06
こちらに来てから、数日が経った。
帰るための手がかりは見つからないし、師匠がどうなったか分からない不安で、私は日々を悶々として過ごしている。
来た当初は、すぐに帰るつもりだったが、こうも長くお世話になっているのでは、自発的に何か手伝わないわけにはいかないだろう。
けれども、そうした行動はこちらの時代に自分が馴染んでしまうようで、少し怖かった。
山のように積まれたじゃがいもを前に置き、日の光を浴びながらせっせと皮を剥いていく。
食糧倉庫の前で私は椅子に腰を掛けて、手だけを無心に動かしていた。
目の前では、アルノーさんとリュルザが何やら怪しげな魔法陣を書いて議論をしている。
むき出しの地面を棒でなぞって描かれたそれは、私にはどういった魔法が発動するのか検討もつかなかった。
「うーん、どう思う?オレとしては、もう少し組み換えの式を細かく組んだ方が良いと思うんだけど・・・」
「式を細かくしたところで、結果が同じなら大差ないだろう。それよりも、ここで円環式を使うより、流動的にした方が・・・」
「いや、そこは循環させないと意味がないんだ。ヴィアスの定理もアリかと思ったけど、あれだと結合が弱い」
何を話しているのか、さっぱり理解できない、ということだけは分かる。
2人は必死に何かを作ろうとしているのだけれども、全く内容を知らない私が割って入るのも憚られた。
しゃこしゃこと、軽快な音を立ててじゃがいもの皮はどんどん剥けていく。
「よし、じゃぁ、1回だけ発動させてみよう」
「失敗したら、どうするんだ」
「だーいじょうぶだって。失敗は発明の母ってね」
リュルザがため息をついているのを無視して、アルノーさんは意気込んで腕まくりをする。
師匠と同じ顔をしているのに、師匠が絶対にしないような笑顔だったり、言動だったり、無茶な魔法の挑戦をしたりするのは、本当に違和感の塊でしかない。
「いっくよー」
こちらにも被害がくるのではないかと身構えたが、どうやら魔法陣の中だけで完結する魔法のようだ。
けれども、通常では考えられない程の光の柱が現れる。
アルノーさんは詠唱した気配もないし、無言詠唱ができる人なのだろう。
やがて、光が収束すると、そこには1本の苗がぽつんと地面から生えていた。
よく師匠が使う足止めのツタの呪文とは違うのだろうか?
「やったー!生えてきた!」
「成功してるとは限らないがな」
「大丈夫!絶対、成功してるはず!」
「Lalyupaf aptl, P jvtthuk fvb av hkchujl mhza !」
リュルザが唸るような声で吠えると、地面に生えていた苗がぐんぐんと成長する。
見たことがある現象に、私はごくりと唾を飲み込んだ。
師匠が、昔、育てるのが面倒だと行って、庭の薬草や花を成長させてしまった魔法と同じだ。
リュルザは時魔法が得意だと言っていたので、きっと、師匠が使ったのも時魔法だったのだろう。
成長した苗は木になり、そして花を咲かせる。
一瞬だけ、ふわりと柔らかい香りが漂ったが、すぐに花を落として、実になった。
けれども、出来上がったのは真っ白な色をした、凹凸の激しい丸い実だ。
「うげー、食べれるのかな?これ」
「美味しそうには見えないな」
ぱきり、とアルノーさんは実をもぎ取ると、しげしげと眺める。
そして、あ、と声を上げて、いかにも名案を思いついたかのように笑顔を浮かべた。
「リザ、これ食べる?」
はい、と目の前に差し出された果実もどきに視線をやり、次にアルノーさんの顔を見る。
にこにこと笑っている様子に悪意は見られないが、私が喜んで食べるとでも思ったのだろうか?
今までのやりとりをすべて見ていたというのに。
「・・・遠慮します」
「そう言わずに」
「そんな怪しいもの食べられません」
「えー、ダメ?未来には、こういう食べ物ないの?」
「今、初めて見ました」
私が絶対に口にしないことを悟ったのか、アルノーさんはつまらなそうに実を引っ込める。
そして、何を思ったか、ぱくりと一口かじった。
「ちょ、アルノーさん!」
「・・・まずい」
ごくり、と飲み込んだものの、苦い顔をして、手に持っていた実を眺めている。
ちらりと見た感じ、中は黒い色をしているようだ。
「これは失敗だなー」
「アルノーさん、そんなの食べて大丈夫ですか?」
「問題ないよ。毒が入るような式は立ててないし」
「でも・・・」
「どこが違ったのかなー」
ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱しながら、アルノーさんが唸っている。
おかげで、毛先があらぬ方向に跳ねまくっていた。
その様子に、思わずリュルザの方を見てしまう。
「なんだ?」
「アルノーさんて、いつもこんな感じ?」
「あぁ、いつもだ」
私の中のアルノーさん像が着実に崩れていく。
もはや、彼が破天荒極まりない人物であることは否定できないだろう。
私は苦笑するに留めておいて、気になっていたことをリュルザに聞いた。
「ところで、2人で一体何をしていたの?」
「新しい植物の開発」
失敗して、やる気が低下したのか、リュルザはごろんと地面に伏せている。
それに倣うようにアルノーさんまで地面に仰向けに転がった。
「オレの生きてるうちに完成しなかったら、続きは頼んだよ、リュルザ」
「融合魔法は興味ない」
「そんなこと言わずにー」
「そもそも、人間の食物を僕が作れるはずないだろう」
「あーそう?でも、じゃがいもとか食べてるじゃん」
「仕方なしにだ。魔石の方が断然良い」
そのセリフに、私はどきりとして胸元を抑える。
師匠の魔力も入っているし、リュルザにはさぞご馳走に見えるだろう。
これは、彼に見せびらかすわけにはいかない。
なんと言っても、師匠が初デートでプレゼントしてくれたものなのだから。
そう思いながらも、ぐるぐると頭の中で不穏な思考が渦巻く。
これは、師匠がくれたもの。
でも、私の師匠は、もしかしたら。
そこまで考えて、ハッと息を詰める。
アルノーさんとリュルザの姿が視界に入り、私は無理矢理思考に蓋をした。
「やる気なくなったし、帰ろうか」
「そうしよう」
言いながら、アルノーさんもリュルザも全く動く気配は無い。
種族は違えども、こんなにも仲良くなれるものなんだ、と感心すると同時に、シオンさんとハルさんのことを思い出した。
どんな姿形でも、どんな特性を持っていても、本当に信頼をし合える間柄には、そんな小さなことは関係ないのだ。
きっとそれは、私とスノウにも言えることなのだろう。
「おふたりとも、お暇なら、じゃがいも剥くの手伝って貰えませんか?」
「暇じゃないよ!ね、リュルザ!」
「あぁ。寝るのに忙しい」
即答で断ってきた2人に、私は小さく笑い声をあげると、再び黙々と皮剥きの作業に戻る。
じっとこちらを見つめている視線は無視することにした。
「器用だよねぇ」
「そうだな。人間は、器用で羨ましい」
アルノーさんが、リュルザを見つめて黙り込む。
私も、何と言って良いか分からなかった。
しゃこしゃこ、とじゃがいもが剥ける音が響く。
リュルザは、小さく首を振ると、深いため息を吐いた。
「どうやら、気を使わせてしまったみたいだな」
「いや。リュルザは変なドラゴンだな、って思って、それを素直に言うか迷ってただけだから。ほら、親しき中にも礼儀ありって言うでしょ?」
「変な人間のお前に言われたくない」
この、と言いながらアルノーさんが笑ってリュルザの頭をぐりぐりと撫でる。
鬱陶しそうにリュルザの尻尾が地面を打っているが、払いのけないところを見ると、満更でもないのかもしれない。
一体、2人の間でどんな無言の会話が成されたのか分からないが、喧嘩にならずに良かった。
安心して、再びじゃがいもの皮剥きに専念しようとした時、ふいにアルノーさんの手が止まる。
そして、すぐさま口に手を当てると咳き込み始めた。
げほ、ごほ、と咳をする彼に、最初は噎せたのではないかと思ったが、その手の隙間からしたたる赤色に私は手に持っていたじゃがいもとナイフを放り出す。
「アルノーさん!」
大丈夫だから、とこちらを空いている方の手で制してくるが、そんな場合ではない。
私は近くにいたリュルザを振り返る。
「どうしよう!リュルザ!」
「落ち着け、いつもの発作だ。僕たちではどうすることもできない」
「だからって!」
見ているなんて、できない。
私はそう思って、アルノーさんの背中を擦る。
いつも使う治癒魔法は怪我に対する呪文であり、病気に効く魔法ではない。
私は医学系の呪文をほぼ知らないので、何を唱えれば良いか検討もつかなければ、まず、発動するかどうかも怪しい。
リュルザも口ではどうしようもないと言いながら、やはり心配なのか、背中の翼がしゅん、と垂れ下がっていた。
「大丈夫ですか?」
「けほ・・・うぅ・・・ごめん、リザ」
ありがとう、と言いながら、アルノーさんは手についた血痕を見て眉を顰める。
「魔法で治れば楽なんだけどなぁ」
「ないんですか?病気を治癒する呪文」
「少なくとも、人間界とエルフ界とドラゴン界には存在しないよ」
「そんな・・・」
すがるようにリュルザを見ても、彼はその長い首をふるふると横に振るだけだった。
「いいんだ、リザ。子供の頃から、ずっとこの調子だったし」
「でも・・・」
「治そうとも思わないしね。この病気のおかげで、リュルザやアリーセ、エーデルと会えた訳だし」
どういうことだろう、と首を傾げれば、リュルザが説明してくれた。
「もともと、アルノーは療養のために、多くの草木が残っているここに来たんだ」
「多くの草木・・・?」
失礼ながら、私のいる時代はもっと草も木も多い。
あぁ、と合点したようにアルノーさんが肩を竦めた。
「リザはここ以外知らないんだったね。この外に行けば、やせ細った土地と、ヒビ割れた大地しかないんだよ」
「え・・・」
「この土地に来たのは、本来は療養のためだったということを、よく覚えておくんだな、アルノー」
リュルザが、その迫力のある金色の目でアルノーさんを睨みつける。
アルノーさんと言えば、はぁい。と気の抜けた返事をして、からからと笑った。
「ま、いつ死ぬかって怯えて暮らすよりも、死ぬ前に偉大な研究結果を残すって意気込んでた方が、気持ちも楽なんだよ」
「お前は楽観的すぎる」
「そう?今を精一杯生きてるってことだよ」
アルノーさんが、病死したという記録は残っていない。
そもそも、彼の没年数は判明していないのだ。
目の前で笑みを浮かべる、師匠によく似たアルノーさん。
その隣で呆れ返っている、深緑の鱗に金色の目のリュルザ。
考えたくない。
考えてはいけないと、2人を見るたびに、頭の何処かで警鐘が鳴っている。




