07
「師匠!」
「・・・また君か」
師匠は私の顔を見ると、げんなりした様子で眉を顰めた。
そんな顔をするけれど、本当はそれほど嫌がっていないことくらい私は知っている。
きっとこの人なら、嫌いな人間を魔法でどうにかするくらい簡単にできるだろうから。
「これ、ママが昼に食べなさいって!グラタンですよ!」
「・・・ブロッコリーが入ってる」
「もう、子供じゃないんですから、我が侭言わないでください」
12年前、私たち家族はこの人に助けられた。
いわば、命の恩人だ。
それ以来、この辺境の地にある村に住み着いた深緑色の髪に金色の目の魔法使い。
名前は知らない。
けれど、私はこの人に魔法を教えてもらってるから、勝手に師匠って呼んでいる。
ママとパパは、お兄さん、って呼んでるけど。
「あ。それと、パパが虫除けの薬ありがとう。って伝えてくれって」
「そうか」
師匠は短くそれだけ返事をすると、私の目の前にどん、と分厚い本を置く。
訳が分からない私は、ただただそれを見つめるばかり。
「なんですか?これ」
「君のお母さんが作ってくれた御馳走を食べる前に試験だ」
師匠の言葉に私はうっと詰まる。
だいたい無理難題を出されて馬鹿にされるのが、いつものパターンだ。
私の魔法はどうやら壊滅的なほど力が弱いらしく、まともに発動したことがない。
というより、上手くコントロールできていない。
きっと、パパに似たのだろう。
ママに似たのなら、普通の人よりは魔法のセンスはあったに違いないもの。
「師匠・・・簡単な課題にしてください」
「君には一番難しい問題を出そう」
ふっと口元を歪めて笑みを浮かべる様は、ただの悪人にしか見えない。
師匠が私をいじめて楽しんでることくらいお見通しだ。
「この本のどこかの1ページに魔法をかけた。そのページを探せ」
「えー!?」
こんな分厚い本を1枚1枚めくって探していたら、日が暮れてしまう。
ママの作ってくれたグラタンは昼ご飯ではなく、晩ご飯になってしまいそうだ。
けれど、いくら文句を言ったところで、師匠がやれ。と言ったら、やる他に道はない。
私は仕方なく本に手をかけると、表紙を開く。
「うわぁ・・・」
私の読めないルーン文字がびっしりと並んでいる。
だいたい、魔法をかけたと言っても、どんな魔法なのかさっぱり検討もつかない。
開いたら文字が光るのか、それともページが白紙になってるのか、はたまた水を吹き出すようなとんでもない仕掛けをしているのか。
「ししょー・・・日が暮れちゃいます」
「そうだな。暮れるだろうな。君が地道に探している間に、僕は昼ご飯を食べることにするよ」
そう言って、本当に食べ始めるんだから、怒るしかないよね!
「師匠ひどい!私もお腹空いたの・・・もがっ!」
しゃべっている途中でスプーンを口に突っ込まれて、私は涙目になる。
び、びっくりした!
そして、ママのグラタンはやっぱり美味しい。
ちゃっかりブロッコリー突っ込むところが師匠らしいけど。
「ブロッコリーは君にあげることにしよう」
「むぐ・・・自分の嫌いなものだけ人に食べさせるなんて・・・!」
「エビが欲しかったら、早く魔法の掛かったページを探すことだな」
ぱくり、とブロッコリーを除けてグラタンを口に入れる師匠に私は半眼になる。
「私も食べたいです」
「そうか」
「うぅ・・・そうか。じゃなくて!」
「それならば、ヒントをあげよう」
師匠はスプーンを置くと、とんとん、と指で本を叩く。
「君はこの分厚い本を1ページずつ捲って探したいようだが、僕が掛けた魔法は見た目じゃ判断できない」
「えっ・・・それじゃ、全部見たとしても意味ないじゃないですか!」
「その通りだ」
師匠の言葉に私はうーん、と唸る。
見た目じゃ判断できないのに、どうやって探せというのだ。
「君の頭は固いな。概念に囚われすぎている」
「そんなこと言ったって・・・」
「初歩の初歩で教えた呪文で見破ることができる、それと、魔法は呪いという言葉に置き換えるといいだろう」
「呪い・・・あっ!」
そこまで言われて、私は気がついた。
「呪い晒し!」
分厚い本に手を当てて、早速、呪文を唱える。
「彼の者に掛けられし呪の言、我の前に晒さん」
頭の中に情報が流れて来る。
それを私はそのまま口にした。
「715ページ目、掛けられているのは防水の呪文」
「正解だ。それを掛けた時期は?」
「・・・わかりません」
時期の情報まで、私には読み取れなかった。
やっぱり、センスが無いのだろう。
分かっているけれども、へこむ。
きっと師匠なら、時期だけでなく魔法が続く効力とかもっと細かいところまで読み取れるんだろうなぁ。
「呪い晒しは、名前の通りの魔法ではない。相手の掛けた魔法を見破る、というのが本質だ。たちの悪い呪いだけでなく、今のような便利な魔法の情報も知る事ができるんだ」
「完全に、呪いに対してのみ有効な魔法だと思ってました」
「正体不明の魔法道具や、怪しいものには、とりあえず呪い晒しを使ってみるといい」
師匠はそこで言葉を切ると、はっと口元を歪める。
「今回は、君にしてはマシな方だったな」
「なんですか、マシって」
「僕の予想では、呪い晒しが発動すらしないはずだったんだけどな」
「師匠の馬鹿!」
むぅ、と膨れると、師匠が苦笑しながらぽんぽん、と頭を叩いてくる。
「むくれるな。グラタン分けてやるから」
「分けるも何も、もともと、私のママの作ったグラタンですからね!ブロッコリー残したら承知しませんよ!」
「わかった、わかった」
言いながらも、私のお皿にブロッコリーを沢山入れるんだから!
師匠ってば、全然わかってない!




