弟子志願者が来ました 3
朝食の後、アンジーがどれくらい魔法を使えるのかを見ることになった。
庭の少し開けたところに集まって、魔力が暴走しても大丈夫なように師匠が結界を張る。
無言詠唱をする師匠を、アンジーがキラキラした目で見つめていて、どこか複雑な気分になった。
師匠が無言詠唱をできる、すごい人なのだとアンジーに知られるのが、とても嫌で仕方がない。
「さて、始めようか。まずは、知っている呪文を唱えてみろ」
「はい、お師匠さま!」
アンジーは元気良く返事をして、ゆっくりと深呼吸をする。
キッと目を吊り上げると、早口に呪文を唱えた。
「混沌より出でし亡者の眷属よ、我が魔を喰らい、傀儡となれ」
ごぽり、と湿った音がする。
漂った異臭に私は思わず一歩下がったが、師匠は眉を潜めただけだった。
はるか昔に嗅いだことのある、凶暴な魔物を連想させる匂いに、思わず口元を抑える。
アンジーの目の前には、どす黒い粘性の何かが渦を作っていた。
呆気にとられて見ていれば、ごぼごぼと耳を塞ぎたく鳴るような音と共に、地面が盛り上がり、どろどろに溶けた何かが姿を現す。
見る間に化け物のような様相をした泥人形が出来上がり、その顔にある、人間で言うところの目と口に該当する部分に、ぽっかりと暗い穴が空いていた。
空虚な闇がじっとこちらを見つめながら、今にも襲いかからんばかりに、低いうめき声が口から漏れている。
悲鳴を上げて師匠の背中に隠れた私は、悪く無い、と思いたい。
「驚いたな」
師匠はそう言ったが、声音は至って平静だった。
アンジーは隣に泥人形を侍らせたまま、期待に満ちた目で師匠を見ている。
可愛らしい格好をした女の子が、禍々しい泥人形と並んでいるのは、なかなかシュールな絵面だった。
「感情で魔力を爆発させていた時は、炎ひとつ出せないんじゃないかと思っていたが…。随分と難しい魔法も使えるじゃないか」
「やったぁ!お師匠さまに褒められた!」
ふむ、と師匠は顎に手を当てて、考えこむ。
私はといえば、想像以上にしっかりしていたアンジーの魔法に、ショックで打ちのめされていた。
彼女には悪いが、少し幼い言葉遣いに、子供っぽい行動から、あまりすごい魔法は使えないんじゃないかと高を括っていたのだ。
それが、蓋を開けてみれば、私が見たことも聞いたことも無い魔法を使っている。
落ち込まないわけがない。
「本当に、魔法の勉強が目的なんだな?」
「そうですよ!アンジーもすごい魔法使いになりたいんです!」
「泥人形の召喚は独学では難しいはずだ。練り込んでいる魔力にも無駄が多かったがわざとか?」
「アンジーには、よくわからないです」
きょとん、として首を傾げるアンジーに、師匠は肩を竦めた。
なぜだか、面白がっているような表情をしていて、不安になる。
今、師匠は猫を被っていないのに。
「とぼけるのが上手いな。まぁ、いい。まだ、騙されておいてやろう」
「アンジーのこと、本弟子にしてくれますか?」
「一週間、お前の様子を見てから考える」
騙されてやる、とか、とぼけてる、と言う単語が気にはなったが、それ以上に、今すぐ、師匠がアンジーを弟子に取らなくて良かった、とホッとしている自分がいる。
不服そうな表情の彼女には悪いが、アンジーが来たら、きっと、私は師匠から見放される。
泥人形の魔法を見て、変な確信を持ってしまった。
それに、私以外にあんな楽しそうな表情を見せるのも、珍しい。
というより、初めてのような気がする。
いつもお客さんと接するときは猫を被って作り笑顔だし、シオンさんと話す時は始終不機嫌な顔をしているだけなのに。
なんで、アンジーには、あんな顔をするんだろう。
これならまだ、猫を被って優しい師匠を演じてくれている方が良かったのに。
何も言えずに、師匠の後ろに黙って突っ立っていたが、その時、カランコロン、と玄関の方でドアベルが鳴った。
お客さんだ。
師匠はそちらに視線を向けると、踵を返す。
「少し待っていてくれ」
私とアンジーにそう言い残して、師匠はお客さんの対応に行ってしまう。
残された身としては、とても気まずい雰囲気で、私はうろうろと視線を彷徨わせた。
スノウが頭の上にいてくれるのが、唯一の救いだ。
「お師匠さま、かっこいいですねぇ」
惚れ惚れとした声で、アンジーが言う。
本当なら、師匠を褒められて喜ぶべきだ。
それなのに、なぜだか嫌な気持ちになって、苦しさのあまり、思わず胸元のペンダントを握りしめる。
「そう…かな?」
「かっこいいと思わないんですか?変な人ですね」
やれやれ、とばかりにアンジーがため息をついた。
本当は、師匠のことはかっこいいとも、綺麗だとも思っている。
けれども、それをアンジーの口から聞くのが、耐えられない。
耳を塞いで、思い切り駄々を捏ねたいような気分になる。
どうして、私は、アンジーに対して優しく出来ないのだろうか。
「…なんです?そのペンダント」
私が握りしめているものに、アンジーが気付いたみたいだ。
不信感を露わにしているところを見ると、何かの魔道具だと疑っているのかもしれない。
「これ?師匠に貰ったものだけど」
「へぇ」
師匠からのものなら、害は無いと分かってもらえるだろう。
けれども、アンジーは不満そうに相槌を打っただけで、顰められた眉はそのままだった。
「アンジーも本弟子になったら、お師匠さまにペンダント貰いたいです」
貰える、はずがない。
これは、師匠が弟子ではなく、恋人である私にプレゼントしてくれたものなのだ。
そう分かっているにも関わらず、私はアンジーに言葉を返すことは出来なかった。




