05
「ピーィ」
森の中の様子を見てまわってきたスノウが、私に報告をしてくれる。
どうやら、緑がとても少なく、彼女が食べられそうな実はほとんどないそうだ。
「お腹すいた?大丈夫?」
「ピュイ・・・」
大丈夫、とは言っているものの、固くて飲み込めない黒パンにじゃがいもでは、スノウには厳しいだろう。
水に浸してパンは食べさせているものの、本当なら木の実の方が嬉しいに決っている。
「ごめんね」
「ピィピ」
「でも、あの時スノウが私の元にいなければ、こんなことにはならなかったんだし・・・」
「ピ!」
怒ったように軽く手を突かれる。
私はあなたの相棒なんだから、一緒にいて当たり前でしょ!と言われ、嬉しさに顔が緩んだ。
「ありがとう」
スノウがいてくれて、どれだけ心強いだろうか。
きっと、1人でこの時代に来ていたら、挫けていたに違いない。
嬉しくなった私は、スノウに頬を寄せる。
ぐりぐりと頭を押し付けてくる彼女に、くすぐったくて笑いが零れた。
「ねぇ、リザちゃん。その子とお話できるのかしら?」
同じ部屋にいたアリーセさんが、我慢できなくなったのか、そう質問してくる。
私も人がいるにも関わらず、気にせずに話していたのに気づき、小さく謝った。
「すみません」
「別に話しているのは構わないのよ。でも、どうやって意思疎通をはかってるのかと思って・・・」
「私には良くわからないんですけど、同調という魔法らしいです」
「同調?」
師匠に言われたことを一生懸命思い出しながら、私は説明する。
「確か、えーっと、無意識に相手に調子を合わせてるとか何とか・・・」
「じゃぁ、スノウちゃんの言語を理解しているわけではないの?」
「はい。ピィピィ言っているように聞こえてますけど、なんとなく何を言っているかわかるんです」
「不思議な魔法ね」
「たまにですけど、物の記憶を見たりすることもあります」
驚いたようにアリーセさんは目を丸くする。
そして、興奮したようにまくし立ててきた。
「凄いわね!一体、どんな仕組みなのかしら?リザちゃん、身体に魔法陣を刻んだりしているの?」
「いえ・・・どうやら、遺伝らしいんですけど」
「あなたのお父さんかお母さん、もしかして、人間じゃない種族なのかしら?」
「2人とも、たぶん、人間だったと思うんですけど・・・」
「じゃぁ、祖父母の方かしらね?」
楽しそうに推測するアリーセさんに、私は苦笑する。
アリーセさんも、やはり魔法使いなんだな、としみじみと感じた。
いつも、子供たちの世話をしているので、どちらかと言うとお母さんとかお姉さんと言った様子だったのに。
魔法が大好きなところは、師匠によく似ていると思った。
「アリーセさんは、召喚術師なんですよね?」
「あら?どうして知っているの?」
「あ、その、私がいた時代で知ったんですけど・・・」
「なるほどね。まぁ、召喚術師とは言っても、大したこと無いんだけどね」
アリーセさんは肩を竦める。
謙遜しているのか、本当にそう思っているのかは、分からない。
けれども、あまり嬉しそうではない表情に、私は首を傾げる。
「だって、エルフを召喚できる実力の持ち主でしょう?」
「召喚したから凄い、って訳じゃないのよ。召喚するだけなら、誰だってできるわ」
アリーセさんはきょろきょろと視線を彷徨わせて、近くに誰もいないのを確認すると声を落としてため息をついた。
「エーデルとね、どう接したら良いかわからないの」
「え?」
「仲良くしたい、と思うし、彼とは上手くやりたいんだけど、召喚しておいて孤児院の手伝いばっかりさせてて、もしかしたら不満なのかなぁって」
「そういう風には見えませんけど・・・」
「彼、いつもにこにこしているものね。どうして私と契約を結んでくれたのか分からないし、私が契約主になったのかも分からないの」
本当なら、知識も魔力も豊富な彼の方が主になりそうなのに、とアリーセさんは付け加える。
そういえば、以前、あの時はあまり仲良くなかった、というようなことをアリーセさんとエーデルさんが言っていた気がする。
あの時、というのは今の時代のことなのだろうか?
けれども、未来では2人はとても仲良しで息がピッタリなことを私は知っている。
だから、自信を持ってこう言えるのだ。
「心配しないでください。アリーセさんと、エーデルさん、すっごくお似合いですから」
「えっ?お似合い?!」
素っ頓狂な声を上げて顔をパッと赤くしたアリーセさんに、私はおや?と勘ぐる。
「アリーセさん、もしかしてエーデルさんのこと・・・?」
「何のことかしら?!」
慌てて咳払いをし、立ち上がった彼女に、私は笑顔になる。
仕事が残っていたわ!と言いながら、逃げたアリーセさんの背を見送り、私はスノウに話しかけた。
「ね、アリーセさんとエーデルさんが息ぴったりだったのって、やっぱり2人はもう夫婦みたいな間柄だったからなのかな?」
「ピ」
そうかもね、とスノウが同意する。
アリーセさんは、まだ知らないだろうけれど、私はエーデルさんがアリーセさんのために、本気で怒る場面を知っている。
口や表情に出さないだけで、きっとアリーセさんのことを慕っているに違いないのだ。
そこまで考えて、ふ、と胃が落ち込む。
この先、アイリスが現れた時、彼女の身体は奪われてしまうのだ。
霊体になってしまったアリーセさんは、ものに触れることも出来ず、食べることすら不可能になる。
それは、アリーセさんは一生、エーデルさんと手を繋ぐことすら許されないということだ。
今、2人に忠告をすれば、未来を変えることが出来るのだろうか?
けれども、変わってしまった未来で、私は元の場所に戻れるのだろうか?
一度気付いてしまうと、考えずにはいられない。
忠告をして、アリーセさんが身体を奪われなければ、きっと、エーデルさんと一緒に幸せに暮らせる。
ケルベロスを召喚することもなかったアイリスは、私の両親を殺さないかもしれない。
そして、師匠とも出会わず、家族で幸せに過ごせる未来が待っているはず。
師匠と、出会わない。
なんて恐ろしい選択肢なのだろうか。
そんな未来ならいらない、と思うと同時にスッと心臓が冷える。
私がいた世界はたくさんの犠牲の上に成り立っているのだ。
それを、簡単に望んでしまう自分自身の浅ましさに、知らず握った拳が震えた。




