ケーキを食べましょう
Asaさんからのリクエストです。ありがとうございます(*´∀`*)
カシャカシャ、と軽快な音を立てて、ボウルの中のメレンゲを泡立てるエーデルさんの手元を覗き込みながら、私は逸る気持ちを抑えられない。
いつもは自分が料理をする側なので、こうして人が手を動かす場面を見るのは不思議な感じがする。
「それにしても、エーデルさん。よく、500年も前の約束を覚えてましたね」
エーデルさんは苦笑しながらも、手を休めることはない。
泡だて器を上に持ち上げ、メレンゲの固さを見ている。
「物覚えが良いのも、エルフの特徴だよ。一応、頭が良いと言われてる種族だからね」
通常の倍の量が用意されているいちごを盗み見ながら、ふーん、と相槌を打つ。
私が何も言わなくとも、エーデルさんはこの量を用意してきたのだ。
約束を破った自覚があったのか、サービスで倍にしてくれたのかはわからないけれど。
すべてが終わって、落ち着いた今、やっと私達はアリーセさんの孤児院でのんびりと過ごすことができていた。
目が覚めたものの、魔力不足でベッドから起き上がれなかったリュルザも、私とスノウのおかげで、最近では家の中を歩き回れるくらいには回復している。
アリーセさんも身体を取り戻せたおかげで、一緒に食事をしたり、子供たちを抱っこしたり出来るようになっていた。
アリーセさんが食べるようになったので、食費がかさむ、なんてエーデルさんが零していたけど、きっと照れ隠しに違いないと思う。
私は、そのときに彼の耳の先が赤くなっていたのを知っている。
「ところで、師匠呼びはもうやめたの?」
粉をふるい入れながら、エーデルさんがそう聞いてくる。
私は小さく頷いた。
「リュルザ、って名前で呼ぶことにしたんです」
「僕たちは違和感ないけど…リザからしたら、数十年続けていた呼び方を、いきなり変えたってことだよね。変な感じしない?」
「うーん…まぁ、しない、と言ったら嘘になります。ふとした時に、師匠って呼んじゃいますし」
よく考えたら、私はリュルザに拾われた頃から、彼のことを様々な形で呼んできた。
ママとパパが死んでしまった直後、リュルザに拾われた時、私は彼のことを「おじさん」と呼んだ。
実のところ、おっさん、とリュルザを呼ぶトリス君のことを、私には責める資格がないのだ。
その後、リュルザに止めてくれ、と頼まれて「お兄さん」に変わった。
しばらく一緒に暮らして、魔法を使えると分かった時は、「魔法使いのお兄さん」になったし、魔法を教えてもらうことになってからは「師匠」となったのだ。
「でも、やっぱり、名前があるんだから、名前で呼びたいです。私だって、弟子って呼ばれ続けられた嫌ですもん」
呼ばれなくなってから、随分経つ。
以前、リュルザはそう言っていた。
その時、どんな表情をしていたかは覚えていないが、いやに部屋の中が静かで怖くなったのを覚えている。
リュルザは私が自分の名前を知らないことを、歯痒く思っていたのかもしれない。
「エーデルさんだって、アリーセさんにエルフさんとか呼ばれ続けたら嫌でしょう?」
「ははっ…まぁ、そうだね」
さっくりと、メレンゲを混ぜていた手を止めて、エーデルさんは卵黄を手元に寄せる。
ボウルにとろり、と黄色い液体を流し込む様子を見届けた。
「君たちが幸せそうで、僕は嬉しいよ」
「なんですか、突然」
「いや、過去を見てきたリザが、どう変わってしまうのか、実は少し不安だったんだ」
固めだったメレンゲが、とろりとしたクリーム色の液体に姿を変えていく。
もう少し均等に混ぜて、あとは、型に流し込んで焼くだけだ。
「全てを知って、受け入れるのか、拒絶するのか。さすがに、僕も未来のことは分からないからね」
ヘラについた生地をボウルの中に落とし込み、エーデルさんの手が止まる。
「リュルザだって、僕らにとっては孤児院で育った大事な子供の一人なんだ。だから、幸せそうにしている姿をしているのを見るのは嬉しいよ。リザのおかげだ」
そう言って、エーデルさんが手を伸ばして、私の頭を撫でようとする。
けれども、粉だらけだったことに気づいたのか、苦笑して手を引っ込めた。
「さ、型に入れて、後は焼くだけだね」
「デコレーションは、私も手伝います!」
「生クリームだらけにされそうで、嫌だなぁ」
「そ、そんなことしませんよ!」
エーデルさんには、私の魂胆はお見通しのようだ。
分厚いクリームの壁を築こうと思っていただなんて、白状はしないけど。
◆ ◇ ◆ ◇
「エーデル!ケーキは出来た?」
ばたん、と音を立ててキッチンの扉が開く。
アリーセさんの声が突然背後からするのではなく、きちんと人が来たという知らせの後に聞こえるのは、不思議な感じだった。
身体が戻って良かった、と思う反面、ふとした表情を浮かべた時、まるでアイリスがそこにいるかのように思ってしまい、足が竦む時がある。
絶対に、アリーセさんには言えないけど、リュルザにはきっとバレている。
身を固くする度に、視線がちらりとこちらに向くのだ。
「後は、いちごを乗せれば完成だよ」
「あら…随分と…なんというか、斬新なデコレーションね」
アリーセさんが驚くのも無理はない。
一面に所狭しと並べられた、丸っとしたいちごを見れば、誰だって閉口するだろう。
なんとか全部乗せてしまおうと、私は残ったいちごをぎゅうぎゅうと詰めれていれば、アリーセさんも手を伸ばしてきた。
「そのまま乗せるんじゃなくて、切ってみたらどうかしら」
その通りだけれど、この量を切る労力は並大抵のことではない。
どうするんだろう、と思っていれば、アリーセさんの手元が小さく光り、いちごが綺麗にスライスされた。
「え、あれ?」
「私が魔法使いなの、忘れていた?」
「そういえば、アリーセさんも無言詠唱でしたね…」
料理に魔法を使う、という頭が無い私は、思わず感心してしまう。
包丁よりも、綺麗に均等に切れている。
もうこれは、アリーセさんに任せた方が良いかもしれない。
「アリーセ、リュルザは?」
「子供たちに、お守りをしてもらってるわ」
アリーセさんの言い草に、私は思わず笑ってしまう。
子供たちに囲まれて、辟易としている姿が容易に想像できた。
きっと、トリス君あたりに手を焼いているだろう。
「あ、リザ、これ舐めていいよ」
「あなたねぇ…スプーンと一緒に渡してあげなさいよ」
「ごめんごめん。えっと、どこだっけ?」
「そこ。左の引き出し。一番上にあるわ」
「あったあった」
相変わらず、2人が揃うと、流れるように会話が進んでいく。
口を挟む余地などなくなってしまうのだ。
エーデルさんにはい、と手渡されたのは生クリームの残ったボウルだった。
「いいんですか?!」
「誰も食べないしね。向こうで座って食べてきていいよ」
あと、これもおまけ。
そう言って、ボウルの中に先ほどスライスされたいちごが入れられる。
やった!と思わず声に出してしまえば、2人に笑われた。
少し恥ずかしかったので、私はいそいそとキッチンから退散して、いつも夕飯を食べているテーブルへと着く。
生クリームといちごを一緒にすくって口に入れたところで、至福の時を噛み締めた。
子供たちの相手をしているリュルザに悪いなぁ、と思ったけれど、彼は別に甘いモノが好きではない。
残しておく筋合いもないだろう、とぱくぱく口に詰め込んでいたところで、当の本人が姿を表した。
「のんきなものだな」
「リュルザも食べる?」
「結構だ」
どさっと、音を立てて、隣にリュルザが座る。
それを横目で見ながら、生クリームをもう1度すくって口に入れた。
「アリーセの奴、僕が病み上がりだと知っているくせに。過労死させる気か」
「子供たち、可愛いけどなぁ」
「そう思うなら、代わりに行ってきてくれ」
ぐったりと椅子に身を預けているリュルザの視線が、こちらに向く。
やっぱり生クリームといちごを食べたいのだろうか。
そう思ってぼんやりしていたところに、手を伸ばされて、反射的に身を引く。
けれども、簡単に捕まり、頬の当たりを指で擦られた。
何事も無くその手が離れ、何だったのかと首を傾げて見ていれば、リュルザの指に生クリームがついている。
「君も、いつまでも経っても子供だな」
言いながら、ぺろりと指についた生クリームを舐めとったリュルザを見て、一気に顔が熱くなる。
上目遣いでこちらを見ながら指を舐める姿に、何故だかこちらの恥ずかしさが爆発してしまった。
「なっ、なっ、だ、だって、師匠の方が長生きしてるんだから、それはしょうがないじゃないですか!でも、最初は同じ年だったんですからね!」
「ははっ、呼び方も、口調も戻ってるぞ」
「あ、いや、これは…っ!」
「慌てると戻るのか?面白いことを知った」
またからかわれる要因が増えていく。
真っ赤になって俯いていれば、そこに何も知らないアリーセさんと、エーデルさんが入ってきた。
「あら、リザちゃん、どうしたの?」
「あんまりいじめたらダメだよ、リュルザ」
「もう、好きな子をいじめるなんて、ほんと、いつまで経っても子供ね」
「うるさい」
さすがのリュルザも、アリーセさんとエーデルさんには勝てないようだ。
いい気味だ、と思って心の中で笑っていれば、見抜かれてしまったのかして、リュルザに小突かれた。
「さぁ、リザ。約束のショートケーキ」
どん、とテーブルに置かれたケーキは、目を疑いたくなるような装飾が施されている。
アリーセさんの魔法を使ったのか、生クリームは周囲を飾り付ける物々しい模様を描いていた。
乗せられたいちごたちは、本当にいちごなのか疑いたくなるほど細かに組み合わされ、螺旋を描いたトロフィーのようになっている。
「なんだこれは」
「ケーキよ。分からないの?」
リュルザの苦言に、ことも何気にアリーセさんは答える。
まだ何か言いたそうな表情をしていたが、リュルザは諦めたのか首を横に振っただけで済ませた。
さすが、アリーセさんのセンス。
私が最初に丸っといちごを乗せていたショートケーキのデコレーションよりも斬新である。
「どうかな?美味しい?」
切り分けられたショートケーキが、お皿に乗って目の前に差し出される。
崩れると思われたいちごの飾りは不思議なことに、形を保ち続けていた。
私はボウルを脇に置き、スプーンからフォークに持ち変える。
ゆっくりとスポンジを切り崩し、細かく組み合わさったいちごを乗せて、口へ運んだ。
とろけるように柔らかい、優しい感触がする。
甘すぎないクリームが、いちごの自然な甘みを引き出し、調和した。
アリーセさんと、エーデルさんが、少しだけ緊張した面持ちでこちらを見つめている。
私はごくり、と飲み込むと、にっこり笑った。
「とっても美味しいです!」
約束のケーキは、どこか懐かしい味がした。




