09
信じていたのだ。
アイリスさんは、ゴーストの存在を証明することで、別の角度からの治療法を見つけようとしていたのだと。
だから、ヴァンパイアの中で非道な実験を行っていたことなど、きっと間違いに違いないと思っていたのだ。
けれども、彼女は銀髪の魔女、そう、私の両親を殺した人物その人であった。
手ひどい裏切りに遭った気分だ。
怒りと悲しみが綯い交ぜになり、手が震えて、目の前が真っ暗になる。
あの後、トリス君とナナちゃんがいたおかげで、なんとか自分を保つことが出来たが、施設に帰ってからは誰の顔も見たくなくなり、借りている自室に篭っていた。
アイリスと言う名を口にすることすら嫌悪感が募る。
ベッドに伏して、ぎゅっとシーツを握っていると、どこか遠くで子供が泣いている声が聞こえた。
その声が、やけに耳につく。
私の心の中はこんなにも荒んでいるのに、アリーセさんの孤児院はいつも通り平和であることにさえ理不尽な怒りを覚えた。
「・・・リザ?」
がちゃ、とノックも無しに扉が開く。
顔を上げずとも、師匠であることくらい察しはついた。
けれども、どうにも対応する気にならず、私は顔を伏せたまま無視をする。
こつこつ、と靴音を響かせて、こちらに近づいてきた。
そして、ベッドの前で止まる。
「何を不貞腐れているんだ?」
「・・・誰にも関係ないです」
「トリスとナナに何かされたのか?」
「関係ないって言ってるじゃないですか」
「じゃぁ、どうして機嫌が悪いんだ。心配してたぞ」
「誰が・・・?」
「トリスとナナに決まってる。自分たちのせいで、機嫌を損ねたんじゃないかと言っていた」
「・・・ごめんなさい」
自分の感情の問題なのに、関係ない2人を嫌な気持ちにさせてしまったようだ。
あとでちゃんと謝ろう。
けれども、今は、わざわざ動く気力が無い。
「一体、何があったんだ」
す、と髪の毛に師匠の手が触れる。
いつもなら、とても嬉しいその行為も、今は無性に跳ね除けたい気分だった。
「・・・アイリス」
「アイリスがどうかしたのか?」
「銀髪の魔女は、アイリス=グレイだったんですね」
師匠の手が止まり、ゆっくりと離れていく。
私は顔を上げないまま話を続けた。
「どうして、教えてくれなかったんですか」
「何の話だ」
「誤魔化さないでください。見たんですから。師匠は、アイリスが銀髪の魔女だって知ってたんですよね?」
師匠から返事が無い。
無言は肯定と受け取って間違いないだろう。
なぜ、師匠は教えてくれなかったのだろうか。
アイリス=グレイの話をした時に、銀髪の魔女と同一人物なのだと言ってくれれば良かったのに。
ふつふつと、師匠に対しても理不尽な怒りが湧き上がる。
「私が・・・私が自分の両親の敵のことを嬉々として知りたがっているのを見るのは、さぞ滑稽でしたでしょうね!」
気がつけば、八つ当たりにも近い罵りが口を突いて出てきた。
「違う、リザ・・・。僕は・・・」
「何ですか!今更!言い訳なら必要ないです!」
顔を持ち上げて、師匠を睨む。
その顔には、普段は絶対に見せないような、困惑が浮かんでいた。
師匠はきっと、私のことを思って黙っていたのだと理解している。
もちろん、師匠に当たり散らして迷惑を掛けているのも自覚しているつもりだ。
それでも、やり場の無い怒りに私の口は止まらない。
「放っといてください!師匠の声も聞きたくないし、顔も見たくないんで!」
ぴしゃりとそう言いつけて、私は再び顔を枕に埋めた。
師匠が小さく息をつく。
そして、そのまま何も言わずに部屋を出て行った。
静寂が戻ってきた室内に、外から聞こえる泣き声が、一際大きく響く。
あぁ、この声はダーナちゃんだなぁ、とどこか他人事のような感想が頭の中で浮かんで消えた。




