弟子志願者が来ました 4
アンジーが街に帰った後、私は無言で夕食の準備をしていた。
ソファで師匠が寝転がっているが、話しかける気にもならない。
いつもなら、軽い冗談くらい言い合うのに。
師匠が、アンジーを褒めていた、という事実が思ったよりも堪える。
私はまともな魔法も使えなければ、本気で学びたいと必死で勉強しているわけでもない。
アンジーと私、どちらが教え甲斐があるかと問われれば、間違いなくアンジーだろう。
弟子として、師匠が教えている間はまだ良い。
でも、もし、師匠とアンジーが魔法を通してより親密になってしまったら。
捨てられる、と考えてぞっとした。
この家を追い出されたら、どこに行けば良いのだろうか。
お肉の下ごしらえに、小麦粉の袋を開けようとしたところで、中身を思い切りぶちまけてしまう。
床に飛び散った白い粉を見て、がくりと肩を落とした。
「はぁ…」
掃除するのが大変だ。
それに、結構な量が無駄になってしまった。
片付けようと腰を屈めたところで、ふわりと目の前に風が吹く。
きょとん、としていると、ぶちまけたはずの小麦粉が綺麗さっぱり片付いてしまった。
「何をやっているんだ、君は」
「師匠」
顔を上げれば、呆れた顔で師匠がこちらを見下ろしていた。
いつもなら、絶対に魔法で片付けたりしてくれないのに。
どんな心境の変化かと驚いていれば、ぽん、と優しく頭を撫でられた。
「随分と注意力が散漫だな」
「ごめんなさい…」
「君の様子が可笑しいのは、あの仮弟子が来てからか」
痛いところを突かれて、うっと口ごもる。
うろうろと視線を彷徨わせる私を見て、師匠が意地悪く口の端を吊り上げた。
「嫉妬か?」
私の心の中で、何かがすとん、と落ち着いた。
アンジーのやること為すこと全てに対して嫌な気持ちになったり、どす黒い感情が生まれたりするのは、そう、嫉妬だったのだ。
なんて的確な単語なのだろうか。
師匠に言葉にされ、指摘されて、もやもやしていた部分がはっきりと形をとったように感じた。
「僕があの仮弟子に構うのが、そんなに嫌か?」
ここで、嫌だと駄々を捏ねられたら、どれだけ良いだろう。
でも、それは、魔法を学びたいと願っているアンジーに対して、とても失礼だ。
ついでに、自分が嫉妬していたと思われるのも恥ずかしい。
子供っぽいところを師匠に見られたくなかった。
私はゆっくりと、首を横に振る。
「べ、別に。嫌じゃないですもん」
小さい声でそう零せば、師匠は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
そして、畳み掛けるように質問を重ねる。
「ほぅ?そういう態度を取るのか。それなら、僕が仮弟子を可愛がっても問題ないんだな?」
問題だらけだ。
そんなの嫌に決まっているのに。
ぐぅ、と黙り込んだ私の顔を、膝を折って屈んだ師匠が覗きこんできた。
金色の双眸が細まって、口の端が小さく上がっている。
そこで気付いた。
これは、完全に、私の反応を面白がっているときの師匠の表情だ。
ここで、もし、問題ない、と頷けば…師匠は明日からアンジーをこれ見よがしに可愛がるに違いない。
きっと、私の口から嫌だ、と言わせたいのだ。
つまり、私が恥ずかしいから見られたくないと思っていた感情の部分を、師匠は見せて欲しいのだろう。
本っ当に、なんて意地悪な人なのだろうか。
その意図に気付き、私は心を決めた。
そちらがその気なら、遠慮なく我儘を言わせて貰おうじゃないか。
「嫌に決まってます!」
目の前にいた師匠の首根っこに腕を回し、勢い良く抱きつく。
強く飛びついたせいか、師匠が驚いて後ろに倒れてしまった。
尻もちをついただけに留まったが、痛い思いをさせたせいで、後で報復があるかもしれない。
「なんですか!そんな意地悪言わないでくださいよ!私は、アンジーに比べたら魔法もできないし、意欲もないし、可愛くないし、師匠に愛想つかされたらどうしようって不安だらけなのに!」
ぐりぐり、と頭を師匠の胸元に押し付ける。
「嫉妬してますよ!してるに決まってるじゃないですか!師匠は自信いっぱいで、不安なんて無いのかもしれませんけど、私はいつも師匠が本当に好きでいてくれているのか、心配で仕方ないんです!」
どうだ、これで満足か、と半ばヤケになりながら、師匠の顔を盗み見る。
すると、奇妙なことに、師匠は片手で口元を覆って、俯いていた。
その耳から首に掛けてが真っ赤に染まっている。
予想外の反応に、こちらが驚いてぽかんとしていると、容赦なく頭を掴まれ、再び胸元に押し付けられた。
「うぐぅ…苦しいです、師匠」
「見るな」
「…照れてるんですか?」
「うるさい」
胸元にくっついているせいか、師匠の鼓動がやけに早いことに気づく。
そのことに気付いて、思わず口元が緩んだ。
いつでも冷静で、しっかりしている師匠でも、緊張したりすることもあるのだ、と今更ながらに再確認したのだ。
そして、それを呼び起こしたのは、アンジーでも誰でもない、この私だ。
「僕だって、君が本当に好いてくれているのか、不安なんだ」
耳元で囁かれて、甘い痺れが身体に走る。
身を捩れば、逃がさないとばかりに、師匠の手の力が強まり、さらに動けなくなった。
「嫉妬、していたんだな?」
「何度も言わせないでください」
「何度でも言って欲しい」
「…してますよ。悪いですか」
「悪くない」
不思議と、奇妙な満足感が溢れてくる。
不安に思っていたのは、私だけではなかったのか。
その事実が、とても嬉しいと思う。
アンジーが本弟子になっても、大丈夫なような気がした。




