10
ひとしきり部屋に篭った後、私はそっと広間へ向かう。
高ぶっていた感情は鎮まり、今は物事を多少は冷静に考えられるようになった。
師匠にとても酷いことを言った自覚はもちろんしているため、早急に謝ろうと考えた次第だ。
部屋にはいなかったので、広間にいるだろうと思ったのだが、予想は外れたようで、そこにはアリーセさんしかいなかった。
ふわふわと所在無さ気に浮かんでいたが、私の存在に気づいたのかこちらを振り返る。
「あら、どうしたの?」
「師匠を探してるんですけど・・・」
「喧嘩でもした?」
くすりと笑ったアリーセさんに、私は何も言えず押し黙る。
無言を肯定と受け取ったようで、アリーセさんは肩を竦めた。
「落ち込んでたわよ、あの子」
「師匠が?」
「あなたに嫌われたと思ったんじゃないかしら?昔から変なところで気を使うのよね、彼」
彼、という親しげな呼び方に、私の中で小さな嫉妬心が芽生える。
師匠にあれだけ酷いことを言った後で、嫉妬する権利があるのか甚だ疑問だが、感情をコントロールできるほど私は大人でもなかった。
「あの、アリーセさんは、師匠の命の恩人なんですよね?」
この際だ。
気になっていることを聞いておこう、と私は口を開く。
アリーセさんは突然の質問にきょとん、とした後、小さく笑った。
「そうね。そうなるかもしれないわ。でも、大したことじゃないのよ」
懐かしむようにアリーセさんの目が細まる。
「たまたま、力尽きて倒れていた彼を、あたしが見つけてここに置いてあげたってだけの話しだもの」
「でも、アリーセさんが見つけなかったら・・・」
「そうね、どうなっていたか分からないわね」
やはり、アリーセさんは命の恩人なのだ。
私と師匠よりも強い繋がりが2人の間に見えた気がして、無性に悲しくなった。
「あらあら、そんな顔しないの」
言われて、私はハッと表情を引っ込める。
アリーセさんは面白そうにくすくすと口に手を当てて笑った。
「あなたが考えるようなことは、あたし達の間には無いわよ」
ずばり、と心配の種を言い当てられ、私は言葉に詰まる。
カッと頬が熱くなるのを感じた。
「あの子ね、自分の懐に入れた人に対してはとても律儀だから、あたしのことを命の恩人なんて言ってるけれど。そんなことを言ったら、あたしはここの孤児院の子供たち全員の命の恩人になっちゃうわよ」
「そう、なんですか?」
「えぇ。シオンのことは・・・知ってるかしら?」
私はこくり、と頷く。
「シオンのことだって、あの子を助けた時と同じような状況だったけど、あたしのことを命の恩人とは呼ばないわ。だから、大した意味はないのよ」
そう言われて、心のどこかで安堵する自分に気付く。
師匠が使う命の恩人、と私の使う命の恩人はきっと意味が違うのだろう。
「それに、命の恩人というのなら、アルノーの方がよっぽど彼のために尽くしたはずよ」
「え?」
「誤解は解けたのかしら?」
聞き返した言葉は受け流される。
笑顔を浮かべたアリーセさんは、それ以上、何かを教えてくれる様子もない。
「えっと・・・はい」
気まずいけれども、私はそう肯定する。
自分の中の嫉妬にアリーセさんは気づいているだろう。
その証拠に若いわねぇ、なんて頬に手を当てて微笑んでいる。
「アリーセさんだって、十分若いじゃないですか」
「何言ってるのよ。あたしはもう500越えてるのよ」
言われて、そういえば、そうだったと思い出す。
見た目がとても若いので、ついつい忘れてしまう。
「さぁ、ほら。早くあの子のとこに行ってあげて」
「でも、どこにいるか・・・」
「すぐ見つかるわ。外に行けば」
にっこりと微笑んだままのアリーセさんに、小さくお礼を言って、私は玄関へと向かう。
そして、師匠を探しに外へと出た。




