侮ってはいけません
ありま氷炎さんからのリクエストです。ありがとうございます(*´∀`*)
アリーセさんとエーデルさんの孤児院から帰って来て、私達はやっといつもの生活リズムに戻っていた。
たくさんの子供たちに囲まれて過ごしていた日々を思い返すと、リュルザとスノウと私だけ、という空間はやけに静かに感じる。
また遊びに行きたいなぁ、と零せば、スノウも同じ気持だったのか同意をしてくれた。
「僕はもう行かないからな」
スノウが何を言っているのか、分かるようになったリュルザは、私達の会話を聞いて不機嫌そうに眉をしかめる。
その様子に、苦笑して肩をすくめた。
「それなら、スノウと2人で行ってくる」
「薄情者め」
ふん、とそっぽを向く様子が可愛いと思えるのは、私とリュルザの距離が縮まったからだろうか?
師匠として仰いでいた頃は、怒られると思えば冷や汗だらだらだったし、理不尽な振る舞いにも黙って耐え忍ぶしかなかった。
今のような行動に対してだって、きっと、すみませんごめんなさい冗談です。と、繕っていただろう。
けれども、アリーセさんやエーデルさんの様子を見て、気付いたことが多々ある。
リュルザは、基本的に素直じゃないのだ。
いや、素直でないのは知っていたけれど、それに加えて存外寂しがり屋である。
でも、それを決して口にしない。
過去のドラゴンだった頃の様子も見た私からすると、その捻くれた感じも可愛く見えてしまう。
今だって、ふてくされて尻尾を身体に巻き付け、丸まっている姿が目に浮かぶようだ。
「…何を笑ってるんだ?」
おっと、つい顔に出ていたらしい。
私は慌てて表情を引き締め、首を横に振る。
「なんでもないよ」
「なんでもないのに、ニヤニヤしていたのか?」
気持ち悪い奴め、と軽口を叩かれる。
その言葉、口元を歪めて笑っているリュルザにそっくりそのまま返したい。
私をいじめる切っ掛けを見つけられて、喜んでいるのだろう。
アリーセさんとエーデルさんが「子供だなぁ」と言ってる声が聞こえてくるような気がした。
ふむ、と私は考える。
人とは不思議なもので、誰かが子供扱いしていた姿を見ると、自分もそういった扱いが出来ると思えてしまうのだ。
リュルザが可愛く見えてきたし、これは、関係の変わった今ならば、私が丸め込むことも可能なんじゃないだろうか?
なんて、思ったことを後に、死ぬほど後悔するのだけれども、この時の私はとても愚かだった。
時魔法が使えたならば、きっと時送りをしてでも止めただろう。
「リュルザが、可愛いと思っただけですー」
言いながら、ひょこひょことリュルザの座っているソファに近づく。
スノウは気を回したのか、私の頭の上から窓の桟へと移動した。
ちら、と振り返った金色の双眸と視線がぶつかる。
リュルザの真後ろに立って、ソファの背に手をついた。
「僕が、可愛い?」
「うん。だって、ほら」
わしゃわしゃ、とリュルザの髪を撫でてみる。
片眉を釣り上げて、不信感丸出しでこちらを見上げているが、上目遣いだからか怖くはない。
大人しくされるがままになっているのに気を良くした私は、そのまま撫で続けた。
「ドラゴンだった時の姿を知ってるからかな?わからないけど、なんだか微笑ましく思えちゃって」
リュルザは黙ったまま、気持ちよさそうに目を細めている。
頭を撫でて貰って、喜ぶのは私だけなのかと思っていた。
けど、そうじゃないのかもしれない。
ぼけっとしながら、私は完全に気を抜いてリュルザを撫でていた。
「まぁ、悪くはない、けどな」
そのせいで、彼が呟いた言葉に反応するのが遅れてしまう。
ん?と思った時にはもう遅い。
がっしりと手首を掴まれて、強く引っ張られた。
「ちょ、ちょっと…」
「僕が、可愛いんだろう?」
掴まれた手が、リュルザの頬に導かれる。
すり、と手の平に頬ずりをされて、心臓が飛び上がるほどに跳ねたのを自覚した。
「大人しくしててやるから、存分に撫でるといい」
いや、待って、確かに、可愛いとは言ったけど、頭も撫でてたけど、これはなんか違う。
怪しく金色の双眸が煌き、ちろりと乾いた唇を舐めた舌がやけに妖艶に見える。
私がおののいて手を引こうとしても、掴まれた手首はびくともしない。
意図せずに、私の手がリュルザの頬を往復する。
手首を掴まれているとは言え、撫でているのは私の方なのに。
決して、私が撫でられている訳ではないのに。
ぞくぞくと不思議な痺れが背筋に走った。
頭が真っ白になり、全身が燃えるように熱くなる。
視界が反転したのかと思うほど、目が回って、真っ直ぐに前を見ることができない。
「あ、あ、あの、し、ししょ…」
「呼び方」
指摘されたけれど、私が何て口走ったかなど覚えていない。
師匠、と言ってしまったのだろうか。
ほんの数秒前のことなのに、そのことが分からない。
ただ、手の平に伝わってくる体温が、柔らかくするりとした感触が、どうしようもなく私を混乱させる。
「ほら、呼んでみろ」
囁くように言われる。
掴まれた手首はそのままに、リュルザが私の手を好き勝手動かすのを止める。
「僕の、名前は?」
じっと見つめられて、息を詰める。
まるで懇願するように、名前を呼んでくれと強請る様子に、気づかぬうちに生唾をごくりと飲み込んだ。
口の中が一瞬で乾いていく。
細く息を吸い、唇を震わせて、からからになった喉で、私は乞われるままに、名前を呼んだ。
「リュルザ」
「よくできました」
そう呼べば、リュルザは満足気に笑みを浮かべたあと、手の平にちゅ、と音を立ててキスを落とした。
そこで正気に返った私は、ものすごい勢いで手を引く。
リュルザが力を緩めたのか、私が火事場の馬鹿力を発揮したのか定かではないが、今までが嘘のようにすんなりと解放された。
「はは、真っ赤だ」
「し、信じられない!」
「可愛がられるのも、たまには良いな」
とんでもない。
金輪際、誰が可愛がるものか。
私がじりじりと後退するのを見て、リュルザが楽しそうに笑う。
「牙を抜かれたドラゴンとは違うんだ。あまり侮っていると、痛い目を見るぞ?」
目を細めて、口の端を上げているリュルザに、私がしばらく警戒して近寄らなかったのは言うまでもないだろう。




