01
「誰?」
後ろから声を掛けられて、肩が跳ね上がる。
あまりにも聞き覚えのある声に、私は嬉しさのあまり、ろくに姿も確認せずに飛びついた。
「師匠!大丈夫なんですか?!魔力は?!それに、今、一体何が起きたんですか?!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!オレと君は初対面だよね?」
力強く肩を掴まれ、引き剥がされる。
驚いて顔を見上げれば、私と同じように驚いた表情をした青年と視線がかち合う。
どこからどう見ても、顔の作りは師匠そのものだ。
「・・・イメチェンですか?」
「何の話?」
けれども、金髪に萌黄色の瞳は完全に別人だった。
どことなく、目つきも師匠より優しい気がする。
よくよく聞いてみれば、声も師匠そっくりだが、幾分か穏やかで、落ち着いた声音だ。
ちょうど、師匠が私に優しくしてくれている時の声に似ている。
兄弟、と言われればしっくりくるかもしれない。
「あの、アイリスは・・・?」
「アイリス?えーっと、アイリスって、ぼけーっとした感じだけど、ちょっと気の強いあのアイリス?」
それは、私の知っているアイリスではない。
首を横に振ると、私は混乱するままに辺りを見回す。
どうにも、木が生い茂っている箇所と、そうでない箇所の違いが激しい。
むき出しになった地面は乾ききって、ひび割れている箇所もある。
あまり豊かな土地では無いようだ。
けれども、見覚えがないはずなのに、どこか似たような場所を見たことがあるような気がした。
「君、突然現れたんだけど、何の魔法使ったの?」
きょとん、と師匠のそっくりさんが首を傾げている。
顔がそのままなだけに、絶対に師匠がしないような仕草に少しだけぞわっとした。
私はびくびくしながらも、現状を把握しようと、とりあえず会話を試みる。
「私が魔法を使った訳じゃないんです。だから、何も分からなくて。・・・ここはどこですか?」
「転移の魔法が開発されたのかと思ったけど、違うのかな?」
「だから、あの、ここはどこですか?」
「突然現れるなんて、魔法以外に考えられないけど。あ、でも、待てよ。空間の融合魔法なら可能なのか・・・?」
独りでぶつぶつと呟いているだけで、全く話を聞いてくれない師匠のそっくりさんにムッとする。
師匠もたまに、わざと人の話を聞かないことがあったけれども、この人は酷すぎる。
あからさまにも、ほどがあるというものだ。
しかも、師匠のようにわざとじゃないらしいところが、やっかいである。
とりあえず、アイリスと師匠がどこに行ってしまったのかだけでも、知りたいのに。
「あの、お兄さん、深緑の髪に金眼の男の人と、銀髪の女の人を見ませんでしたか?男の人はあなたにそっくりなんですけど・・・」
「え?なに?オレにそっくりの人?」
前半は全く聞いていなかったのではないだろうか?
自分にそっくりだという部分だけを拾って、金髪のお兄さんはうーん、と小首を傾げる。
「オレに兄弟はいないけど・・・」
「じゃぁ、銀髪の女の人は?」
「それなら、アリーセのことかな?」
「アリーセさん!じゃぁ、エーデルさんもいますか?!」
知っている名前が出てきたことに、思わず肩の力が抜ける。
何が起こったのか良くわからないけど、あの2人がいるなら、もう心配いらないような気がした。
「なんだ、2人の知り合いか」
金髪のお兄さんは、からからと笑うと、ついておいで、と言って歩き始める。
「ちょうど帰ろうと思ってたところなんだ」
「えっと、アリーセさんのところにですか?」
「うん、今は彼女にお世話になっていてね。あ、そうだ。リュルザも連れて帰らなきゃ。リュルザー!」
聞きなれない名前に、私は誰だろうと首を傾げるが、名前を呼んでいるお兄さんを見ているだけに留める。
やがて、がさごそと茂みを揺らしながら、姿を表した生物に開いた口が塞がらなくなった。
「なっ・・・え・・・?」
「ははっ、驚いたでしょ?」
深緑の鱗に覆われた身体からは翼が生えており、しなやかに伸びる尻尾はゆらゆらと揺れている。
金色のその瞳は獰猛な色を宿しており、今にも口から炎を吐き出しそうだった。
そう、伝説の生き物と言われている、一生お目にかかることすら出来ない程、希少な生物。
「ドラゴン・・・」
呆然として見つめている様子が面白かったのか、お兄さんが声をあげて笑っている。
目尻の涙を拭うと、何とも気軽に私の肩をばしばしと叩いた。
「君、とっても運がいいね!一生をドラゴン探しに費やす人間もいるのにさ!」
「おい、さっき時魔法を・・・誰だその女は」
何か言いかけて、ドラゴンは話題を急変した。
低く唸るように吐き出された声は、鼓膜をびりびりと震わせる。
ドラゴンを初めて見た感動やら恐怖やらで、私は指1本動かせない。
不機嫌そうに揺れている尻尾を掴みたいと思うのは可笑しいだろうか。
鱗は冷たいのか、それとも温かいのか。
とにかく、触れてみたくて仕方がない。
少しだけ、怖いけれど。
「そういえば、君、名前は?」
ドラゴンを真っ直ぐに見つめていた私の視界に、お兄さんが割り込む。
自己紹介をしていなかったことを思い出して、私は慌てて名前を告げた。
「え、あ、リザですけど・・・」
「ん、リザね」
納得したように頷いたお兄さんとは違い、ドラゴンは鼻を鳴らしただけだった。
「なぜ、そんな得体の知れない奴と一緒にいるんだ」
「彼女、突然現れたんだ。どうやらアリーセの知り合いみたいなんだけど」
ドラゴンはじーっとこちらを睨むように見つめている。
体躯は図鑑で読んで想像していたよりも、ずっと小さい。
肩に乗るのは難しいものの、腕に抱えることはできそうだ。
成人したドラゴンの体躯は人間の何百倍もあるはずだから、この子はまだ成人前なのだろう。
ぼけっとしてドラゴンを見つめていると、胸ポケットがもぞもぞとくすぐったいことに気付く。
私はスノウがいたのを思い出して、慌てて彼女を外に出してあげる。
「スノウ、大丈夫だった?」
「ピィ・・・」
元気なく鳴いた彼女は、大丈夫だと言って、周りが安全であることを確認して私の頭の上に収まった。
一連の流れを見ていたお兄さんとドラゴンが、驚いたように声を上げる。
「それ、月光鳥だよね?」
「懐いているとは、珍しいな」
今までさんざん言われ慣れた言葉に、私は苦笑を返す。
再び歩き出したお兄さんと、その横をパタパタと翼を動かしながら飛ぶドラゴンの後に私もついて行く。
森の中にいるはずだが、ところどころ、木が枯れていたり、地面が乾燥してぱっくりひび割れている可笑しな場所だった。
「そういえば、お兄さんの名前は?」
「あー、オレ?アルノーって言うんだ。隣のドラゴンは、リュルザ」
聞き覚えのあり過ぎる名前に、私は眉をしかめる。
「アルノーって、アルノー=ブルーゲルさん?」
お兄さんは嬉しそうに笑うと大きく頷く。
「ちょっと、聞いた?リュルザ!オレって意外と有名だったりするんじゃない?」
「田舎の魔法使いが何を言ってる」
「夢くらい見させてよ!」
ふざけて小突きあう1人と1匹を余所に、私はくらくらする頭を抑える。
思考が状況に追いつかない。
アルノーさんが、生きていたのか。
それとも、私が500年前に来てしまったのか。
師匠は、アイリスは、どうなったのか。
とりあえず、知っている人に会えばどうにかなるかもしれない。
アリーセさんとエーデルさんを頼りにするしかなさそうだ。




