07
じゃがいもの皮を剥き終え、台所まで運べば、次は食事の準備だ。
これくらいしか、私にはできる事がないので、ここ数日、食事の支度は私の仕事だった。
じゃがいも、人参、ブロッコリー、たまねぎ。
ミルクもあるので、今日はシチューにでもしようと考える。
肉類は貴重なのか、こちらでは滅多に食卓に登らない。
ブロッコリーの房を切り落としながら、普段なら、師匠がいるからシチューに入れられないんだよな、とぼんやり考える。
師匠は一体、どうしているのだろうか?
また、私の作った料理を食べてくれることはあるのだろうか?
どうにも暗くなってしまう気分をこれ以上落とさないように、じんわりと目尻に浮かんできた涙を拭い、私は料理に集中する。
「何を作ってるんだ?」
パタパタ、とリュルザが近くに飛んできて、私の横から手元を覗きこむ。
泣いていたのがバレやしないかと、ひやりとしたが、彼は気づいていないようだ。
「ホワイトシチューだよ。知ってる?」
「・・・知らん」
「野菜をミルクと一緒に煮込んで、小麦粉でとろみをつけた、スープみたいなもの」
そういえば、ブロッコリーの色がリュルザの鱗の色にそっくりだと気付く。
安直だが、似た色をしている食べ物は、もしかしたら気に入るかもしれないと考えた。
人間の食べ物は味が濃くてどれも微妙だと、常日頃からぼやいているのを私は知っている。
味付けをする前のものなら、彼の口に合うかもしれない。
それに、今、味覚の矯正が出来れば、と自然な流れで考えて、私は即座に頭からその考えを追い出した。
認めてしまえば、辛いだけだ。
誰かの犠牲の上に、私の世界が成り立っていたのだと、肯定するのは怖い。
「食べる?」
はい、と少しドキドキしながら、リュルザの口元にブロッコリーを差し出す。
「・・・美味しいのか?」
「色が似てるし、好きかなー?と思って」
「愚直だな」
ふん、と鼻を鳴らして笑いはしたものの、リュルザは大人しくブロッコリーを口に含む。
その反応を緊張気味に見守っていれば、金色の瞳の瞳孔が細まった。
「なんだこれは」
「どう?」
「不味すぎる。苦いうえに、固い」
飲み込んだものの、後味が悪かったのか、すぐに手近にあった生のじゃがいもをガリガリとかじり始める。
鱗と色が似ているから、という私の考えは本当に愚直だったらしい。
「ブロッコリー嫌い?」
「大嫌いだ。2度と口にしない。人間の食べ物はどれも味が濃すぎると思っていたが、それ以上に酷い食べ物だ」
不機嫌そうに尻尾でピシリ、と床を打つ。
ごめんね、と思いながらその背中の鱗を撫でてあげれば、金色の双眸で思い切り睨まれた。
その色に、やはり既視感を拭えない。
金色の瞳に、深緑の鱗、そして、ブロッコリーが嫌い。
あまりにも、私が良く知っている人物との共通点がありすぎて、結びつけずにはいられない。
「ねぇ・・・リュルザ。もしかして、人間の姿になれる魔法とか使えたりする?」
苦し紛れにそんな質問をすれば、リュルザは訝しげに目を細めた。
「なんだそれは。そんな魔法があるなら、教えてもらいたいくらいだ」
「そっか。うん、そうだよね」
質問の意図が分からなかったのか、リュルザが首を傾げる。
「未来では、人間の姿を取れるような魔法が発明されるのか?」
不機嫌だった顔が、好奇心に輝く。
興味を隠し切れないのか、尻尾が小さく揺れていた。
ドラゴンは、怖いものだとばかり思っていたが、リュルザを見ているとそれが思い違いだということに気付かされる。
こんなにも、キラキラした目で見てくる様子は、ちょっと可愛い。
普段、態度がツンケンしてるだけに、たまに素直になられると、なんだか心の奥がきゅっと締まって、悶えたくなるような気持ちになるのだ。
そんな好奇心に溢れた彼の期待を裏切るのは非常に心苦しいけど、私は正直に首を横に振る。
「ううん。そういう魔法はないけど・・・」
「そうか・・・」
気落ちしたように、翼がペタリと床に落ちる。
そこで、私はあることに気付いた。
「リュルザ、もしかして、人間の姿になりたいの?」
「そうだと言ったら笑うか?」
私はううん、と首を横に振る。
「笑わないよ。私も、リュルザが人間の姿になったところを見たいもん」
そう答えれば、リュルザは面食らったように目を瞬かせた後、口元を緩めた。
「お前で2人目だ」
「なにが?」
「僕が人間の姿になったところを見たい、と言ってくれた人間が」
キッチンの縁に器用に乗りながら、リュルザが笑う。
「アルノーもそう言ってくれた。不思議な人間だな、お前たちは」
「そうかな?見たいと思うんじゃない?」
「いいや。そもそも、普通の人間はドラゴンを見ただけで、逃げ出すか、捕まえようとする」
まぁ、珍しいというより、伝説の生き物だからなぁ、と私はまじまじとリュルザを見つめる。
けれども、こうやって人語を操っている彼と一緒に会話をしていると、ドラゴンはどこにでもいるのではないかと錯覚してしまう。
「別に何も、完璧な姿でなくても良い。ただ、同じように2本の足で走り回ったり、料理の手伝いをしたり、物を書いたり出来るようになりたいだけなんだ」
リュルザが、胸の内を明かしてくれている。
それがとても嬉しいと感じるし、彼のことなら少しでも多くのことを知りたいと私自身が望んでいる。
「同じ目線に立って、同じように物を見たい。エルフやヴァンパイア、妖精族は人間と同じような姿をしているのに、どうしてドラゴンだけが違うんだ?人魚でさえ、半身は人間に近いというのに」
言葉に詰まったかのように、リュルザが押し黙る。
一体何が、彼を駆り立てるのだろうか。
どうして、ドラゴンの姿のままでは不十分なのだろうか。
「なんで、そんなに人間の姿になりたいの…?」
「別に、最初は姿のことを気にしたことなどなかった。人間の知識が得られれば、良かったんだ。けど、アルノーたちと出会って、ドラゴンの身体は不便だと思った。誰かに触れることさえ、ままならない」
人間には無い、大きな鉤爪。
そして、背中から生える翼に、しなやかな尻尾。
口元には尖った牙が覗いている。
彼の複雑な心の内を察することはできず、私は掛ける言葉を見失った。
黙ってしまった私に気を使ってくれたのか、リュルザが小さく笑って話を締め括る。
「とは言うものの、望み過ぎだな。こうして、ドラゴンの姿でも、お前たちは僕を理解してくれ、迎え入れてくれるんだ。今以上の物を望むのは、怖い」
「それを言うなら、私の方がいろいろと望みすぎだと思う」
早く自分の時代に帰りたい、師匠に会いたい、アイリスを痛い目に合わせたい。
リュルザの願いよりも、もっと強欲で、もっと自己中心的だ。
リュルザは、何を恐れているのだろうか?
望むことが怖いだなんて、私には良く分からない。
「うーん、リュルザは難しく考えすぎなんだと思うよ」
「そうだろうか」
「そうだよ。欲しいもの、望むもののために頑張るのは、間違ってないと私は思う。だから、怖がる必要はないんじゃないかな」
じ、とリュルザの視線が私に注がれる。
その手が、ぴくりと動いて小さくこちらに伸ばされた。
なんだろう?と思って首を傾げれば、すぐに手は引っ込み、視線も逸らされる。
どことなく、彼が照れていることを察して、なぜだか、こちらまで恥ずかしくなってしまった。




