15
「うぅ・・・」
痛む身体をさすりながら、私は立ち上がる。
くらくらとする視界に、豊かな緑が写り込んだ。
私の良く知っている、優しい木漏れ日のある森の中だ。
「戻って・・・来たの?」
呆然と辺りを見回せば、そこが師匠に時送りされた場所だということに気付く。
足元に生えた花が、咲いては枯れている。
師匠は、アイリスは、どうなったのだろうか?
(へぇ、ここがリザのいる時代か)
突然聞こえてきた、聞き覚えのある声に心臓が止まりそうになった。
どこにいるのかとその姿を探すも、彼の姿は見当たらない。
「アルノー・・・さん?」
ぼそり、と呟いてみれば、今度はアルノーさんから驚きの声が上がる。
(あれ?声聞こえるの?)
「そうですけど・・・。どこにいるんですか?」
(おっかしぃなぁ。さっきまで、全然答えてくれなかったのに)
「ちょっと待って下さい。何が起きてるんですか?」
とりあえず、胸ポケットに入ったままだったスノウを出してやる。
いつもなら、すぐに飛び立つ彼女だが、今は疲弊しているのかすぐに私の頭の上に収まった。
「私、戻ってきたんですよね?」
(そうじゃない?オレのいたところは、こんなんじゃなかったし)
「アルノーさんは、どこにいるんですか?リュルザと融合したんじゃ・・・?」
(身体だけね。どうやら、アイリスの乖離魔法が中途半端にかかちゃったみたい)
「じゃ、魂が抜けて・・・今はどこにいるんですか?」
(リザの中)
「えぇっ?!」
からからと、アルノーさんが笑う声がする。
私は思わず自分の身体をぐるりと見回した。
言われてみれば、アルノーさんが融合した直後、何かが身体の中に入り込む気配がしてような気がする。
必死すぎて、記憶が曖昧なせいで、確証はないけれども。
(心配しなくていいよ。むしろ、良いことだらけだから)
「信用できないです・・・」
(誰がアイリスを拘束呪文で足止めしたと思ってるの?)
「まさか、アルノーさんが?」
(大正解。でも、リザの魔力が少ないから、しょぼいのしか出来なかったよ)
しょぼい、と言う割には、しっかりしたツタが絡みついていた気もするのだが。
それに、はっきりと、自分の魔力が少ないと言われて良い気はしない。
「でも、どうして突然話せるようになったんですか?」
(さぁ?でも、リザとオレが話せば話すほど、魔力が減ってるみたいなんだよね)
「私の魔力ですか?」
(君以外に誰がいるの?)
もしかして、と私は感づく。
無意識に魔力を使っているのだとしたら、同調しか考えられない。
そういえば、先程アイリスの過去を覗いた時は、普段の同調とは少し違った。
もしかして、力が強まったということ?
(さっき、オレが拘束呪文も使っちゃったし、そろそろ魔力が底を尽きそうだけど)
「え!困るんですけど!」
力が強まった代償に、流れ出る魔力も増えたということか。
どうしようかと焦っていれば、頭の上のスノウがパタパタと羽ばたいて羽根を1枚分けてくれた。
今まで、いろんな人に魔力を分け与えていたけれども、実際に私が分けて貰うのは初めてかもしれない。
じんわりと、握った指先から温かいものが体内に流れ込んでくる。
「ありがとう、スノウ」
「ピィ!」
(ねぇ、リザ。この月光鳥とは契約していないのかい?)
以前も、アシール君に同じようなことを問われた気がする。
私は素直に契約していない、と答えた。
(なら、契約した方が良い。どうやら、リザは魔力が垂れ流し状態みたいだし、この子と契約すればそれが緩和できるかもしれない)
「特性の共有ですか?」
(うん。きっと、月の光による魔力回復か、魔力の蓄積量の増加、と言ったところかな)
「スノウは、私と契約を交わしても良いと思ってる?」
一応、彼女の意思も確認しなくては。
そう思って聞いてみれば、愚問だとばかりに頭を軽く突かれた。
「ピィピ!」
「え、あ、うん、ありがとう!」
今更すぎる、拒否するとでも思ってるの?と、お怒りの言葉を頂き、私は苦笑する。
早速、と思い、私はスノウを指先に乗せ、随分前に勉強した契約の呪文を口にした。
「我、誓約の下、彼の者と契約を結ばん」
小さな光が、私とスノウを結ぶ。
呆気無いほど簡単に、契約は完了した。
「これからも、よろしくね、スノウ」
「ピィ」
お互いの特性を共有することになったせいか、より明確にスノウの言葉が分かるようになった気がする。
きっと、彼女には私の特技である同調が共有されているのだろう。
(・・・リザ、非常に申し上げにくいんだけれど)
「何ですか?」
私の魔力も増えたかな、と期待をしているところに、アルノーさんが苦しそうな声を出す。
(君の魔力に、何の変化も見られない)
「え?!」
(少なくとも、蓄積量はさっきと同じままだ。こうなると、月の光による魔力回復を期待したいところだけど・・・あまり実用性は無さそうだね)
スノウのいる手前、何も言えないが、確かに、夜に外を歩き回ることは、ほとんど無い。
期待していた効果は無かったものの、スノウとの意思疎通がよりスムーズになったと考えれば、契約を交わしたことは無駄ではなかっただろう。
「まぁ、良いです。今までと変わらないだけですから」
(そうかい?)
「問題ありません」
(よし、じゃぁ、まずは、今の時間軸を確かめようか。君のいた時代の数年後にいる可能性もあるし)
「そうなんですか?!」
(リュルザが、あんな状況下で魔法を使ったんだ。失敗していても、おかしくはないよ)
「と、とりあえず、アリーセさんたちのところに帰りましょう」
私は覚えている限りの道順を思い出しながら、今いる場所を後にする。
それにしても、姿の見えないアルノーさんと話しているのは不思議な気分だ。
静まり返った小道を辿りながら、私はどうかリュルザの魔法が成功しているように祈る。
視界の奥に見えてきた白い壁の家に、緊張が高まってきた。
誰もいなかったら、どうしよう?
(うっわ。ツタがびっしり)
「そりゃ、アルノーさんの時代より、時が経ってますから」
(この時代のアリーセとエーデルに会うの、楽しみだなぁ)
「そんな暢気なこと言ってる場合じゃないんですよ。アイリスが来てたら・・・」
師匠は、どうなったのだろうか?
あの場にいなかったということは、全てが終わってしまった後なのだろうか?
家に近づくに連れ、子供の泣き声が大きくなる。
聞き覚えのあるその声に、どきりと胸が高鳴った。
(どうかした?)
「アルノーさん、きっと、私は自分の時代に戻ってきてます」
間違いがなければ、あれはダーナちゃんの声だ。
体感時間では、数十日前になるが、確かダーナちゃんとアシール君が泣き止まず辟易としていたことがあった。
自然と急ぎ足になり、急ぎ足は駆け足へと移る。
何も考えずに、大きな音を立ててドアを開けば、泣き声がより一層大きくなった。
「アリーセさん!エーデルさん!」
私は大声でそう叫びながら、家の中へと入る。
振り返ってドアを閉めることすら億劫で、そのままにして広間へと駆け込んだ。




