈り物ならば、十分だと思っていた。


 手に剣が馴染む。

魔人化して初めて持つ長剣だが、かつての記憶は鮮明に残っていた。


レインセルの姫として過ごした記憶

騎士として鍛錬した記憶

コルネスの王女として海を渡った記憶


そして、グランドレアで殺された記憶


 クリスの後方で微かに石ころが蹴られる音がした。

その瞬間、見えない敵の刃を易々と弾き返すクリス。


『ック……バカナ……』


魔人の姿は見えない。

だが今のクリスは、人間だったころに比べて感覚が鋭くなっていた。

そして、もう一つ。自分の体の事について、魔人の家族にすら話していない事があった。


「姿を消して……しかも後ろから刺すなんて……ザコが……」


『キ、キサマ……!』


あからさまに挑発するクリス。

その瞬間、腹部に痛み。

今度は正面から、巨大な鎌で腹を刺し貫かれた。

そのまま持ち上げられるクリス。


「あ?! ちょ、ふざけんなよ!」


明らかに無防備だった。

ステアは魔術を展開し助けようとするが


「大丈夫だよ、ステア。私なら平気だから」


淡々と喋るクリスの声に、背筋を凍らせる魔人とステア。

その声は普段と何ら変わらない。ただ、道端で転んでしまった程度の傷だと言わんばかりに。


『キ、キサマ……』


「楽には殺さない……怒ってるのは……ステアだけじゃない!」


クリスは、腹に刺さった鎌の関節部分を鷲掴みにすると、そのまま握り潰しながら魔人の腕を引きちぎる。

腹部に刺さった鎌は、クリスの体の中へ吸収されていく。傷跡すらも残らない。ただ着ていたワンピースに穴が開いただけだ。


『ガアァァァ! ナ、ナンダ、ナンナンダ!』


もはや両腕の鎌を失った魔人は、魔術を展開する余裕も無くし、ただ怯えるのみ。

目の前の異様な”怪物”に。


「次は右足……」


一瞬で間合いを詰め、今度は右膝へと抱き付くクリス。

そのまま自身の体ごと魔人の足を捻じり、まるで大きな玩具で遊ぶ子供のように捥ぎ取る。


『ギャアァァァ! ヤメ、ヤメデグレェ!』


千切った魔人の足も、クリスは自身の体へと吸収していく。

それを見た魔人は恐怖に支配された。もはや生きて逃げ延びる事しか考えられない。

 だがクリスは逃がさない。

片足を失い、地面を這って逃げようとする魔人へと歩いて近づき、残った足も長剣で切断する。


『アァァァアァ! マッデ……マッデェ! タジゲデ……ダジゲデェ!』


両手両足を失った魔人。

その腹の上に乗り、クリスはそっと言い聞かせるように語った。


「私も魔人だから分かるよ……魔人なら……人間を殺して当たり前よね……」


言い聞かせながら、魔人の肩へと剣を突き刺し捻じる。そのまま素手で魔人の腕を引きちぎる。


『ヤメロ……ヤメロォ!』


「でも……それじゃあダメなんだよ。人間を敵視しても……滅ぼされるのは魔人なんだから」


逆の肩へも同じように剣を突き刺す。


「なんでか分かる……? 人間の中には魔人を憎んで……魔人から技や魔術を盗んで……どんどん強くなってる人が居る。でも……魔人は人間から学ぶなんて事出来ない。端から見下してるから……」


まるで拷問するように。

クリスは剣を捻じり回し、魔人が痛みで悶え苦しむのをただ眺めていた。

 

 その様子を見ていたステアも、魔人へと同情してしまう。


「おい、シェルス! もういい! 止めをさせ!」


泣きそうな声で訴えるステア。

まるで拷問して楽しんでいるようなクリスを、もう見て居られないと震えながら。


 ステアの声を聴いて、シェルスはやり過ぎた、と思いつつも後悔はしない。

これが今の自分だと、ステアに見せつけるように魔人へと抱き付き、生きたまま自身の体へと吸収していく。


『ァ、ァ、ヤメテグレェ! タベナイデ、タベナイデェ!』


もがきながらクリスの体へと沈むように捕食されていく。

思わずステアは目を反らしてしまう。

間違いなくクリスは、ステアが探していたシェルスだ。だが戦いを見て確信した。

もはや完全に魔人、そして疑う余地が無い程”怪物”だった。



 破れたワンピースを気にしながら、クリスはステアへと歩み寄った。

だがステアは逃げるように退いてしまう。それを見て、クリスは悲しそうな顔で頭を下げた。


「ごめん……ステア。でも、これが今の私なの……。人間だった頃も……敵なら命を奪う事に躊躇なんてしなかった。殺さないと守れないから……勿論、憎くて殺した事もあった。でも今は……何の理由が無くても、たぶん私は他人を殺せる。これが……魔人なのかな」


「お前……」


ステアに引かれている、幻滅されただろうか、とクリスは目を伏せた。

だがステアは、クリスを力強く抱きしめた。人間だった頃は自分よりも背が高かったシェルスを。


「ステア? 震えてるよ……」


「五月蝿い……私だって……今まで何人も殺してきた。盗賊だったころなんて……抵抗する意志すらない奴を切り捨ててきたんだ……。私とお前、どう違うんだ。そりゃ、お前はちょっと怖いけど……」


「……ごめん、もうしないよ……あんな殺し方……」


「そ、そりゃそうだろ! 私達は怪物じゃねえ! 魔人だって人間だって……それにお前は……騎士になりたかったんだろ……」


 騎士になる。クリスは人間だった頃の自分の夢を思い出し、何故忘れていたのか、と拳を握りしめた。

騎士として誰かの為に戦い続ける、誰かを守る為に。


「ありがとうステア……」


シェルスはそっとステアの背中に腕を回し、抱きしめた。

いつ以来だろう、こうして人と抱き合うのは、と懐かしみながら。

暖かい抱擁に、自分よりも背丈が大きくなってしまったステアに甘えるように。



 魔人を討伐し、村へと戻るクリスとステア。

そこには、村へとステアを呼びに来た騎士を魔人達が総出で魂の祝福を行っている光景が広がっていた。

神々しく、まるで英雄を称えるかのように霧散していく騎士の体。


「お前等……なんで……」


不思議そうにステアは尋ねる。あれだけ恐れていた騎士の魂を、何故祝福しているのかと。

 ステアの問いに、ゼルが振り向いた。そしてゆっくりとステアへと歩み寄る。


「何故も何も……あんたは我々にとって主同然だ。その主の友が死んだのだ。弔うのがそんなに不思議か?」


「お前等……人間より人間っぽいよな……」


ステアは大粒の涙を流す


やっと悲しめるのだ


自分を信じ、付いて来てくれた騎士達の死を



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