13
花が開いては、枯れて、そして再び芽を出す。
つい先ほど、トリス君とナナちゃんが案内してくれた不思議な場所に、私は連れて来られていた。
胸ポケットにスノウがしっかり収まっていることを確かめ、アイリスを目で追う。
彼女は私を縛りもせず、着いた途端に放置した。
きっと、逃げ出そうとしても、すぐに捕まえる自信があるのだろう。
私に背を向けたまま、空中に光の軌跡で陣を描いては、何かの魔法をかけていた。
「何を・・・やってるの?」
「あんたには関係ないでしょぉ。ま、でも、久しぶりの話し相手だしぃ」
アイリスは手を止めると、にやりと笑いながらこちらに向き直る。
「エルフ避けにゴースト避けよぉ。1人で来てもらわないと困るからねぇ」
あと、魔力吸収の呪文も掛けなくちゃぁねぇ、と言ってアイリスは笑った。
それから、3人も相手するのは面倒だわぁ、と呟いて、再び手を動かし始める。
こちらに危害を加える気はさっぱり無いようだ。
最も、彼女がその気になれば、一瞬で私を殺すことは可能だろう。
師匠と同じ、無言詠唱。
魔法もろくに使えない私には、為す術がない。
「やっとよぉ・・・やっと、アルノーが帰ってくるんだから」
「アルノーって、アルノー=ブルーゲルのこと・・・?」
「なぁに馬鹿なこと言ってるのぉ?あんただって知ってるでしょぉ?」
「青い薔薇を発明した人だってことくらいは・・・」
アイリスの手が止まる。
途中まで描かれていた陣がすっと消えた。
「懐かしいわねぇ。もう、私の瞳は青じゃないけど」
「え?」
「で、それだけ?」
「・・・あなたのことなら、もっと知ってる」
「へぇ?何を知ってるのかしらぁ?」
口角を上げて、いびつな笑みを浮かべる。
なぜだか、他人と話しをしたがる彼女に、私は少し強気になった。
「ゴーストの存在を証明した人」
「常識の範囲内の知識ねぇ」
「そして、その証明を利用して、何か別の治癒魔法を研究していた」
アイリスの目が僅かに見開かれる。
「そんなことが書いてある本、あったかしらぁ?そこまで言及した論文も見たこと無いわねぇ」
「本当に・・・治癒魔法を研究していたの?」
「そうよぉ。治癒、とは少し違うけれどねぇ。ちゃんと完成もしてるのよぉ」
地面に座り込んでいた私に目線を合わせるように、アイリスがしゃがみ込む。
スッと指で頬を撫でられて、思わず身を引いた。
その瞬間、目の前が真っ暗に暗転する。
意識を元に戻そうとするが、無常にも目の前に広がるのは薄暗い部屋の中の風景。
木で出来た椅子と机、そして乱雑に散らばった本やメモ。
なんとも殺風景な場所だった。
その奥に、ツタで縛られて口を塞がれた金髪の女性が見える。
恐怖にその緑色の目を零さんばかりに見開いていた。
そして、その前に立っているのは、茶髪の女性。
肩まで伸びたウェーブがかった髪に、タレ目の優しい印象を与える顔立ち。
際立っていたのは、その驚くほどに青い瞳だった。
『・・・ごめんなさい』
よく見ると、茶髪の女性の左手は黒く変色していた。
服の襟元、鎖骨の辺りも同じような色をしている。
その上には、小さな紋様が白く走っており、どう見ても呪いに掛かっているとしか思えなかった。
『私の身体も、もう持たないだろうし・・・』
縛られている方の女性はいやいやと首を横に振った。
『許されないことは、分かってるの。でも、でも・・・アルノーを助けるには、こうするしかないのよぉ』
す、と彼女は腕を持ち上げると呪文を唱え始める。
『光の標よ、その軌跡を表し我を導け』
指先に灯った光が、すらすらと魔法陣を書き上げる。
迷うこと無く描かれたそれは、中心に六芒星を象った、周囲にルーン文字の書かれている複雑な文様だった。
薄暗い部屋を、魔法陣が明るく照らしだす。
金髪の女性がこれ以上ない程に青ざめていた。
『相交わる自然の理、解きて別離の道を辿れ』
唱えた直後、魔法陣から光が溢れだし、2人の女性を包み込む。
私は咄嗟に目を腕でかばい、光から顔をそらす。
瞼の裏に映る光が収束した頃、そっと目を開けば、茶髪の女性は地面に倒れ、金髪の女性はツタで縛られたままだった。
そして、後ろが透けて見える金髪の女性が1人立っている。
ぶち、と音がして、ツタで縛られていた方の金髪の女性が自力で束縛を解いた。
『・・・できた』
まじまじと、自分の手を見つめる金髪の女性。
そして、呆然とした様子で己の身体・・・そう、奪われた身体を見つめるゴーストの女性。
『これで、アルノーの病気も治せるわぁ!』
アイリスは歓声を上げると、手近にあったクリスタルの小瓶を手に取る。
そして、未だに呆然としているゴーストの女性に向き直った。
『・・・ありがとう。そして、ごめんなさい』
きゅ、と小さな音がして、小瓶の蓋が外れる。
アイリスがその中身をゴーストに向かって振りかけると、呻き声とも叫び声とも取れない声を上げて、女性は消えていった。
初めて見るが、きっと、あの中身は聖水だったのだろう。
清められた魂は、強制的にどこかへ消え去って行く運命なのだ。
『もう、戻れないわ』
景色が遠ざかる。
薄暗い部屋が溶けるように消え去り、明るい日差しが視界に映る。
地面いっぱいに広がる花が、咲いては枯れ、芽を出していた。
「アイリス・・・あなた・・・」
驚愕して私は思わず、銀髪をたなびかせた魔女を見やる。
理解した。
なぜ、病気を治すのに、ゴースト、いや、魂の証明が必要だったのかを。
「アルノーさんを、助けるために、他人の身体に魂を移そうとしたの?」
「・・・あなた、可笑しな魔法を使うのねぇ」
赤い双眸が、じっとこちらを見つめている。
その表情からは、何も読み取れない。
茶髪の優しい雰囲気の女性の面影も、金髪の女性の面影も、黒髪のヴァンパイアの女性の面影すらも、何も残っていないその姿。
その姿になったのは、すべて、自らを実験に使い、アルノーさんの魂を他人の身体に移植することで病気を治すためだったのだ。
「信じられない」
「でしょうねぇ。誰にも理解されなくても良いのよぉ」
「なんで、そんな独りよがりなこと!」
「アルノーがいないなんて、耐えられないものぉ」
「でも、アルノーさんは、もう・・・!」
「あのカナヘビの魂を抜き出せば、眠っているアルノーが起きるはずなのよぉ」
カナヘビ、と言われて誰のことか一瞬悩む。
けれども、すぐに師匠のことだと合点した。
どうして、アイリスは師匠のことをカナヘビだなんて呼ぶのだろうか?
「あいつのおかげで、身体も丈夫になったみたいだしぃ。早く元に戻してあげないと・・・」
アイリスがそう呟くのと、結界がバチリと音を立てるのは同時だった。
怒りの形相で、敵意を顕にした師匠が現れる。
まるで獣のように牙を剥く表情を見たのは、何度目だろう。
「来たわねぇ」
ぺろり、とアイリスが己の唇を舐める。
蛇のように目を細めて師匠を見つめるアイリスの目には、誰が映っているのだろうか。




