18
あれから、師匠とアリーセさんを家まで運び、2人の手当をした。
トリス君とナナちゃんは、わんわん泣きながら私から離れなかったのだが、それとは逆に、ダーナちゃんとアシール君は嘘のようにぴたりと泣き止んでいた。
そして、ダーナちゃんがバンシーだということを思い出した私は、彼女たちがアイリスとアルノーさんのことを察知して泣いていたのではないかと思っている。
アリーセさんは、しばらくして目を覚ました。
身体が無事に戻ったことを喜んだエーデルさんが、ぎゅうぎゅうと抱きしめているのに対して、苦しいと怒っていたが、満更でもなさそうにしていた。
その一方、師匠の方は目覚める気配が全くなかった。
ベッドに横たわったまま、青白い顔で、眠っている。
スノウに頼んで魔力を回復してもらったにも関わらず、効果は薄いようだ。
「魔力を消耗していたのに、更に時送りをしたんだよね?」
エーデルさんに相談すれば、彼は難しい顔をした。
その隣で、マグカップを手に持ちながらアリーセさんも小さくため息をついた。
「アルノーの魂が身体を動かしていたことを考えると、人間なら動けるくらいの魔力は残っているのかもしれない」
「じゃぁ、どうして目を覚ましてくれないんですか?」
「それは、リュルザがドラゴンだからよ」
人間と、ドラゴンでは身体の構造も、魂の構造も違うようだ。
以前、師匠が魔力で出来ているようなものだから、と言っていたけれど、それと関係があるのかもしれない。
「月光鳥の魔力でも回復が足りないとなると、他の方法を考えないといけないわ」
「そうは言っても、月光鳥の羽根より強く回復できる方法なんて、早々あるもんじゃないよ」
「あの、もし、このまま回復できなかったら、師匠はどうなるんですか?」
おそるおそる2人に聞いてみれば、アリーセさんとエーデルさんは顔を見合わせた後、黙りこむ。
胸の内を過った恐ろしい想像を肯定されたような気がした。
「・・・考えたくはないけどね」
「とにかく、定期的にスノウに羽根を提供してもらうしかないわ」
「でも、その羽根だって毎日となるととてもじゃないですけど・・・」
「魔力を渡せる魔法があればな・・・」
「無いものねだりをしないの」
ぼやくエーデルさんを、アリーセさんが嗜める。
ハルさんが言っていた。
魔力にも型があり、適合したものを渡さなければ、最悪の場合、相手を死に至らしめると。
そうすると、師匠の魔力に合う「人間」など、いるはずがないのだ。
「心配しないで。きっと手立てはあるはずだから」
「僕も、古い仲間に聞いてみるし」
微笑を浮かべるアリーセさん。
へらりと笑みを浮かべたエーデルさん。
どちらの笑顔も無理をして作り出されているような気がしてならない。
「私、師匠のところにいてもいいですか?」
いたたまれなくなった私は、そう申し出る。
こくりとアリーセさんが頷いたのを見て、私は師匠が寝ている部屋へと向かった。
廊下を出て、階段を上がったところにある、私が借りている部屋の隣に師匠はいる。
日が落ちて、暗くなっているにも関わらず、ランプの明かりすらついていない部屋は、とても暗かった。
いつもなら、窓から月明かりが差し込むはずだが、雲に隠れているせいで、ここまで届かない。
手探りでマッチを探し、ランプに火をつける。
広がった明かりのおかげで、師匠がよく見えるようになった。
ベッドに横たわったまま、静かに息をしているにも関わらず、目覚める気配は全くない。
その青白い顔は、病人にしか見えなかった。
「・・・起きてくださいよ」
そう訴えかけても、師匠は無言のままだった。
床に膝をついて、布団の下にそっと手を潜り込ませ、師匠の手を握る。
いつもは温かいその手が、とても冷たいことに気づいて、思わず下唇を噛み締めた。
「終わったんです、全部。アイリスも、もういません。それに、アルノーさんも・・・」
そこで言葉を切って、私は額を布団の上から師匠の肩に押し付けた。
いつもなら、重いだの、邪魔だだの、罵声が飛んでくるはずなのに。
「起きてくださいよぉ・・・」
目をつむれば、視界に剥き出しの大地に、ところどころに緑が茂っている景色が広がる。
師匠と同調するのは初めてだ、と思いながら、私はその光景を黙って見つめていた。
アルノーさんとリュルザが目の前にいる。
2人は地面に座りこみ、何やらこそこそと話しをしていた。
そして、2人よりも離れたところに、私がいるのが見える。
さわり、と吹いた風に髪が揺れた。
『で、どうなの、リュルザ』
『何の話だ』
『何って、リザのこと。好きなんでしょ?』
ぴしり、とリュルザの尻尾がアルノーさんの手を打つ。
痛いなぁ、と言いながらも、アルノーさんの表情は全く気にした素振りはなかった。
『彼女のために、夜な夜な時送りの練習までしちゃて。健気だよねぇ』
『いつまでも、ここに居られても困るだろう?』
『そんなことないよ?リザは料理上手だし』
『僕には関係ない』
『そんなこと言って、嬉しそうに食べてるくせに』
またしても、ぴしりとリュルザの尻尾が唸る。
けれども、アルノーさんも学習したのか、打たれる前に手を引っ込めた。
『まぁ、練習してるのはいいけどさ。魔力、大丈夫なの?』
『・・・わからん』
『なにそれ。魔石なんて、滅多に手に入らないんだから、無茶はしないようにね』
アルノーさんが、手を伸ばしてリュルザの頭を撫でる。
てっきり、尻尾で振り払うかと思えば、リュルザは大人しくそれを受けていた。
『いくら時魔法が得意だと言っても、時送りは格が違う。万全の体調の時にやらなきゃ、酷いことになるよ』
『言われなくても・・・』
『分かってなさそうだから、言ってるの。リュルザって意外と考え無しに突っ走ることあるし』
それまで浮かべていた笑みを消し、アルノーさんの表情が真剣になる。
『ねぇ、リュルザ。誰かを好きになるってこと、もっと肯定的に捉えていいんじゃないかな?慌てて送り返すような真似、しなくても良いと思うんだけど』
『別に、慌ててなどいない』
『じゃぁ、何で時送りの練習なんかしてるの?これ以上彼女がここにいたら、もっと好きになっちゃいそうで怖いからでしょ?』
『仮に僕がリザのことを好きだったとしても、彼女が好きなのはアルノーだ』
『は?』
リュルザの強い断定に、アルノーさんが言葉を無くした。
そして、抑えるように小さく笑い始めると、やがて堪えきれなくなったように、ひーひー言いながらお腹を抱えて笑い出す。
『ダメだねぇ、リュルザ。全然分かってない』
『・・・どこに笑う要素があるんだ』
『全部だよ、全部!ま、リザがオレのことを好きだったとして、彼女には悪いけど、アイリスがいるからね』
リュルザはその言葉に、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
それから、もう1度尻尾で地面を打った後、身体を丸めた。
『何にせよ、リザは僕が未来に帰すことになるんだ。余計な感情は無い方が良いに決まってる。それに、僕は、人間じゃない。手を繋ぐことすら出来ないんだ・・・』
ぽつり、と呟かれた言葉に、アルノーさんは笑うのを辞める。
そして、とても優しい声音でリュルザにあることを告げた。
『君たちはね、未来でまた会うよ』
ぴくり、とリュルザの翼が動き、顔がアルノーさんの方を向く。
驚いたように見つめていたが、リュルザは再び顔を背けて身体を丸めてしまう。
『何を根拠に・・・』
『教えてあげないけど、根拠はある』
『人に教えられない根拠など、無いようなものだろう』
『オレがせっかく気を使ってあげてるのにさー』
『余計なお世話だ』
ふと、視界がぼやける。
もう少しだけ、この穏やかな空間にいたいと思ったけれども、それは叶わないようだ。
アルノーさんと、リュルザが遠くなる。
瞬きをした次には、目の前に眠り続ける師匠の姿があった。
私は、その顔をじっと見つめる。
師匠が、なぜ名前を教えたがらなかったのか、なぜ龍語を話すことが出来たのか、なぜ魔法の扱いにあんなに長けているのか。
全ての疑問の答えが、出ている。
「だから、知られるのが怖いなんて言っていたんですね」
怖がる必要なんか、全く無いのに。
師匠の額に掛かった髪を、そっと撫でながら、私は笑う。
何百年生きてようが、元の種族が何であろうが、師匠は私の師匠なのだ。
ふと、窓から月明かりが差し込む。
雲が切れたおかげで、顔を覗かせることができたようだ。
柔らかい光が、私と師匠を包み込む。
その時、私を覆うように薄っすらと青白い光が浮かび上がった。
「な、なに・・・?」
師匠の手に重ねていた手を引っ込め、まじまじと見つめる。
まるで、夜に見るスノウのような光に、私はあることに思い至った。
「契約、したから?」
魔力の大きさが変わらないなら、月の光で回復できるようになっているのかもしれない、とアルノーさんは言っていた。
けれども、私の魔力が回復したところで、今は何の役にも立たない。
雀の涙、と評された魔力でも、師匠に渡すことが出来ればよかったのに。
「本当に、私はダメだなぁ・・・」
じっと師匠の顔を見つめる。
いつの日か、師匠の寝顔を凝視していて、怒られたこともあった。
思えば、出会った当初は父親で、その後は兄で、師匠で、恋人で。
でも、原点は友達から始まっている。
助けた子供が私だったと気づいた時、彼はどう思ったのだろうか。
「変な関係ですね、私たち」
全てを知った今だからこそ、話せることも、聞けることもあるというのに。
「目を覚ましてくださいよぉ・・・」
私の情けない声が、室内に響く。
どれだけ祈っても、師匠はぴくりとも動かない。
そっと背伸びをして、師匠の顔を覗きこむ。
死んだように眠るその姿に、昔、ママに読み聞かせてもらった童話を思い出した。
私は目を瞑ると、ゆっくりと顔を近づけ、そして、祈るように唇を重ねる。
その途端、私の身体から何かが師匠へと流れるような感覚に陥った。
ちょうど、スノウから羽根を受け取った時と逆の作用が起こったようだ。
「もしかして」
跳ねるように身体を起こすと、私は薄っすらと光を帯びている自分の身体を見つめる。
スノウと共有したのは、月光による魔力の回復だけでなく、他人に魔力を分け与えることが出来るという特性だったのだろうか。
人間にも、ヴァンパイアにも、どの種族にも羽根から魔力を分け与えることが出来たスノウ。
その能力が、彼女と契約したことによって、私にも使えるようになったのだとしたら。
その時、ぴくり、と師匠の瞼が痙攣した。
私はハッとして覗きこむように、その顔を見つめる。
長い睫毛に縁取られたその目が、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「ここ・・・は・・・?」
掠れた声が、耳朶に響く。
懐かしいその声音に、思わず涙が溢れそうになった。
「リ・・・ザ・・・?」
師匠の伸ばした手が、私の頬に触れる。
嬉しくてその手に思わず擦り寄れば、師匠がくすぐったそうに笑った。
「どうした・・・泣きそうな顔して・・・」
「だって・・・だって・・・!」
言葉にできない気持ちが、胸いっぱいに溢れる。
「もう、目が覚めなかったらどうしようかと・・・!」
「大げさだな・・・以前も同じようなことはあっただろう・・・」
「その時よりも、重症だったんですからね!」
私は頬に触れている師匠の手に自分の手を絡める。
この短期間に、一体どれほど大変な事実を知ったか分からない。
辛いことも、悔しいことも、悲しいことも、全ての負の感情を体験したようにも思う。
そして、それと同じくらい、楽しくて、幸せなことも感じたのだ。
その全てを、私は受け入れようと覚悟する。
「おはよう、リュルザ」
そう告げれば、師匠、いや、リュルザは面食らったような顔をした後、とても穏やかな微笑みを浮かべた。
本編は、このお話で完結です。
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魔法使いと私、ご愛読ありがとうございました!




