襲来
荒れ果てた大地に緑が戻りつつあった。
かつて、この地で戦争が起きたのだ。人間と魔人の戦争が。
夕日に赤く照らされる大地。
その岸壁で海を眺める少女が一人。
「クリスー。ご飯よー」
少女には尾が生えていた。まるで猫の尾のように柔らかそうな毛に包まれたそれを揺らし、自分を呼ぶ声に振り向く少女。
「はーい」
少女は返事をしながら、もう一度海を一瞥する。
この向こうに自分が帰るべき土地がある。そう思いながら。
深い洞窟。その先に明るい空間が広がっていた。
海の中にドーム状に広がる空間。「彼ら」はそこで生活していた。
「メイシルレイゲン」と呼ばれる大昔の冒険者が名付けた特殊な木の樹液が、海底にドーム状の空間を作り出していた。
その中を小さく尾を振りながら走り抜ける少女が一人。
村人達を掻き分け、一件の家を目指し走る。
「ただいまーっ」
そういいながら駆けこんだ先に、母親と父親、そして弟達が揃っていた。
しかし皆、悉く見た目はバラバラだった。
狐のような姿の母親。猫の顔をした父。そして少女の腰程しかないパンダのような見た目の弟達。
「姉ちゃんーっ」
三人の弟達は、帰還した姉に抱き付いて行く。柔らかい毛並み、そして丸い体。もはや凶器だ。少女は弟達に埋もれて毎日眠っている。
「はいはい、よーしよしよし……」
「ほら、クリス。料理運んでちょうだい」
クリス、と呼ばれた少女は何とか弟達を引きはがし母親の元へと向かう。手渡されたのは野菜がたっぷりのシチュー。母親の得意料理だ。
「はい、お父さん」
「ん……」
まず不愛想な父親の前へとシチューを置くクリス。
次に弟達、そして最後は自分と母親。丸いテーブルを家族全員で囲み、共に食事を摂る。
木で出来た器に入ったシチューを、同じく木で出来たスプーンですくって食べる。
野菜は全て海底で育っている。長年に渡り、この村に住む異形の者達が編み出した方法で。
「お母さん美味しい! おかわり!」
早速平らげた弟の一人が母親におかわりを催促する。その器をクリスは受け取り、母親に自分が注ぐ、と言って器にシチューをよそった。
「はい、もっと味わってたべなさい」
クリスは弟に言い聞かせるが、容赦なく凄まじいスピードで平らげる弟達。
次々と催促されるおかわりにクリスは忙しなく動く。そんな時、慌ただしく家の中に入ってくる男が居た。
「ゼルさん! 大変だ! 人間の騎士団がこっちに向かってきてる!」
「……なんだと……!」
ゼルと呼ばれた父親は食事も途中で立ち上がった。そして飛び込んで来た男と共に家から出て行く。
取り残された家族は不安そうに顔を見合わせた。
「人間……? お母さん、人間って……もしかして……」
「あの人間……? 僕達を殺して回ってるっていう……」
「そんな……」
母親も立ち上がり、外の様子を伺う。男達が武器を持ち、戦おうとしていた。
慌てて家を飛び出す母親。クリスも弟達に、家から出ないように言いつつ母親を追いかけた。
「あなた! 戦ってはダメよ! 敵う筈ないわ……」
「ならどうする。大人しく全員殺されるか?」
ゼルは農具で武装していた。鎧の類いは一切見に着けていない。
そもそも数百年間、この地が人間に見つかった事など無かったのだ。戦闘の心得がある者もごく少数しか居ない。
ゼルは母親と共に家から飛び出してきたクリスを見ると、そっと頭を撫でる。
「クリス、母さんと弟達を守れ。いいな」
そして一本の短剣をクリスに預けた。それを受け取り、クリスは深く頷く。
その時、村の入り口付近から若い村人が走り寄って来た。
息を切らしながら樽の中の水を飲み干しつつ、自分が見た物を村人に報告する。
「やばいぞ、ざっと五十人……騎士がいる。どいつもこいつも目つきがやべえ。しかも先頭に立ってるのは黒髪の魔術師だ……」
それを聞いて村人達は震えあがった。黒髪の魔術師。かつて、この地で勃発した戦争で暴れまわった魔女を連想する男達。
「まさか……リエナか? あんな奴が……どうしてこんな小さな村を潰す為に……」
「分からねえが……ダメだ、勝ち目なんて無え。望みがあるとすれば……海の中に逃げるしか……」
特殊な樹液で囲まれた海底の村。だが海へ逃げようと思っても、今までこの透明なドームが崩れた事など一度も無い。どれだけ斧で叩こうが傷一つ付かなかったのだ。だからこそ自分達は数百年、ここで住まう事が出来ている。
「とりあえず女子供だけでも逃がすしか無え! ここに居たら袋の鼠……」
その時、クリスの耳に金属音が聞こえてくる。鎧を着た人間が歩く音だ。
クリスは短剣を腰に隠し、母親の手を引いて家へと隠れた。
「お母さん、ここに居て。私、お父さんを手伝って来る」
「だ、だめよ! クリス!」
母親の静止も空しくクリスは飛び出す。
その時、村の入り口から次々と騎士が入ってくるのが見えた。
(誰……指揮しているのは……)
クリスは目をこなして指揮官を探す。家々の影に隠れつつ様子を伺いつつ、少しずつ、もっと良く見える位置へ、と移動する。
村の男達も同じように家の影に隠れていた。だがその誰もが震えている。とても戦う所ではない。
「あー……たのもーぅっ!」
その時、凄まじく大きな声で叫ぶ女性の声。恐らく黒髪の魔術師の声か、と誰もが思った。
しかし予想より声が幼い。リエナが生きていれば既に老人と言っても差し支えない歳なのだ。
「おーい、隠れてないで出てきてくれ! こんな物騒な連中引き連れてきて言うのも何だけど……戦うのが目的じゃない! 我々の目的は人探しだ!」
一体誰がそんな言葉を信じるのか。
村人達は歯を食いしばりながら家の影から叫ぶ女を睨む。
その姿は確かに長い黒髪に魔術師の風貌。だが歳が若すぎる。
あの魔術師はリエナでは無い。だがそれが分かった所でどうしようも無い。
騎士達は皆武装しているのだ。あの内の一人だけでも、この村人全員を皆殺しに出来るだろう。
「んー……おい、お前等帰れよ。皆怯えて出てこないだろ」
魔術師は身内の騎士にそう呟いていた。だが声が大きい。村人達にもはっきりとその声は届いている。
「いや、し、しかしナハト様……もしもの事があれば……」
「お前……舐めてんの?」
その瞬間、騎士達の背筋が凍るのを村人達は感じた。
それだけで伝わってくる。あの魔術師はリエナではない。だが危険だ、と。
渋々騎士達は来た道を引き返していく。
村人達は困惑していた。この村を壊滅させる為ならば容赦なく襲い掛かってくればいい。
だがわざわざ話かけたり、騎士達を帰したりしている。
(まさか……本当に……)
目的は人探しなのか、と誰もが思った。
そしてその誰もが、一人の少女を見る。
クリスは村人の目線を感じ小さく溜息を吐きながら家の影から出た。
そして魔術師の前へと姿を晒す。
「ん? おう、やっと出てきてくれたかー。君の名前は?」
魔術師の顔、そして態度にクリスは懐かしさを感じる。
そして、ついにこの時が来たと、まっすぐに魔術師を見てクリスは言い放った。
「私の名前はクリスランデルン……だよ。ステア」




