破天荒なあなたへ
はるさんからのリクエストです。ありがとうございます(*´∀`*)
ゴッ、と鈍い音が背後であがる。
エーデルは子供たちの玩具を片付けていた手を止めて振り返った。
半ば、何が起こったのかは予想はついている。
いや、確信していると言った方が良いだろう。
「アリーセ、大丈夫?」
額を抑えて蹲る、一応は召喚主の顔を覗きこむ。
半泣きになりながら、何回目だろうと苦笑を零せば、思い切り睨まれた。
「仕方ないでしょ、まだ実体に馴れてないんだから」
「誰も悪いとは言ってないよ」
ぶつくさと文句を言って立ち上がるアリーセに、エーデルは手を貸す。
額を見てみれば、すでに赤い跡すら残っていない。
おそらく、アリーセの無言詠唱の仕業だろう。
ここ数百年というものの、実体がなかったアリーセは、突然返ってきた身体にひどく戸惑っていた。
何かしらの物を掴んだり、持ち上げようといった意思のある行動であれば問題はない。
けれども、今のようにドアの向こう側へ行こうと無意識に動いた時、普段ならすり抜けられていたものに、ぶつかることが非常に多いのだ。
幸い、多少の怪我ならば魔法ですぐに治せるので、それほど問題でもないのだが、本人には強いストレスになっているらしい。
「早く、昔の感覚を取り戻さないとね」
八つ当たりのように睨まれようと、エーデルは一向に構わない。
むしろ、涙目で見上げるようにこちらを睨み、言い訳をする姿には可愛さしか見当たらないのだ。
しかし、こうも毎日、ドアにぶつかる姿を見かけると、不憫になってくる。
元気づける意味でも、俯いて下唇を噛んでいるアリーセの肩をぽんと叩いた。
「さ、お茶淹れてあげるから、一緒に甘いものでも食べよう」
「…のよ」
「え?」
ぼそり、と呟かれた言葉を聞き取れず、エーデルは聞き返す。
けれども、嫌な予感しかしない。
先ほどとは打って変わって、清々しい笑顔を浮かべたアリーセに、エーデルはひくりと頬を引きつらせた。
「すり抜けられるドアに変えちゃえばいいのよ!そうすれば、子供たちだってドアにぶつかっても怪我しないわ」
「いや、怪我してるのは、君だけなんだけど…」
「こうしてられないわ。新しい魔法を考えなくちゃ」
発想が斜め右上にすっ飛んで行くのはいつものことだ。
はぁ、とエーデルは片手で顔を覆い、ため息をつく。
言っているだけなら笑って済ませられるもの、アリーセは実行するまでの実力を兼ね備えている。
奇抜なデザインや、派手すぎる装飾を好むことからも薄々感づいてはいたが、彼女は人間の中でも奇特な部類に入るのだろう。
もちろん、エルフの基準でもアリーセという人間は普通とは違うカテゴリに分類される。
嬉々として自室に走り去ろうとする彼女の襟首を掴み、エーデルはどうどうと宥めた。
「アリーセ?少し落ち着こうか」
「あなただって、ドアを開けなくて済むなら便利だと思わない?いつも腕いっぱいに玩具を抱えて、足で開けてるじゃない」
「いや、まぁ、そうかもしれないけどね」
思わず同意してしまったが、慌ててエーデルは首を横に振る。
ここで自分が止めなければ、間違いなく、アリーセはドアに魔法を施し、通り抜けられるようにしてしまう。
仕方がない、とエーデルは子供を引き合いに出すことにする。
「子供たちがここから独り立ちしたとして、他の場所でもドアは通り抜けられるものだと思ったら大変でしょう?」
そう諌めれば、アリーセは視線を宙に彷徨わせた後、こくりと頷く。
納得してもらえたならば、もう、ドアに変な細工を施すなどとは言わないだろう。
エーデルは胸を撫で下ろしつつ、そっとアリーセの頬を親指で撫でた。
「さ、それじゃぁ、おやつの準…」
「分かったわ!あたしだけがすり抜けられるようにすれば良いのね!」
意気揚々と高らかに宣言したアリーセに、エーデルは目が点になる。
何が分かったのだろうか。
何も分かっていないではないか。
ドアに細工するよりも、身体に魔法を施す方がよっぽど骨が折れる。
そんなことをするくらいならば、ドアを開ける習慣を身につける方がよっぽど容易い。
「エーデル!あたし、頑張るわ!」
頑張らなくていいよ、という言葉は呑み込んだ方が懸命だろうか。
息巻くアリーセの姿を見つめ、エーデルは説得を諦めた。
◆
エーデルは、室内で大人しく遊んでいるアシールとダーナをぼんやりと見つめる。
子供たちには難しいであろう、大人用のパズルをあーでもないこーでもない、と言いながら2人で仲良く解く姿は、とてもいじらしい。
人見知りの激しいダーナだが、アシールには結構厳しい物言いをする。
最初はぎこちなかった2人が、打ち解けていく姿は、傍から見ていると自分たちを見ているようでむず痒かったなぁ、とエーデルは思う。
アリーセとエーデルのように、アシールとダーナもまた、召喚主と召喚された者の関係なのだ。
「アシール…端…集めて…」
「色、合わせた方が、いいと思う」
「そんなこと…ない…絶対…端から…やった方が…」
アシールとダーナは、どちらも、破天荒というほど、行動的な性格ではない。
エーデルはまるで対照的な自分の召喚主である、気力に満ち満ちたアリーセの姿を思い浮かべた。
彼女に、召喚されて良かったと心底思う。
こうして、可愛らしい子供たちと一緒に暮らすことも、面倒を見ることも、エーデルは好きだった。
いつかは、アリーセとの子供も持てたら良いな、と考える。
今はまだ、身体が返ってきたばかりで、そんな余裕はないだろう。
けれども、時間は驚くほど長くあるのだから、焦る必要は無い。
アリーセが落ち着いてきたら、提案してみようかな、とふと思った。
人間とエルフのハーフの子供。
前例が無いわけではないが、極めて珍しいのは確かだ。
男の子と女の子、1人ずつ欲しいなぁ、とぼんやり考えた時だった。
「うわっ!」
「ひっ…」
大人しくパズルを解いていたはずの、アシールとダーナが小さな悲鳴を上げる。
大きな虫でも出たのだろうか。
ハッして2人を見つめれば、驚いたようにある一点を見つめて固まっていた。
エーデルもその視線の先を追い、思わずびくりと身体をこわばらせる。
「うわっ」
ドアから、にょっきりと腕が一本生えている。
真っ白な腕は、ふらふらと揺れて、手を降っているのだか、手招きをしているのだか、判断の難しい曖昧な動きをしていた。
あまりにもホラーな光景に、言葉を失ったのは仕方のないことだろう。
アシールとダーナはお互いの手を握り合って、ガタガタと震えている。
「エーデルさん、ご、ゴースト…!」
アシールがゴーストだと思うのも、無理はない。
けれども、エーデルは知っている。
これは、ゴーストなどではない、と。
大きくため息をついて、ドアに近づく。
そして、にょっきりと生えた腕を掴むと、そのまま自分の方へと引っ張った。
「アリーセ。趣味の悪いイタズラはやめようね」
「あら、やっぱりエーデルにはバレるわね。アシール、ダーナ、びっくりした?」
ぽかん、としている2人を見て、アリーセは子供のように笑う。
「ふふ、パズルの邪魔しちゃったかしら?」
「な、なんで。アリーセさん、身体、また無くなったの?」
「違うよ。ドアを開けるのが面倒だからって、すり抜けられる変な魔法を開発しただけ」
はは、とエーデルの口から乾いた笑いが漏れる。
その声を聞いて、アシールとダーナはお互いの顔を見つめ合った。
「ダーナ、外、遊びに行こう」
「…うん…行く…」
いそいそとパズルを片付けて外へ行ってしまった子供たちに、アリーセは肩を竦める。
そしてから、妙な笑顔を浮かべているエーデルに向き直り、その鼻をつまんだ。
「うわ、なに」
「あなたが怖い顔で笑ってるから、アシールもダーナも逃げちゃったじゃない」
「…誰のせいだと」
「あたしかしら?」
一向に反省する様子のないアリーセに、エーデルは小さくため息をつく。
鼻を摘んでいる手を退けると、今度はエーデルがアリーセの鼻を摘み返す。
「もうちょっと大人になって、落ち着いてもらわないとね」
「な、なによ」
「僕達の子供はまだ授かれないかな」
「えっ」
ぼ、と火を噴く勢いで顔を赤らめたアリーセに、エーデルはにっこりと微笑む。
驚かせたことに対する意趣返しが成功したことに機嫌を良くしながら、そっと鼻から手を離す。
実力があるせいか、とんでもないことをやらかす召喚主を見つめながら、いつか来るはずの優しい未来に思いを馳せた。




