弟子志願者が来ました 2
翌日、私は睡眠不足のせいで働かない頭のまま、朝食の準備を進めていた。
いつドアベルが鳴るのかと思うと、気が気でない。
一週間という仮弟子期間を得たアンジーは、あの後、意気揚々と家に入ろうとして、師匠に止められていた。
仮弟子の間は街から通いで、ここまで来い、とのこと。
アンジーは嫌だと駄々をこねて、また魔力を爆発させていたけれど、師匠のおかげで損害はない。
我儘を言うなら、仮弟子の話は無かったことにする、と師匠が脅した後、アンジーは大人しく街へと帰って行った。
「…あの子、本弟子になるのかな」
頭の上で羽づくろいをしているスノウに話しかける。
昨日の私の落胆具合を見かねてなのか、いつもより早く遊びに来てくれているのだ。
アフターケアがさっぱり無い師匠なんかより、ずっと出来た子だと思う。
その師匠と言えば、私になんの説明も無いまま、普段通りに過ごしている。
別に、アンジーを仮弟子にしたことに対して、言い訳をして欲しいわけではないのだけれども。
どうして、とか、なんで、とか、どうしようもない疑問詞だけが次々と浮かんでは消えていく。
せめてもの救いは、師匠がアンジーをこの家に住まわせなかったことだ。
「でも、一週間後は一緒に住むかもしれないのかぁ」
師匠が取られるかもしれない。
それは、背筋が冷えるほどに恐ろしいことだ。
私は胸元に下がっているペンダントをぎゅ、と握りしめる。
大丈夫、まだ恋人らしいことは何もしていないけど、師匠は私のことを好きだと言ってくれた。
アンジーは、ただの弟子。
妹弟子だ。
師匠が誰を弟子に取ろうと、私が口を出せることではないのは分かっている。
魔力が高くて、やる気のある子がいるならば、その子を教育するべきなのだ。
私では、師匠の魔法を全て教わることは難しい。
自分の力量くらいは、わきまえている。
それに、昨日はアンジーの強い物言いに尻込みしてしまったけれど、彼女は魔法が学びたくて押しかけて来たのだ。
私の都合で勝手に毛嫌いするのは、間違っている。
もしかしたら、これからとっても仲良しになって、唯一無二の親友になれるかもしれない。
それなら、きっと、ここで3人で楽しく生活できるはず。
そう自分に言い聞かせても、心のもやもやは晴れてくれない。
「どうしよう、スノウ」
うっ、と半泣きで縋り付けば、泣かないでとばかりにスノウが肩に降り立って、頬に擦り寄ってくれた。
そしてから、手元を見ろと注意される。
「え?」
慌てて見てみれば、そこには焦げてしまったスクランブルエッグがあった。
こんな簡単な料理を失敗してしまうなんて、初めてだ。
師匠の分は、別に作ろう。
がっくりと肩を落として、自分のお皿に盛り付けていれば、師匠が部屋に入ってきた。
「おはよう。珍しいな、君が失敗しているなんて」
「おはようございます…。私も、失敗するなんて思いもしませんでした」
はぁ、と重い溜息をついて、新しい卵をボウルに割ろうとした時だった。
カランコロン、とドアベルが鳴り響く。
そして、続いた声にスッと心臓が冷えた。
「お師匠さま!おはようございます!」
アンジーだ。
あのハニーブラウンのふわふわの髪の女の子が来たのだ。
そっと師匠を盗み見れば、面倒そうな顔をしながらも、玄関まで迎えに行っている。
いつもなら、私に行って来い、と言うのに。
なんで、今日は自分で出迎えに行くんだろう。
そんなちょっとしたことですら、気にかかってしまった。
「随分と気合が入っているな。生憎、朝食前だ。少し待っていてくれ」
「それはちょうどいいです!あのですね!アンジー、一緒に朝ごはんを食べようと思って、作ってきたんです!」
とたとた、と廊下を駆けて来る音がする。
私は卵を手にして固まったまま、リビングに登場したアンジーと鉢合わせてしまった。
「あ、おはようございます!リゼさん!」
「えっと、おはよう、アンジー。あと、私はリザなんだけど…」
名前を間違えて覚えられていることに、ショックを受けつつも、なんとか笑顔で挨拶を返す。
そして、心の片隅で、ちゃんとおはようが言えたことにホッとしていた。
せっかくだし、アンジーの分もスクランブルエッグを作ってあげようと気を取り直したところで、不意打ちを食らった。
「お料理、あんまり上手じゃないんですね。焦げてます!アンジーが作ってきたご飯、たくさんあるんで一緒に食べましょう!」
いつもは、こんな失敗はしないんだと声を大にして言いたかったが、黒焦げスクランブルエッグを前にして弁解の余地はない。
料理下手の烙印を押されるのは非常に悔しかったが、ムキになって言い返すのも大人気ないだろう。
「今日はたまたま失敗していただけだ。いつもは、美味しい料理を作ってくれている」
黙って言葉を飲み込んだところで、思わぬ助け舟が入って目を瞬く。
私の料理に対して、何か感想など零したことのない師匠が、庇ってくれたのだ。
それだけで嬉しくなって、心を覆っていたどす黒い感情がスッと消えてなくなっていく。
「せっかくアンジーがご飯を作って来てくれたなら、それを食べましょう」
自然と笑いながら、こんなことまで言えてしまうのだ。
手に持ったバスケットを机の上に置いたアンジーが、なんだか不服そうな顔をしていたけれど、気にもならない。
師匠は私の味方をしてくれている。
それに、アンジーは私達のために、早起きして朝ごはんを作ってきてくれたのだ。
街からここまで、荷物を持って歩くのは大変だったはず。
彼女に対して不満を抱くのは間違いだ。
もっと、姉弟子として大きな心を持たないと。
「アンジーは、コーヒーと紅茶どっちが好き?」
「ココアを希望します!」
選択肢に入って無かったはずなんだけどなぁ、と思いながらも、材料は揃っているので用意をする。
これくらいの小さな我儘なら、可愛いものだ。
「師匠は?」
「エスプレッソ」
ほら、作るのが面倒な飲み物を頼む師匠なんかより、アンジーはずっと良い子に決まっている。
大丈夫、きっと仲良くなれるはず。




