12
「ひっく・・・う・・・ひっく・・・」
師匠と無事に仲直りをして、一足先に戻ったところに、泣き続けるダーナちゃんがいた。
その隣でも、同じようにアシール君が目を擦っている。
「あ、リザさん・・・」
気まずそうにトリス君が、こちらを見つめてくる。
ナナちゃんも、一声鳴いた後、トリス君の後ろに身を隠した。
2人には、随分と余計な心配をさせてしまったことを、私は恥ずかしく思う。
「あの、トリス君もナナちゃんも、ごめんね」
「でも・・・その・・・リザさん、もう怒ってない?」
二又の尻尾と猫耳をだらんと下げて、トリス君が上目遣いで聞いてくる。
こんな小さな子に、ここまで気を使わせてしまったことを、申し訳なく思った。
「最初から、怒ってなんかいないよ。お花畑に連れて行ってくれて、ありがとうね」
そう笑って言えば、トリス君は嬉しそうに目を細めた。
「リザさん、なんか元気が無かったみたいだから。良かった。でも・・・」
そこでトリス君は言葉を切って、ダーナちゃんとアシール君を見つめる。
2人は言葉を発することもなく、ただただ泣き続けていた。
「2人共どうしたの?」
「うぅ・・・誰・・・誰かが・・・」
ダーナちゃんは、そこで言葉を切る。
まるで、言うことを躊躇っているようだった。
アシール君も泣き続けるばかりで、何も言葉を発さない。
「さっきから、ずっとこんな調子でさ。いつもより、泣き方が酷いし、どうしたら良いかと思って困ってたんだ」
泣いている子供たちを放って行く気にもなれず、とりあえず宥めようと身をかがめたところで、アシール君が低い声で呟いた。
「死んじゃう」
「え?」
「誰かが・・・近い内に死ぬんだ・・・」
言われて、私はハッとする。
バンシーの特性を思い出して、身震いをした。
「どういうことなの?」
「誰かが・・・死んで・・・業を背負うの・・・」
言葉の意味が分からなかった私は、思わずトリス君を見つめるが、彼も肩を竦めるだけだった。
師匠と一緒に戻ってくれば良かったかな、と思ったものの、呼びに帰るわけにもいかない。
「2人共、落ち着こう?」
そうは言ったものの、アシール君とダーナちゃんは泣き声を上げながら首を横に振っただけだった。
このままにしておく訳にも行かず、どうしようかと迷っていたら、ピピィ、と声がしてスノウがやってきた。
ちょうど良い、とアリーセさんとエーデルさんを呼ぶようにスノウにお願いをする。
「ピ!」
了解した、と言いながら、スノウはすぐに飛び立って行った。
頼れる相棒が居て良かった、と思いながら、顔をあげる。
そして、目線の先、森の木陰から現れた姿に、心臓が凍りついた。
予兆は、無かった。
手足の先が痺れるように、体温が抜け落ちていく。
私が固まったのを見て、トリス君とナナちゃんは不審に思ったのか視線の先を追う。
そう、そこにいたのだ。
銀髪をたなびかせた、赤い瞳の、妖艶な身体つきをした魔女が。
「アリーセ・・・さん?」
ぽつり、とトリス君が呟く。
銀髪の魔女、アイリスは、にっこりと口元に弧を描いた。
「どうして?!身体が元に戻ったの?!」
「キーッ!」
「ダメ!!近づかないで!!」
喜び勇んで駆け出す2人に静止の声を飛ばす。
私の切羽詰まった声に驚いたのか、2人は歩みを止めた。
アシール君とダーナちゃんも驚いたように泣き声を止めたが、その後、再び啜り泣きを始めた。
アイリスはその声に眉を顰めた後、目を細めると、上から下まで舐め回すように私に視線を注ぐ。
「あなた・・・どこかで会ったかしらぁ?」
その間延びした話し方に、トリス君とナナちゃんもアリーセさんとは別人だと気づいたのか、怯えたように私の後ろに隠れる。
一瞬たりとも目を離さないようにしながら、問いかけには答えない。
それに苛ついたのか、銀髪の魔女、アイリスは眉をひそめた。
「その口は飾り物なのかしらねぇ?」
「アイリス=グレイ」
名前を呼べば、ぴくり、と肩が跳ねる。
「何の用なの?」
「何で名前を知っているかっていうのは、愚問かしらねぇ。ここには、アリーセもエルフもいるしぃ・・・」
「何の用なの、って聞いてるの!」
アイリスは肩を竦めると、首を傾げる。
「あなたには関係ないでしょぉ」
「関係ある!私の両親を殺したくせに!」
黙っていたトリス君たちが、驚いてこちらを振り返るのが視界の端に見えた。
アイリスは興味なさそうに、ふーん、と呟いた後、口の端を歪めて笑みを作る。
「やっぱり関係ないわねぇ。だってぇ、私はあなたの両親なんて覚えてないものぉ」
「・・・っ!」
「用があるのは、あなたじゃないのよぉ。そこの、おチビちゃんたち?」
アイリスの視線が、はっきりとトリス君とナナちゃんの方を向く。
2人が驚いている様子を見て、彼女は可笑しそうにクスクスと笑いを漏らした。
「魔法陣が、たぁくさん載ってる本、知らなぁい?」
「し・・・知らない」
トリス君の耳は垂れ、尻尾は縮こまるようにして身体に巻き付いている。
私は彼女が何を探しているのか、ピンと来た。
融合魔法の魔法陣が沢山載っており、無言詠唱ができるようになる本。
そう、アルノーさんの本だ。
「帰って!そんな本、ここには無い!」
「黙って頂戴」
「んっ・・・!」
口が縫い合わさったように動かなくなる。
以前、師匠に掛けられたことがある魔法だ。
アイリスは私に冷たい視線を投げた後、取り繕うように笑みを浮かべてトリス君にもう1度問いかける。
「そんなはずないわぁ。あなた達、融合魔法を掛けられてそんな身体になっちゃったんでしょぉ?教えてくれたら、人間に戻してあげるわよぉ?」
ピクリ、とトリス君の耳が反応する。
ナナちゃんが、その肩で不安そうにキィ、と鳴いた。
「そっちの女の子、そのままだとすぐに寿命が来るんじゃないのぉ?いいのかなぁ?」
「ナナ・・・ナナは、人間に戻れるの?また、話せるようになる?」
「もちろんよぉ」
ダメだ、と私は声を上げる。
しかし、口が開かないせいで、うめいたような音が漏れただけだった。
そもそも、彼らがこのような身体になったのも、両親を失ってしまったのも、この女のせいなのだ。
それを棚に上げて、元の姿に戻してあげるなどと甘言を吐くなんて、信じられない。
アイリスが、トリス君とナナちゃんに手を伸ばす。
2人は、動く様子もなく、呆然とした表情で彼女を見つめているだけだ。
アシール君とダーナちゃんも、恐れを為したように、ただただ固まっていた。
いけない、子供たちを守らないと。
そう思うと同時に、身体が動く。
アイリスから隠すように、トリス君とナナちゃんを抱きしめた途端、私の背後から詠唱が飛んできた。
「大地に宿りし巡る命よ、芽吹きの祝福を与え賜え!」
ありえない量の草花が、アイリスの身体に絡みつき動きを封じる。
驚いて振り返れば、そこには息を切らせたエーデルさんと、師匠。
そして、ふわりと浮いているアリーセさんがいた。
「ピィ!」
呼んできたよ!と誇らしげにさえずりながら、スノウが私の胸ポケットに滑りこむ。
アリーセさんたちだけでなく、師匠も連れてきてくれたことに感謝すると同時に、一抹の不安が過った。
アイリスは、師匠の身体を狙っているのだ。
腕の中に2人を抱きしめたまま、私は師匠を見つめる。
金色の瞳が、すっと細まった。
「リザ、怪我は?」
「ん・・・」
私は黙って横に首を振る。
それだけで、師匠は私に掛けられた魔法に気づいたらしい。
歩いてこちらに寄ってくると、親指でするりと私の唇をなぞった。
呪いはいとも簡単に解け、私は普通にしゃべれるようになる。
「あ、ありがとうございます」
「さぁ、こっちへ」
私のお礼を聞くこともなく、師匠は私と子供たちをアイリスから引き離す。
どうするのかと、ハラハラしている私をよそに、師匠は悠々とアイリスを振り返る。
その途端、彼女の居た場所に大きな火柱が上がった。
「ちょ、ちょっと!何してるの!やめて!」
悲鳴を上げたのはエーデルさん。
師匠はふん、と鼻を鳴らしただけで、やめる様子はない。
「アリーセの身体なんだよ?!分かってるの!?」
「いいの、エーデル。あたしが頼んだのよ。もし、アイリスを見つけたら私の体ごと葬り去ってって」
「でも!」
ふわりと微笑んで、アリーセさんは首を横に振る。
「取り返すなんて、不可能なのよ。私達は肉体と魂を切り離す魔法を知らないもの」
「くっ・・・!」
肉体と魂を切り離す。
いつか、図書館で読んだ乖離魔法をふと思い出した。
その呪文を知っていれば、アリーセさんの身体は取り戻せたのだろうか。
炎は留まることを知らず、轟々と燃え続ける。
これなら、アイリスもひとたまりもないだろう。
「あははっ!やっと会えたわねぇ!アルノーの本を探しに来たら、本人に会えるなんてぇ!」
そう、誰もが油断していたに違いない。
師匠でさえ、気付かなかった。
ぐい、と喉元を後ろから締められて、息が詰まる。
目の前が真っ暗になったと思えば、次の瞬間にはなぜか師匠たちと対面する位置にいた。
「リザ!」
「やぁっと思い出したわぁ。この小娘・・・何でここにいるのかしらぁ?」
耳元で聞こえた間延びしたぞわりと肌が粟立つ。
ふるり、とポケットの中のスノウが震えたのが伝わってきた。
「貴様・・・!」
「見たところ、普通の人間みたいなのにねぇ。あんたの時送りが成功してたってことかしらぁ?」
「彼女は関係ないだろう!離してくれ!」
「カナヘビちゃんが、随分な入れ込みようねぇ!そんなにこの子が大事なら、あなた1人で私に会いに来て頂戴」
するり、と長い爪が喉元を這う。
気持ち悪さと恐怖に顔を歪めれば、師匠がやめろ!と叫ぶ。
「アリーセにもエルフにも用はないから、戦力になるだけ邪魔なのよねぇ」
喉元を撫でていた指が離れる。
そして、甘い猫撫で声を消し、はっきりとした口調でアイリスが師匠に告げた。
「日が沈むまでに、あんたがアルノーを奪った場所に来て。来ない場合は、この子の身体をもらう」
再び、目の前が真っ暗になる。
師匠、と喉まで出かかった言葉は、アイリスに口を塞がれたせいで、声となって届くことは無かった。




