13
「なんてことを・・・」
絶句したアルノーさんが、アイリスの顔を見つめている。
けれども、彼女は俯いたまま、決してアルノーさんを見ようとしない。
「魂をね、他の身体に移し替えると、肉体の特性を引き継ぐことが出来るの。ヴァンパイアなら、吸血。そして、日光に弱い、という特性」
見て、とアイリスが洋服の袖を捲ると、茶色く干からびた棒状のものが出てくる。
それが、腕だと気づくのに、しばらく時間がかかった。
「日光を浴びたらこうなったわぁ。でも、これで、私は記憶と意識を保ったままヴァンパイアとして生まれ変わったとも言えるの」
「どうしてそんなことを?他人の身体に取り憑くゴーストと、なんら変わりないじゃないか!」
「もっとタチが悪いわぁ。元いた魂を追い出すんだものぉ。私ねぇ、乖離魔法っていうのを開発したの。呪文と魔法陣がセットじゃないと、働かない魔法なんだけどねぇ」
アイリスはアルノーさんから離れると、涙に耐え切れなくなったのか、枯れ枝のように細い指で、ごしごしと目元を擦った。
それを心配そうに見つめるアルノーさんが、アイリスと同じくらい憎く見える。
手の震えを抑えるために、痛いほど下唇を噛み締めた。
「あなたの病気を、これで治せるの」
「馬鹿な・・・」
「だって、そうでしょう?アルノーの魂を、他の、健康な人の身体に移せば、病気は治るのよぉ!」
「オレのためにやったって言いたいのかい?」
「ううん。私のため、よぉ」
ごめんなさい、本当にごめんなさい。
そう言いながら、アイリスはアルノーさんの腕から身体を離し、1歩、また1歩と後ずさる。
「どうしても、あなたに生きていて欲しかったの。どんな形でも構わない。私の側からいなくならないで欲しかったよぉ!そのために、いろんな生物を実験に使ったわぁ!小鳥やルーニーラビットだけじゃない、人間も、挙句の果てはヴァンパイアまで!」
アイリスが、黒いざんばら髪を振り乱しながら、首を横に振る。
アルノーさんはただ静かにそれを見つめ、悲しそうに目を伏せた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「アイリス。オレは、他人の身体を使ってまで生き延びようなんて思ってない」
きっぱりと言い切ったアルノーさんに、アイリスは、まるで答えが分かっていたとでもいうように、泣きながら微笑んだ。
「それでもね・・・」
ぐ、とアイリスが拳を握る。
「それでも、あなたに生きていて欲しいの」
「アイリス、まだ遅くないから、自分の身体に戻ろう?そのヴァンパイアの魂も、戻してあげるんだ」
ね?と念を押すアルノーさんに、アイリスは首を横に振る。
「もう、私の身体は無いのよぉ。あなたが好きだと言ってくれた青い瞳も、私は失くしてしまったの」
ひゅ、とアルノーさんが息を呑む音がした。
彷徨うようにアイリスに伸ばされた手が、力なく落ちていく。
「オレのあげた青い薔薇は、君にとってはどうでも良いものだったんだね」
「そんなことない。でも、何よりも、アルノーに生きていて欲しいから」
寂しそうに、2人が笑う。
アルノーさんが、アイリスのために作った青い薔薇。
彼女の青い瞳に映えるようにと、作られた、アルノーさんの融合魔法。
途端に、いつか見たぼやけた映像が脳裏に蘇る。
剥き出しの地面に、ぼんやりとした茶色の風景の中、鮮やかに映り込む青色。
和やかで、心地良さに満ちた、2人だけの空間。
そう、私は知っている。
アルノーさんが、アイリスにあげた青い薔薇のことを。
ハッと思い出した瞬間、突風が巻き起こる。
「わっ!」
「リザ!」
どうやら、アルノーさんがアイリスに向けて攻撃魔法を放ったらしい。
驚いて尻もちをついたものの、私は無傷だ。
隣にいたリュルザが、私の袖を噛んで引っ張った。
「アリーセたちのところへ、戻るんだ」
「そ、そんなこと言っても!」
風が強くて、立つことすらままならない。
アルノーさんとアイリスの方へ目を向ければ、2人は対峙したまま動いていなかった。
魔法ではアルノーさんの腕の方が上のようだが、アイリスはヴァンパイアの身体のおかげで魔法耐性が強いのか、大したダメージを負っている様子はない。
「大地に宿りし巡る命よ、芽吹きの祝福を与え賜え!」
アイリスが呪文を口に出して唱えるのに対し、アルノーさんは無言でそれを相殺していく。
拘束呪文など、ツタが伸びる前に地面を抉られていた。
この分を見るに、アルノーさんが負けることはなさそうだ。
「まずいな・・・」
リュルザが、そう呟く。
どう見ても、アルノーさんが圧倒的有利な状況だというのに、どういうことだろうか?
「アルノーは、身体が強くはない。あれだけ魔法を使ってしまえば、途中で・・・」
続く言葉は、言われずとも理解した。
血を吐いて、咳き込んでいたアルノーさんの姿がまざまざと思い出される。
「僕はアルノーに加勢する。リザは、アリーセとエーデルを呼んで来てくれ。あの2人がいれば、何とかなるはずだ」
「う、うん・・・」
頷いたものの、未だにやまない風のせいで、這うようにしか進めない。
リュルザはと言えば、その場で呪文を唱えていた。
低く、唸るような龍語が、言葉を紡ぐ。
そして、唱え終わると同時に、轟くような雷鳴が森に響き渡った。
「わお!」
全く場にそぐわない歓声がアルノーさんの口から溢れる。
リュルザが呼び寄せた落雷は、森の木々を黒炭へと変え、大きく地面を抉った。
「豪快だね、リュルザ!」
「しかし、あの女には当たっていない」
防御呪文で防いだのか、肩で息をしているものの、アイリスの姿は健在だった。
「さすがのアイリスでも、あれに当たったら死んじゃうからやめてね」
「・・・優しいことだな」
「ほら、一応オレの幼馴染みだから」
アルノーさんが、そう言って微笑む。
けれども、途端に苦しそうに顔を歪め、咳き込んだ。
身体をくの字に折り曲げ、口元に手を当てている。
抑えた手の隙間から、いつもよりも多量の血が零れていた。
「アルノー!魔法の使いすぎだ!」
近くにいたリュルザが悲鳴に近い声を上げる。
それと同時に、気を取られていた彼の肢体を真っ黒な光の筋が貫いた。
ぐぅ、と苦しそうに呻いた後、どくどくと大量の血がリュルザの身体から溢れ出す。
「うそ・・・」
本当に、一瞬の出来事だった。
底冷えするような寒気が、足元から這い上がってくる。
私は必死に手を伸ばして、吹き荒れる強風の中、リュルザに治癒魔法を掛けようと試みた。
アルノーさんも同じ考えだったのか、リュルザへと手を伸ばそうとするが、止まらない咳のせいで動くことが出来ていない。
アイリスだけが、呆然と立ち尽くしたまま、その光景を真っ青な顔で見つめていた。
「アルノー、ごめんなさい。あなたの友達・・・でも、でもぉ・・・」
リュルザの傷が、塞がらない。
傷口には弱いながらも、光が浮かび上がっているのだが、一向に塞がる兆しは見えなかった。
治癒魔法が発動していない訳ではない。
少なくとも、以前、シオンさんの腕を治した時のように僅かでも傷を塞ぐことが出来るはずなのに。
「アイリス・・・今の・・・魔法・・・けほっ・・・」
息も絶え絶えに問いかけたアルノーさんに、アイリスは恐れおののきながらも答える。
「呪いよ。治癒魔法が苦手なアルノーじゃ、破れないわ」
「どこで・・・そんな・・・」
「ヴァンパイアの魔法なのぉ。ねぇ、お願い、私と一緒に来てくれるって約束して?そしたら、ちゃんと治してあげるからぁ・・・」
懇願するようなその声に、アルノーさんは動きを止める。
彼は、リュルザのために、自分の魂を他人に入れることを許すのだろうか?
見知らぬ誰かを犠牲にして、リュルザとアルノーさんが助かる道が、目の前に大きく示されている。
断れば、待っているのはリュルザの死だけでなく、自らの病死。
「オレは・・・」
アルノーさんが、言い淀む。
アイリスの目が、期待に輝いた。
「もう長くないだろうし、最期にリュルザの願いを叶えることにするよ」
「え・・・?」
穏やかに微笑むアルノーさんに、アイリスが呆気に取られる。
私も、意図が分からず、アルノーさんを見つめることしかできなかった。
アルノーさんの足元に、光の軌道が魔法陣を描き、リュルザと共に自らを取り囲む。
かつて、薄暗い地下室の中で見たものと同じ模様。
彼が何をしようとしているのか、思い当たる節があった私は思わず声を上げた。
「アルノーさん!まさか!」
光が、リュルザとアルノーさんの身体を覆う。
戸惑いに立ち尽くしていたはずのアイリスが胸元の魔法陣に手を当て、口を開いた。
「相交わる自然の理、解きて別離の道を辿っ・・・!」
その呪文に気づいた私は、力を振り絞って、彼女に体当たりを食らわせる。
途中で詠唱は途切れ、2人一緒に地面に倒れこんだ。
けれども、私に構っている暇などないのか、すぐさま乱暴に引き剥がされた。
地面に頭をぶつけたせいか、目の前がちかちかする。
立ち上がろうとした矢先、ふ、と自分の身体の中に何かが入り込む感覚がした。
違和感を疑問に思う前に、私は正面にいる人物に目を奪われ、息が止まる。
「アルノー!・・・アル・・・ノー?」
強烈な光が収まり、アルノーさんとリュルザが居た場所には、1人の人間がうずくまっていた。
その人物は、呆然と自分の手を見つめた後、顔を上げて、こちらを向く。
深緑の髪に、金色の双眸。
見間違えるはずもない、こちらに来てからどれだけ会いたいと願ったか、分からない。
「師匠・・・」
あぁ、やはり、私の考えは間違っていなかったのだ。




