パートナーになる日まで
ごんべえさんからのリクエストです。ありがとうございます!
アリーセとエーデルが仲良くなるきっかけ。
アリーセの身体をアイリスに奪われてからというもの、孤児院の仕事のほとんどがエーデルに降ってくるようになった。
無論、物理的な接触が発生する仕事は、どうしてもアリーセにこなすことはできない。
仕方がないと言えばその通りだったし、エーデルも特にそのことに関して不満は無かった。
ただ、召喚主であるはずのアリーセは、いつも浮かない顔をしており、ため息ばかりついている。
肉体を奪われたのであれば、落ち込むのは当然であり、大好きな子供たちとも触れ合えないのだから、今後の事を考えて暗くなってしまうのは無理もないことだろう。
エーデルは何と言葉をかけていいか分からず、自分の中で、そう結論づけて、結果としてアリーセをそっとしておくことにしていた。
そのせいで、アリーセが真に悩んでいることに気付けなかったのだ。
「エーデル、契約を解消しましょう」
月もなく、星も見えない、どんよりと暗い夜だった。
子供たちが寝静まった後に告げられた内容に、エーデルは意表を突かれる。
ひゅ、と喉がなり、咄嗟に言葉が出なかった。
「本当はね、もっと早くにあなたを解放してあげるべきだったのに、ごめんなさい。あなたの優しさに甘えて、ずるずる引き伸ばした結果、こんなことになちゃって…」
「ま、待って、アリーセ。契約を解消するって?どうして」
微塵もそんな考えは無く、まさか、解消したいと申し出が来るとも思っていなかったエーデルは慌てる。
嫌われたのだろうか。
不自由な身体になって、今こそ、彼女の助けになるべきだと考えていた矢先に。
そもそも、エルフという希少種である自分を、人間が手放そうとするはずなどあり得ないのだ。
エーデルはここの環境はもちろん、主であるアリーセのことも随分気に入っていた。
生きている限り、共にあれるのだと、信じて疑わなかったのだ。
「あなただって、もう嫌でしょう。あたしに肉体があって、魔法をきちんと使えるうちは、主であることを渋々認めてくれてたのでしょうけど…。孤児院の手伝いばかりで、今では、全部の仕事の負担があなたにいってる」
「それなら、余計に!僕がいなくなったら、子供たちの面倒は誰が見るんだい?リュルザもあんな調子だし、君だって、ものに触れられない。そんな状況で、どうして契約を解消しようなんて言えるんだ!」
「だ、だって…」
じわり、とアリーセの目端に涙が滲む。
そして、怯えたように下を向いたかと思えば、怒ったようにエーデルを睨みつけた。
「これでも、いろいろ考えたのよ!エルフであるあなたに、魔法とは微塵も関係ない仕事を押し付けてばっかりで!本当は、魔法の研究や、人間界を旅して回りたいんじゃないかとか、あたしのことだって、お情けで契約主にしてくれてるんじゃないかって…」
ふるり、とアリーセの肩が震える。
思わずエーデルは手を伸ばすが、虚しく空を切るだけだった。
なぜだろう。
どうして、彼女に肉体があるうちに、もっとお互いの気持ちを話すことが出来なかったのだろうか。
こんなにも、アリーセが自分のことを考えてくれているなど、想像すらできなかった。
エーデルは後悔に下唇を噛みしめる。
「あたし、もう自信が無いの。エーデルの契約主でいられるほどの実力もないし、あなたをここに縛っているのが、後ろめたくて仕方ないの。だから…」
「だから、契約を解消するって…?」
抑えた低い声が出てしまい、アリーセが恐れるように身を縮みこませる。
エーデルとしては、怒っているつもりは無かったが、自分が認めていたはずの人間が、ここまで卑屈になってしまったことが悲しくて仕方がなかった。
「アリーセ。僕は、君を契約主にしたことを後悔していないし、ここで子供たちと一緒に過ごす時間はかけがえのないものだと思っている。そもそも、君に実力が無いと思えば、契約する前に僕は立ち去っていただろうし」
「でも、エーデルは優しいから…」
「僕はね、優しくなんてないよ」
にこり、と笑顔を浮かべる。
子供たちに、怖い怖い、と恐れられる笑みだ。
「アリーセが契約破棄したら、僕が契約主として君と再契約する。それで、死ぬまで契約解消なんてしてあげない」
「ど、どうして…エーデルにはそんな義理ないじゃない」
「義理とか、そういう話じゃないよ」
エーデルは肩を竦めると、そっと目を伏せる。
「君が僕を召喚した日のことを、覚えてるかい?」
「それは、もちろん。子供たちと一緒に、庭で描いた魔法陣であなたを喚び出したこと、一生忘れないわ」
魔法陣で喚び出された日。
きらきらと輝く純粋な目で、こちらを見上げる子供たち。
暗く湿った魔法使いの実験室や、召喚のための贄が並んでいるような、おどろおどろしい想像とはかけ離れた、明るい世界。
その中でも、銀髪の美しい女性が、取り分け喜びに表情を緩ませ、こちらを見つめている。
真っ赤なルビー色の瞳と目が合い、どくりと心臓が波打った。
「アリーセは、どうしてエルフを喚ぼうと思ったの?」
「それは…ここは森の中だし、森の友人であるエルフがいてくれれば、子供たちも安全だろうと思って。森の中で迷ったり、野生動物に襲われることもあったから」
「そんな理由だからこそ、僕は応えたんだよ」
もし、アリーセがひたすらに知識を追い求める、魔法使いの鏡のような人間だったなら。
きっと、エーデルは契約するまでには至っていなかっただろう。
子供たちの安全のため。
たったそれだけの理由でエルフを喚ぼうと思い、実際に行動したアリーセに心を打たれたのだ。
「だから、契約は解消しないよ。僕も、子供たちを守りたいと思っているし、ここでの生活は案外気に入ってるんだ」
「本当に?あなたにとって、ここは退屈な場所ではない?」
「まさか」
今は肉体を持たない、ぼんやりした存在のアリーセを見つめる。
どんな姿になっていても、目にするだけで、小さな胸の高鳴りを覚えてしまう自身に、エーデルは苦笑した。
「頼むから、契約を解消したいなんて言わないで。僕は、いつまでも君の隣りで、同じ世界を見ていたいんだ」
「エーデル…」
感動に目を潤ませているアリーセには、言葉の真意など、伝わっていないのだろう。
鈍感なのだ。
魔法に関しては、敏感なくせに、自分に向けられる感情には無頓着。
きっと、全ての感覚を魔法に捧げてしまったに違いない。
「ま、今はそれでもいいけどね」
「なんのこと?」
「契約解消したいなんて、1人で悩んで思いつめてる誰かさんとは、もっといっぱい話し合わないといけないなって思っただけ」
「うっ…ごめんなさい」
「謝らないで。僕も悪かったよ。パートナーなのに、アリーセの悩みに気付けなかった」
パートナー、とアリーセが小さく繰り返した。
若干、朱が差した頬色に、エーデルは満足気に笑う。
「そう、君と僕はパートナーだ。だから、これからもよろしくね、アリーセ」
「あ、あたしの方こそ!よろしくお願いします!」
意気込む姿に、心がふわりと暖かくなる。
パートナーの意味が、召喚の主従の関係だけではないと、彼女が気づくのはいつになるだろうか。
その日が来るのが待ち遠しくて仕方なかった。




