文字が書いてありますよ
『こっち、こっちに来て』
聞こえる。やっぱり聞こえる。
ちょっと待って、これ幽霊とかそういうオチだったら笑えない。本当に笑えない。
「シ、シオンさん」
「なんやー?」
「あの、やっぱり声が聞こえるんですけど……」
私が真っ青になって、そう報告している間にも、声が何かを訴えてくる。
「声? なんて言うとるんや?」
「こっち来て。って、さっきから、ずっと……」
シオンさんは、立ち止まって振り返ると、うーん、と口に手を当てて悩む。
「リザちゃん、ちょいと失礼」
スッと、二本指を私の額に当てて、シオンさんは小さく呪文を唱えた。
「彼の者に掛けられし呪の言、我の前に晒さん」
ふわり、と額が温かい光に包まれる。
呪いが掛けられてるのだと、シオンさんは踏んだのだろう。呪い晒しの呪文を唱えたようだ。
師匠だったら、何の呪詛かも確かめずに解いちゃうんだろうけど。当たり前だけれど、普通の人はそんなことできない。
というより、シオンさんって魔法使いまがいのことも出来るんだ。そして、外と違って、ここは魔力は吸い取られないのね。
「うーん、呪い掛けられてる感じではなさそうなんやけどな」
「あ、あの、もしかして、幽霊……ってことは……」
「十分に有り得るで」
「うわぁ……」
「なんにせよ、正体の分からん声には耳を貸さんことや。間違えても呼びかけに応えたりしたらあかんからな」
「はーい」
シオンさんは自然に私の手を取ると、つないだまま進んでくれる。怖かったから、ちょっと嬉しいかも。
ごうごう、と音が酷いだけで、ここにはどうやら、魔物もいないようだ。
「シオンさんて、魔法使いなんですか?」
さっきの呪い晒しの呪文を思い返して、私は質問する。
けれど、シオンさんは私の質問を一笑した。
「ちゃうちゃう、俺は魔法は大して使えへんで。攻撃魔法なんか、発動すらせぇへんもん」
「でも、さっきの魔法は?」
「あー、職業柄必要な魔法はなんとか使えるようになったんやけどな。呪い自体を解いたりはでけへん」
「でも、武器は魔法剣ですよね?」
「残念ながら、かなり素材に頼っとるけどな」
シオンさんは、空いてる方の手でかちゃり、と剣を鳴らす。
「さっき話した、ヴァンパイアの髪の毛だけやのうて、それこそ月光鳥の羽根からピクシーの粉まで、ありとあらゆる魔法素材で強化しとんねん」
「強化すると、どうなるんですか?」
「俺の魔力が微量でも大きく反応して、増幅してくれるんや」
「私も、何か道具使えば、魔法が上手く扱えますかね?」
「うーん、どうやろな。俺みたいな武器使う人間やったらいくらでも手段はあるけど、呪文を使う人間は限られてくるんちゃうか?」
さすがのシオンさんでも、畑違いのことは分からないか。
師匠に聞けば、知ってるんだろうけど、あの師匠のことだから「自分で調べろ」って言うに決まってる。まぁ、師匠の言う事は最もだけどね。
帰ったら、スノウと一緒に何か媒体になるものでも作ってみようかな。
真っ暗な通路を進んでいると、私たちは大きく開けた円形の場所に出た。ドーム型にくり抜かれたその空間は、じめじめと陰気で、どうしようもなく闇に包まれている。
シオンさんのライトでは、ちょっと心許ない。
『こっち。ねぇ、こっちに来て』
まただ。
シオンさんと話していたからか、無視できていたけれど、また声が聞こえて来る。
生気のない、けれど、叫んでいるように悲痛な声。訴えるように、私に自分の居場所を知らせて来る。
「シオンさ……」
「おー! なんやあれ!」
私が話しかけようとした矢先、シオンさんは嬉々とした表情で真っ暗な中を歩いて行く。もちろん、手を引かれている私がそれに抗えるはずもなく、仕方なしについて行く格好になった。
「おぉ! 見てみぃ、リザちゃん! 石碑に宝石が埋まっとるで!」
「ほ、ほんとだ……」
開けた場所の中心にぽつん、と立っていた石碑。その表面には、美しいクリーム色の宝石が埋まっていた。まんまるのその形は、まるで満月のようだ。
こ、これは、ちょっと感動するかも。
『ようやく、来てくれた! さぁ、早く! 早く! ここから出して!』
言葉が変わった。
今まで、こっちに来いとしか言わなかった声が、今度は出して、と。なんだか不気味になって、宝石を見つけた感動も薄れてしまった。
「シオンさん……」
「なんやー?」
「声が、ここから出してって……」
「無視しときぃ。応えなきゃ、向こうはなんもできひんから」
そういうものなのだろうか?
全く以て疎い私には、不安しかない。
「大丈夫やて。呼びかける。っていうのは、相手が言葉を返さへん限り、成り立たへん魔法や」
「そ、そうなんですか?」
「こっちが応えると、向こうは認識されたことを自覚する。ほんで、悪さしてくんねん」
シオンさんは、いいながらクリーム色の宝石に手をかける。そして、私があっと言う間もなく、それを外してしまった。
「それ、外して平気なんですか?」
「ん? あぁ、特に仕掛けがしてある訳でもあらへんし、大丈夫やろ」
そして、それを鞄にしまう。
クリーム色の宝石を失った石碑は、心無しか寂しく見える。それをじっと見つめていて、何か文字が書かれている事に気づいた。
「シオンさん、その石碑、文字が書いてありますよ」
「んー? どれどれ?」
シオンさんは、ライトを近づけると石碑を照らす。どうやら、ルーン文字ではなく、古代ギリヤ文字のようだ。
「あかん、この文字読めへんわ」
お手上げ、と降参ポーズを取るシオンさん。
これは……役に立てる時が来たかもしれない!
私、古代ギリヤ文字は読めるんだ!




