思いを馳せる
そらさんからのリクエストです。ありがとうございます(*´∀`*)
冬であろうと、夏であろうと、この地方の気温はそれほど変化がない。
明確な合図のないまま、気がつけば暦は進み、いつの間にか次の季節がやってくる。
アリーセが幼いシオンと出会ったのは、冬とも春ともつかぬ、曖昧な時期だった。
「うっわ、おばけがおる!」
目を覚ましたシオンが発した第一声は、それだった。
くりくりした深緑色の瞳をまん丸に見開き、あんぐりと口を開けてアリーセを真っ直ぐに指さしている。
酷い大怪我に治癒魔法を施した直後にも関わらず元気な姿に、アリーセは苦笑しながらも、ほっと胸を撫で下ろした。
「こーら、人を指ささない」
隣にいたエーデルがシオンの腕を掴み、下へとおろす。
その顔を見上げたシオンは、再度ぽかんとした。
「みみ、のびてるで」
「僕はエルフだからね。元々耳が長いんだ。それで、君、森で倒れていたんだけど、何があったか覚えてるかな?」
シオンはしばらく呆然としたままエーデルを見つめていたが、やがて、こっくりと頷いた。
「おれ…せや、ほかにも、ひとがおらんかった?!」
「あたしたちが保護したのは、あなただけよ」
「そんな…ほんなら、おとんとおかんは…」
ぎゅ、とシオンがシーツを握りしめる。
こらえるように下唇を噛んだところで、細く長い息を吐いた。
「わるいやつに、おそわれたんや」
「馬車か何かに乗っていたの?」
「ちゃう。サーカスのみんなと、つぎのまちに行くとこやった」
「あなたは、サーカスの団員だったのかしら?」
「せや。おとんも、おかんも。せやけど、それで、ばらばらになってしもうて…」
アリーセとエーデルはそっと目配せをする。
この森に人を襲うような人間は住んでいない。
そうなると、流れ者の山賊崩れがシオンのいた一座を襲ったと考えるのが最も自然だった。
シオンは、耐えるように眉をしかめた後、大きなため息を吐く。
そしてから、その顔ににっこりと笑顔を浮かべた。
「まぁ、まだみんな、しんだともかぎらんし。どっかで、げんきにしとるやろ」
ころっと雰囲気の変わったシオンに、アリーセとエーデルは面食らう。
いっそ、晴れ晴れと言って良いほどの笑みに、楽天的なのか、開き直ったのか、さっぱり検討がつかなかった。
「無理しなくても良いのよ。泣きたかったら、我慢しないで」
「へーきやて。どんくさい、おれが生きてるんや。他のみんなは、わるいやつを、たおしてるかもしれへんなぁ」
そして、シオンは目の前に浮かぶ、半透明の女性を見つめて眉をしかめた。
「そんなことより、おばけがおったことの方が、もんだいや」
両親の消息をあまりにも顧みないシオンに、アリーセとエーデルは不安を覚える。
にこにこと、笑顔を崩さない少年の姿は、少し異様に感じられた。
◆
明るい性格のシオンは、すぐに子供たちの輪に溶け込んだ。
軽業師のようにぴょんぴょんと身軽に飛び回る姿は、他の仲間を感嘆させ、彼の人気を押し上げる要因ともなった。
「シオン!あれやって!ぴょん、って飛んで、くるくるってするやつ!」
「おやすいごようや!」
ほれ、と言いながら、華麗にバック宙を決める。
その姿に、同じ年代の女子がほぅっと熱いため息を吐いた。
そして、男子も見よう見まねで飛びはねるが、後ろにひっくり返るだけで、成功する者は1人もいない。
「すげぇなぁ、シオン。どうやったらできるんだ?」
「そんなん、ぴょんってとんで、からだ丸めて、うしろにくるくるっとするだけや」
「全然わかんねぇー!」
あはは、と快活に笑うシオンは、時に調子に乗って、とんでもないことを仕出かすこともあった。
「シオン!危ないから降りて来なさい!」
いつもは声を荒げることのないアリーセが、大声で怒鳴っている。
孤児院の屋根の上でへらへらと笑っているシオンのせいだった。
「サーカスでは、もっとたかいとこで、つなわたりしとったで」
「ここはサーカスじゃなくて、孤児院です!」
足を滑らせて落ちたら、ただでは済まないだろう高さ。
アリーセでなくとも、普通の感覚をもった人間ならば、心配するのは当然だった。
そんな相手の心情を知ってか知らずか、シオンはおどけて、観念したように両手を上げたと思えば、そのまま勢い良く飛び降りた。
「あぁっ!」
悲鳴に近い叫び声を上げたアリーセは、両手で口元を覆った。
咄嗟のことに、どうすることもできず立ち竦む。
しかしながら、そんなアリーセの心配をよそに、シオンは猫のようにしなやかに地面に着地した。
「へっへーん!すごいやろ!」
「何やってるの!」
思わずアリーセは抱きしめようと手を伸ばしたが、魂だけの存在は無情にもシオンの身体をすり抜ける。
ものに触れられない身体が随分ともどかしい。
「あんまり、心配させないで頂戴!」
「せやかて、こんなんで、けがせぇへんで」
「怪我してからじゃ、遅いのよ!」
「だーいじょーぶやて。おれ、ふつうとちゃうねん」
あっけらかんと笑ったシオンに、アリーセは首を傾げる。
言っている意味はよく分からなかったが、追求する前に、シオンを諌めることにした。
「だからと言って、めちゃくちゃなことをしないで」
「アリーセに言われたかないなぁ」
「ほら、屁理屈ばっかり言ってないで、約束して」
シオンは笑顔を崩さない。
へらへらと、楽しそうに笑いながら、触れられないアリーセと指切りを交わす。
明るく笑うその表情に、なぜだか嫌な予感を覚えざるを得ない。
シオンがここに来てから、一度として涙を見せたことがない。
両親とはぐれ、知らない場所に来たにも関わらず、おどけて周りを笑わせ、驚かせることばかりしている。
それが、寂しさを紛らわすためならば、まだ良いかもしれない。
もし、万が一、自暴自棄になった故の暴挙なのであれば、今すぐにでも手を打たないといけないとアリーセは考える。
けれども、泣き喚く子供たちを宥めるのは得意だが、いつも明るく振舞い、弱さを見せない少年をどう扱えば良いのか、アリーセには分からなかった。
◆
「狼が出た!ほんとだよ!あっちのお花畑に、狼がいたんだ!」
小さな事件が起こったのは、シオンが来てから一週間が経ったあたりだった。
森の中にある施設なので、野生動物がその辺に出没することは、何ら不思議なことではない。
ただ、問題だったのは、姿を現したのが、リスやウサギと言った無害な小動物ではなく、獰猛な獣であったことだ。
「珍しいわね。どこかから、移り住んで来たのかしら?」
懸命に訴える子供を宥めながら、アリーセは首を傾げる。
「森に聞いてみようか?」
エルフの力があれば、森に尋ねることも可能になる。
残念ながら、アリーセは長寿の能力は共有したのだが、この森と対話する能力を共有することはできていなかった。
「お願いしていい?」
「もちろん」
ふわりと魔力が舞う。
アリーセにはそれが感じられるが、子供たちの大部分はぽかんと見ているだけだ。
その中でも、秀でて魔法の才のある子供だけが、きらきらと輝いた目でエーデルを見つめている。
そんな中、最近やって来たシオンはどうだろうか、とアリーセがその姿を探す。
そして、異変に気付いた。
「シオンは?」
いないのだ。
子供たちの輪の中心にいつもいたはずのシオンが。
もしかしたら、やんちゃな子供たちと一緒に狼を探しに出かけたのかもしれない。
アリーセはもう一度、そこにいる顔をしっかり見つめる。
誰が足りないのか、と数えた時、シオンだけがその場にいないことに、今は無い肉体の背筋が寒くなったように感じた。
「そういや、シオンの奴、いつの間にかいなくなったな」
「でも、狼の話をしてた時はいたよ」
「シオン君、狼は賢いから怖くないって言ってたの、聞いたもん」
なぜ、1人だけで。
ぐるぐると頭の中に嫌な想像が駆け巡る。
最悪の事態が浮かんだ途端、アリーセはいてもたってもいられなくなった。
「エーデル!子供たちをお願い!」
「あ、ちょっと!アリーセ!」
エーデルの制止を振り切り、アリーセが森へと飛び出した。
枝を伸ばして前進を邪魔する木々をものともせず、浮遊したまますり抜ける。
肉体があった頃には、できるはずのなかった動きで、森の中を周回してしばらくした頃、見慣れた茶色の髪の子供を見つけた。
「シオン!」
声をかければ、小さな頭がこちらを振り向く。
きょとんとした顔をしていたが、声を掛けたのがアリーセだとわかった途端、明らかに焦りの表情を浮かべる。
「げっ…。なんのようや!」
「あなた、狼がいるって聞かなかったの?どうして一人で森の中に行くようなことを!」
「へーきやて。おおかみは、かしこいねんで」
「野生動物相手に無事で済むわけないでしょう!」
帰りましょう、とアリーセが口を開きかけた時、背後からぐるる、と低い唸り声が聞こえる。
その音にハッとし警戒したのは、アリーセだけだ。
シオンは何故か笑顔になり、喜び勇んで走り寄った。
「ヨニ?!」
アリーセが伸ばした手は、無情にもシオンをすり抜ける。
「シオン!だめ!」
振り向いた先に見えた、灰色の毛並みを持つ獣の群れ。
牙を剥いた狼が、前足をぐっと曲げる。
そして、跳躍した。
「シオン!!」
悲鳴がこだまする。
その時、まるでシオンを守るように木々の枝葉がその腕を伸ばし、狼との間に壁を作る。
それが誰の仕業か分かったアリーセは、周囲を見回すが、その姿は見えない。
おそらく、孤児院から森に聞いて咄嗟に守るようにお願いしたのだろう。
「シオン、立てる?」
完全に遮断されたおかげで、襲われる心配は微塵もなかった。
とはいえ、あまりぐずぐずしていても仕方がない。
呆然としているシオンを急き立て、元来た道を戻るように促した。
黙り込んだまま、目に涙を溜めて、シオンは歩き出す。
いつだって明るく振る舞い、騒いでいた面影は見当たらない。
沈黙が耳に痛い。
気まずい雰囲気のまま帰路についていると、ぽつり、とシオンが零した。
「あのな、おれのともだちに、じんろうがおったんや」
「人狼…」
アリーセはそれとなく察しがついたが、黙って続きをうながした。
「おおかみが、でたってきいて…もしかしたら、ヨニやないかと、おもって…」
ずび、と鼻をすする音がする。
ぽろり、とシオンの頬に大粒の涙が転がり落ちた。
「せやけど、ちがくて。ヨニも、おとんも、おかんも…みんな、どこいったんや!」
アリーセは、泣き喚くシオンにそっと手を伸ばす。
触れることは叶わないが、泣きじゃくるシオンは、まるでそこにアリーセの実体があるかのようにすり寄った。
「辛かったわね。今まで、よく我慢してたわ」
「あ、ありーせぇ…」
森の中で、小さな泣き声がこだました。
◆
「…っちゅーのが、俺とアリーセの馴れ初めや」
「私が聞きたかったのは、あなたがいつアリーセさんを好きになったのかだったんですけどね」
ごふっ、とシオンは飲みかけの水を吹き出す。
ハルはそれを見て笑った。
「エーデルさんがいる時点で、すでに負け戦ですからねぇ。かわいそうに」
「お前、微塵もかわいそうやて、思っとらんやろ」
じとりとした目で、シオンはハルを睨む。
ハルは悪びれずに肩を竦めた。
「もしかして、シオンが世界を飛び回る職業を選んだのは…ご両親やご友人を探すため…ですか?」
シオンは即座に首を横に振ると、明るい笑顔を浮かべる。
「せやなぁ、なんて言うと思たか?サーカスの旅一座にいたせいか、一つの場所にいると落ち着かんだけや」
「エーデルさんと、アリーセさんの側にいるのが辛かったんですね」
ごふっ、とシオンは再度、水を吹き出す。
「ほんまに容赦ないな」
口元をぐい、と袖で拭い、苦笑いを浮かべる。
「まぁ、サーカスの奴らが気にならない言うたら嘘になるけどなぁ」
満月の光が、窓辺から優しく差し込む。
「みんな、元気にしとるやろか?」
あれから、一切消息はつかめていない。
これだけ世界中を飛び回っても、両親はもちろん、かつての仲間に出会ったことすらないのだ。
大きな時の流れに呑まれて、寂しさは薄れ、その顔や声を思い出すことも少なくなった。
それでも、彼らが思い出から消えてしまうわけではない。
照らし出された床の上に、シオンとハルの影が細長く伸びた。




