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「アルノー・・・?アルノー、よね?」
「Doha'z ohwwlu? P...P..P iljvtl obthu?」
師匠の口から、唸り声が漏れる。
龍語だ。
私には分からないはずの言語だが、師匠が戸惑っているということだけは確かに伝わってきた。
「嘘・・・あの、ドラゴンが・・・」
さすがに聡いだけあって、アイリスもすぐに現状を飲み込み始める。
呆然と見開かれていた目が釣り上がり、体が怒りに震えていた。
「カナヘビ風情が・・・っ!」
けれども、その怒りはお門違いも良いところだ。
そもそもの原因はアイリスが、アルノーさんに乖離魔法を使おうとしたせいなのだから。
心の何処かで、いい気味だ、とアイリスを嘲笑う自分がいる。
アルノーさんを奪われ、絶望する彼女を見て、仕返しが出来たような気になったのだ。
私は、なんて嫌な奴なんだろうか。
アルノーさんが、リュルザを助けるために犠牲になったというのに。
目の前に見慣れた師匠の姿があることを喜ばずにはいられない。
そして、怒りと悲しみに苦しむアイリスを、嘲笑わずにはいられない。
本当に、最低だ。
「アルノーの身体を返して!」
師匠を攻撃しようと、アイリスが詠唱を始める。
私は咄嗟に、それを阻止しようと手を伸ばした。
ここで、拘束呪文が使えれば良いのに。
そう思った瞬間、しゅるしゅるとアイリスの体にツタが巻き付く。
その様子に我が目を疑った。
「嘘・・・?」
アイリスがハッとした様子でこちらを振り返る。
初めて私を視界に入れたように、その目が細まった。
「大した魔力もない子だと思ってたけど、そうでもないのかしらぁ?」
アイリスは小さく呪文を唱えると、ツタをいとも簡単に切り裂いてしまう。
てっきり、襲いかかってくるかと思われたが、アイリスはこちらをひと睨みしただけで、未だに茫然自失としている師匠に視線を向ける。
師匠が、アイリスに捕まる。
そう考えれば、身体は臆することなく動いた。
何も考えずに私はアイリスの足に手を絡め、歩行を妨げる。
その瞬間、めまぐるしく情景が流れていく。
いつもの白昼夢かと思えば、それとは違い、アイリスの記憶が断片的に頭に流れ込んできた。
『アルノー、大好きぃ!』
『オレもだよ、アイリス』
幼い子供たちが、純粋な感情を素直に口にする。
お互いに抱き合う姿を、近くにいた年配の夫婦が微笑ましそうに見つめていた。
孤児のアイリスは、ブルーゲル家でアルノーさんと兄妹のように育ったのだ。
『ねぇ、アイリス。その語尾を伸ばすしゃべり方やめたら?』
『えぇ、なんでぇ?』
アルノーさんに注意されるのを、嬉しそうに聞くアイリス。
構ってほしいから、語尾を伸ばすしゃべり方をやめなかったことに、アルノーさんは気づいていない。
『アルノー、私だけは、何があっても側にいるからねぇ』
『げほっ・・・ごほっ・・・ありがとう、アイリス』
ベッドに横たわり、弱々しく手をの伸ばすアルノーさん。
両親に先立たれた直後に発症した、不治の病。
奇病を持つ彼は、周囲に嫌われ、孤立した。
そして、いつしか孤児のアイリスにはアルノーさんしかいなくなり、また、病気のアルノーさんにはアイリスしかいなくなった。
『嫌・・・アルノー・・・嫌・・・死なないでぇ』
アイリスには、アルノーさんしかいなかった。
私に師匠しかいなかったように、彼女にとっては、アルノーさんが全てだった。
血を吐くアルノーさんを、真っ青になったアイリスが見つめている。
『アルノー、私、あなたの病気を絶対に治してみせるから』
病気の治療のためにアイリスが魔法の開発に専念する。
アルノーさんが少しでも、良くなるように、療養を勧め、2人は離れて暮らすことになった。
そして、アイリスは宛のない旅に出る。
『どうして・・・どうして上手くいかないの・・・』
アイリスは思いつく限りの実験を行い、治癒魔法を開発した。
けれども、そのどれもがアルノーさんの病気を治すに至らない。
そして、治癒魔法の術構成には、外傷を治す術式しか存在しないことにアイリスは気づいた。
『魂と肉体が別物であることを証明できれば』
治癒魔法では、アルノーさんを治すことができない。
それに気づいたアイリスは、別の方法を思いつく。
『ごめんね。ごめんねぇ・・・』
抜けなくなった語尾を伸ばす言葉遣い。
今は、それを注意してくれる人も隣にいない。
実験に使ったルーニーラビットたちを、埋葬しながら啜り泣く声が響き渡った。
『・・・アルノー』
死に纏わる魔法の研究を進めるには、代償がつきものだった。
いつしか自身の身体にも呪いが刻み込まれ、それはゆっくりと、だが確実に肉体を蝕んでいく。
『私には、彼しかいないの。彼と一緒に生きていくためなら、なんでもやるわ』
実験が上手くいかない。
思い通りに、ことが運ばない。
アルノーさんを失ってしまうかもしれない、という恐怖が焦りを生む。
そして、狂気が、アイリスを取り込んだ。
『悪いわねぇ』
いつしか、死を見慣れすぎた彼女は、無感動になっていた。
アルノーさんの生死以外に、頓着することがない、無情な人間へと心が変化していく。
アイリスは、全てを捨てても、アルノーさんと一緒に居ることを望み、選んだ。
そう、いつかの日、私が両親と共に歩む道を捨て、起こるはずの不幸に目を瞑り、師匠と一緒に居ることを望み、選んだように。
「この小娘が・・・っ!」
視界に入ってきたアイリスが、ヴァンパイア特有の牙を剥き出しにして唸っている。
噛まれる、と身体を起こした瞬間、聞き慣れた師匠の声がした。
「リザ!」
身体にツタが巻きつき、アイリスから引き離される。
そして、驚く程、大量の草木が私とアイリスの間に壁を作った。
後ろに引きずられ、衝撃に尻もちをつけば、伸びてきた手が私を引き寄せる。
見上げれば、ずいぶんと憔悴した様子の師匠が視界に飛び込んできた。
我に返った師匠が、私を助けてくれたようだ。
「ペンダントを!」
私が何か言う前に、師匠が首にかかっていた鎖を引っ張る。
服の中から飛び出した緑色の石を、師匠は手に取ると、そのまま口に含む。
そして、がきり、と鈍い音を立たせて、噛み砕いてしまった。
私は思わず悲鳴をあげる。
「何を!」
「すまない・・・けど、魔力がコントロール出来ない今、直接魔石を体内に取り込むしか・・・!」
よく見れば、師匠の周りの地面から、植物が芽吹いては花を咲かせ、次々と枯れている。
500年後まで残っている不思議な花畑は、魔力の暴走が招いた現象だったのだろう。
石が半分砕け散ってしまったペンダントが胸元に戻ってくる。
苦しそうに師匠はそれを飲み込むと、ぎゅ、と私に回していた手に力をいれた。
「アイリスがあの壁を破らない内に・・・」
「どうするつもりなの?!」
「永久なる時よ、我は命ずる。この者を導き、元の時代へ連れ帰れ」
ざわりと、肌が粟立つ。
ぎゅ、とお腹の内側が引っ張られ、自分の体がくしゃくしゃに丸め込まれるような感覚。
私は知っている。
これが、時送りなのだ。
「・・・っ!」
伸ばした手が、自分の身体についているのか分からない。
白い光が広がり、視界が染まる。
その端に、騒ぎを聞いて駆けつけてきたアリーセさんとエーデルさんを見つけた。
「また会おう、リザ」
そして、私のことを金色の双眸でじっと見つめて微笑む彼の姿を最期に、全てが消えてなくなった。




