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未来を変えることは、許されるのだろうか。
例えば、アリーセさんにアイリスの魔法に注意するように促し、アルノーさんに何があっても、融合魔法を使ってはならないと警告する。
私の考えが間違っているのが、1番嬉しいことだ。
けれども、もし、合っているのだとしたら。
未来に関して注意を促せば、彼らを襲う不幸は払拭することができるだろう。
けれども、その代償として、師匠と出会うこともなくなり、その存在そのものが消え去ってしまうのだ。
私はきっと両親と暮らし続け、今とは違う人物になっていく。
師匠に育てられ、魔法に親しんだ私という存在もまた、消えてなくなってしまうのだろうか。
「この話はやめましょう、リザちゃん」
じっと黙って考えていたアリーセさんが、言う。
私は床から、彼女へと視線を上げる。
「私達が未来のことを不用意に知って、あなたの知らない世界に変えてしまうのは、良くないわ」
「でも、私が話せば不幸が避けられるかもしれないです。それに、アリーセさんだって・・・」
「ダメよ。例え1つの不幸を避けることが出来ても、新たなもう1つが重なることもあるでしょう?」
射るように見つめられて、私は押し黙る。
反論する言葉もない。
けれども、アリーセさんが話してはいけない、と私に禁じたことを、心のどこかで喜ぶ声がする。
一種の、免罪符を与えられたような気がしたのだ。
沈黙が流れる中、ふいにその場にエーデルさんが現れる。
腕いっぱいに、おもちゃを抱えて、私達を交互に眺めては途方にくれていた。
「・・・喧嘩?」
「違うわ」
「それならいいんだけど」
どこかぎこちない会話を交わす、アリーセさんとエーデルさん。
私がいた時代では、あんなに息ぴったりだったのに。
所在なく彷徨っていたエーデルさんの視線が、ぴたりと私の胸元で止まる。
初めてこの時代で会ったときも、彼は同じ場所を見ていた。
それはきっと、このペンダントを見つめていたのだろう。
「アリーセも気づいてたの?」
「えぇ。そのことで、ちょっとリザちゃんと話していたのよ」
「結構、深刻な内容みたいだね?」
エーデルさんは、そう言って笑ったが、困ったように眉が下がる。
アリーセさんも微笑を返しただけで、その問いには答えなかった。
「さ、それよりも、ショートケーキを作りましょう!」
「ショートケーキ?」
「リザちゃんの好物なんですって。未来のお菓子よ」
場の空気を切り替えるように、不自然に明るいアリーセさんの声が響く。
私は祈るように胸元のペンダントをぎゅ、と握った。
大した意味も無い行動だったのだが、それを見たエーデルさんの双眸が、す、と細まる。
「アリーセ、先にキッチンに行ってて」
「・・・余計なこと、言ったらダメよ」
「わかってる」
ひらり、と手を上げて、エーデルさんは了承の意を示す。
アリーセさんも、それ以上何かを言うつもりもないらしく、大人しくキッチンへと向かっていった。
「リザ、君が帰る方法についてなんだけど」
アリーセさんがいなくなったのを見届けて、エーデルさんが私に向き合う。
思いもよらない提案に、私は驚いてエーデルさんを見上げた。
「帰れるんですか?!」
「たぶん、だよ。確信は持てない」
そう前置きして、エーデルさんは説明してくれる。
「ずっと考えていたんだけれど、リュルザにそれの魔力を辿るように時送りをして貰えば帰れるんじゃないかと思ったんだ」
エーデルさんが指さした先には、師匠からもらったペンダントがある。
「魔力を・・・たどる?」
「うん。魔石は魔力を含んだ魔道具の一種と考えられるんだ。呪い晒しが、魔道具の解析に有効なことは知ってる?」
「あ…もしかして、魔法が掛けられた時期の情報ですか?!」
いつか、夢魔の夢の中で偽物の師匠に教わった呪い晒の話し。
どうして、そんな簡単なことに気付かなかったのだろうか。
唖然としてエーデルさんを見上げれば、彼は朗らかに笑っていた。
「その通り。それ、元々はただの石に魔力を込めたものでしょう?魔力込めた時期と初期の魔力量、そして、今現在の魔力の劣化具合を計算することで、リザがいつ頃こちらへ送られたのか分かるかもしれない。更に、魔石ならば、ドラゴンであるリュルザは体内に取り込んで、魔力不足を補い、時送り出来る可能性が非常に高いんだ」
「私…帰れるんですか!?」
「理論的には、可能だよ。ただ、そのペンダントの魔力が・・・」
「リュルザ本人の魔力に似ている?」
エーデルさんが言い淀んだ部分を、私が補完すれば、彼はこくりと頷いた。
「だからさ、リュルザに見せたら不審に思われるんじゃないかなって」
「そう、ですよね。自分と似た魔力の道具を持ってたら、気になりますよね。それに、アルノーさんは魔石だから食べられたくなければ、リュルザに見せるなって言ってました」
「いや、アルノーも魔力が似ていることに気づいてたんじゃないかな?だから、そう言ったんだよ」
小さく苦笑したエーデルさんに、私はそうだったのか、と合点する。
アルノーさんは、このペンダントがリュルザに見つかって、不審に思われるのを注意してくれたのか。
それならそうと、正直に言ってくれれば良いのに。
「アルノーなりの気遣いだよ。君の持ち物がリュルザの魔力に似ているなんて言ったら、驚くだろう?」
私の考えていることを見透かしたのか、エーデルさんがそう補足してくれる。
「ま、アリーセにはその配慮が足りなかったようだけどね」
肩を竦めて笑ったエーデルさんに、私も一緒になって小さく笑う。
けれども、だんだんと笑いは尾を引いて小さくなり、消えていった。
確かに、このままペンダントをリュルザに見せて、元の時代に帰れるならば、それに越したことはない。
けれども、未来に起こることに目を瞑り、ここから去っても良いのだろうか。
アリーセさんは、ああ言ってくれたが、それでも、もう一度背中を押してもらいたかった。
私は思い切って、エーデルさんに聞いてみる。
「エーデルさん。未来に起こることって、例え、憶測でも話したりするのはダメなことですか?」
「うん、ダメ」
あまりに良い笑顔でばっさり切られたため、私は驚いて顔を上げる。
エーデルさん子供を諭すように、しっかりとした言葉で続けた。
「まずね、不用意なことを話せば、未来が全然違うものに変わって、君は帰れなくなる」
「でも・・・」
「そして、今の僕らには君をずっと養ってあげられるほどの余裕は無いから、帰ってもらわないと」
それほど負担になっていたのか、と内心でショックを受けていたら、エーデルさんがにっこりと笑う。
「ま、どうせ未来でも会えるんでしょう?ちゃんと帰れた時には、いつでも遊びにおいで」
優しい声音でそう言われて、彼が気を使ってくれたことに気付く。
私が、未来を変えることをせずに、帰れるように。
「優しいですね、エーデルさん」
「子供たちには、よく怖いって言われるけど」
「そんなことないですよ」
トリス君たちも、笑顔が怖いと言ってたな、と思い出して笑ってしまう。
エーデルさんは、くしゃりと優しく髪を撫でてくれた。
「ショートケーキ、っていう食べ物が好きなんだっけ?」
「はい」
「今日、作り方を覚えて、リザがまた遊びに来た時に作ってあげるよ。はい、約束」
そう小指を出されて、私はあっ、と声をあげそうになる。
そうだ、初めて会った時、エーデルさんは何て言ってた?
『ショートケーキを作るって約束してたのに』
確か、そう言ってたはずだ。
500年後になっても、約束を覚えていてくれることに感動しながら、私も自分の小指をそっと絡める。
「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーら・・・針千本は痛そうだから、いちごを倍にするよ。はい、指切った!」
絡めた小指を外しながら、そういえば、まだ、未来でショートケーキを作ってもらっていないことに気付く。
帰ったら、エーデルさんにいちごを倍にして作ってもらおう。
「どうしたの、にやにやして」
「いいえ、なんでもないです!」
帰るための希望が見えてきた。
そして、アリーセさんと、エーデルさんが後押ししてくれている。
未来を変えなくても良い、変えることはしてはならない、と言ってくれたのだ。
にやにやしているように見えたらしいが、本当は、安心して、涙が出そうになるくらいに気が緩んだ瞬間だった。




