08
いつものように、子供たちと遊ぶために庭に出る。
午前中はエーデルさんや師匠が子供たちに魔法を教えたり、勉強を教えたりしているのだけれども、午後の数時間は遊びに充てられているのだ。
今日はたまたま、魔法の練習をしている子供たちを眺めていたのだが、アシール君の風魔法には舌を巻くばかりだった。
もし、あそこで、彼と競ってみろと言われていたら、確実に負けていたはずだ。
更には、ダーナちゃんにも勝てる気がせず、私の魔法がいかに弱いのかということを思い知らされた。
そのことをスノウにでも愚痴ろうと姿を探せば、彼女はどこにも見つからない。
温暖で明るいこの森を大変気に入っているらしく、ふらっと出て行っては飛びまわっているようだ。
「リザさん!」
「キーッ!」
庭に出たところで、トリス君とナナちゃんが1番に私に飛びついてくる。
他の子と遊ぶ時もあるが、やはり多く相手をしているのはこの子たちだ。
「あのさ、リザさんを連れて行きたい場所があるんだ!」
「キィッ!」
こっち、と袖を引っ張られて、私は転ばないように2人の後を追いかける。
どこに連れて行かれるのかさっぱり分からないが、ぴこぴこ、とトリス君の耳が楽しそうに揺れている。
ナナちゃんも落ち着かないのか、今日はトリス君の肩ではなく自分で地面を走り回っていた。
「こっちに、不思議な場所があるんだ。花が咲いたり、萎んだりするんだよ!」
「な、なにそれ?」
一体、何の話だろうか?
不思議な場所、というよりは、不気味な場所にも聞こえるけれど。
「そこ、本当に行っても大丈夫なの?」
「なんで?」
「だって、花が咲いたり、萎んだりするなんて、普通じゃないっていうか・・・」
「でも、俺たち何回も行ってるし、ナナだって花食べても平気だったよ。な?」
「キィ」
同意するようにナナちゃんが頷く。
そして、やはり自分で走り回るのは疲れたのか、トリス君の肩に飛び乗った。
「見た方が早いって」
トリス君は私が言ったことに全く取り合わず、私の袖をぐいぐいと引っ張って歩いて行く。
若干の不安を覚えるも、彼らは何度も行っていると言うし、とりあえず足を運んでみることにした。
トリス君は道を覚えているのか、迷いなく真っ直ぐに歩いて行く。
穏やかな日差しは相変わらず降り注いでおり、森が茂って薄暗くなるような雰囲気もない。
道も平坦で、とても歩きやすかった。
「その場所って、トリス君たちだけが知ってるの?」
「ううん、みんな知ってるよ。俺達も、アシールに教えてもらったんだ」
「そうなんだ。みんなは、あんまり遊びに来ないの?」
「アシールは、花が咲いたり枯れたりしてるだけで、あんまり面白くないって。ダーナは眺めるのは好きだけど、エーデルさんと遊ぶほうが楽しいってさ」
「キィキ!」
ナナちゃんは、面白いのに!と反論するように、声を上げる。
確かに、彼女にとっては食べ物が出てきたり、消えたりするようなものだから、飽きないのだろう。
私だって、ショートケーキが出てきたり、消えたりするような場所があるなら入り浸るに決まっている。
「他の奴らも、花にはあんまり興味ないみたい。俺はナナがいるから、よく一緒に行くけど。あ、見えてきたよ」
ほら、と指差された先には、開けた広場があった。
小さくて見えにくいが、色とりどりの何かが、一斉に茶色くなっては、緑色に変わり、また沢山の色彩を並べる。
近づけば、それらが花だということは明らかだった。
花開いた植物が、枯れ、種を落とし、再び芽を出す。
以前、魔法具屋さんで見たものにそっくりだった。
「不思議・・・」
「でしょ?枯れるところは、あんまり綺麗じゃないけど。花が開く時はすごいよね」
「キーッ!」
ナナちゃんはトリス君の肩から飛び降りると、喜び勇んで花の中に飛び込んだ。
私は慌てて手を伸ばしたが、届かない。
「ナナちゃん!危ないよ!」
「何が危ないの?」
「だって、これ、明らかに魔法なのに、そこに踏み入れるなんて・・・」
「リザさんて、心配性だよね。大丈夫だよ、ほら!」
トリス君も、ぴょん、と飛び跳ねると、花が開いたり枯れたりしている中に飛び込む。
二又の尻尾が楽しそうに揺れていた。
「ね、平気でしょ?」
確かに、何も異常は無いようだ。
子供たちがみんな知っていて、一度はここで遊んでいる、ということは、きっとアリーセさんも知っているはずだ。
彼女から注意されていれば、トリス君もナナちゃんもここへ来たりはしないだろう。
そう踏んだ私は、恐る恐る花の中に足を踏み入れる。
特別、何の違和感もなかった。
「ほんとだ・・・」
「ここの花、摘むと普通の花に戻るんだよ。ほら」
ぷち、と茎を折って綺麗に開いた一輪をトリス君が私に見せる。
なるほど、摘んだ花は時が止まったように、変化しなくなった。
「この場所でしか、咲いたり枯れたりしないんだね」
「不思議でしょ?」
「すっごく」
むしゃむしゃと美味しそうに花を食べているナナちゃんと、猫のように揺れる花にじゃれつくトリス君を眺める。
世界には、こんな不思議な場所もあるのかと、どこか感心してしまった。
せっかくだし、師匠へのお土産に花の一輪でも持って帰ってあげよう。
そう思い、私はしゃがんだ先にあった咲いたばかりの薄紫色の花に手を掛ける。
瞬間、視界が真っ黒に染まった。
ここ最近は、しばらく見なかったのにな、と思いながら、私は伸ばした手を引っ込める。
慣れてしまったせいか、どこか暢気に構えていたのだが、広がった凄惨な光景に目を疑った。
大地は抉れ、土がむき出しになり、周囲の木々は雷が落ちた後のように真っ黒に変色している。
やけにクリアになった視界には、エーデルさんと銀髪の女性・・・おそらくアリーセさんだ。
そして、もう1人、唇から八重歯が覗いている、黒いざんばら髪の女性が2人と対峙するように立っていた。
大きく開いた胸元には、魔法陣のような刺青がある。
私がすぐ隣にいるにも関わらず、相変わらず姿が見えていないのか、3人は睨み合ったまま動かない。
ここがどこなのか、一体何の記憶なのか把握しようと周囲を見回した瞬間、心臓が一瞬にして止まるような感覚に襲われる。
「師匠!」
見間違えようもない、深緑の髪色。
地に這いつくばり、苦しそうに頭を抱えたまま動かないその姿に、現実ではないと分かっていても、動く身体を止めることは出来なかった。
睨み合った2人の間を通り抜け、蹲っているその姿の元に駆け寄る。
師匠の周りだけ、様子がおかしい。
植物が茂っては、花開き、そして、枯れていく。
繰り返されるそれは、つい先程までトリス君たちと見ていた光景そのものだ。
師匠を中心に、じわじわと範囲を広げていく様子は、不気味としか形容しようがなかった。
苦しそうに呻き声を上げている師匠にも私の姿は見えていない。
『アルノー・・・どうしてぇ・・・アルノー・・・』
『どう見ても、穏やかな状況じゃないね。一体、アルノーに何をしたんだい?』
『うるさい、耳長!!!私じゃない!私じゃないわ!きっと、そうよ、あのカナヘビが余計なことしたせいよ・・・!』
『カナヘビとは、随分な侮辱の言葉だわ』
『ついでに、耳長も注意してくれてもいいんじゃない?アリーセ』
エーデルさんが茶化すが、張り詰めた空気は変わらなかった。
3人の会話を聞きながら、私は必死に師匠に手を伸ばすが、すり抜けるばかりで触れることすらできない。
「師匠・・・何が・・・一体どうして・・・?」
『Dof Hyuhbsa ? P zhpk fvb P dhua av iljhtl obthu, iba P ohcl ulcly ovwlk aopz jhzl.』
「師匠・・・?何言ってるの?」
『Spgh, Pz zol zhml? Kvlz zol ylabyu oly lyh?』
何か話しているようだが、私には理解できなかった。
唸り、吠えるような響きは、きっと龍語なのだろう。
こういう時に、同調がもっと役立ってくれればいいのに。
触れたくても、触れられないもどかしさ、そして、師匠の言葉を理解できないもどかしさに、私は下唇を噛みしめる。
『嫌よ!嫌よぉ、アルノー!せめて、あなたの身体だけでも・・・』
『もう諦めて頂戴。それに、今、手出ししようものなら、魔力の暴走に巻き込まれるわよ』
黒いざんばら髪の女性が、悔しそうに顔を歪めて師匠を睨んでいる。
アリーセさんと、エーデルさんは、臨戦態勢を解くことのないまま、彼女を見つめていた。
『・・・仕方ない』
ぽつり、と小さく呟かれた言葉が、やけに大きく響く。
だらん、と両手を下げ、完全に戦う気の無いざんばら髪の女性に、皆が諦めたと思った。
『相交わる自然の理、解きて別離の道を辿れ』
まるで、普通にしゃべっているような気の抜けた詠唱だった。
私も、アリーセさんも、エーデルさんですら一瞬、呪文だと気付くことができなかった。
ざんばら髪の女性の胸元にある魔法陣が大きく光を発する。
『きゃぁあああああああ!』
『アリーセ!!』
途端にその光は、真っ直ぐアリーセさんを目指して飛び、ざんばら髪の女性と共に光に包まれる。
『やめろ!アリーセに何をしたんだ!』
叫ぶエーデルさんに、答える声はない。
彼も見たことのない魔法なのか、対処が出来ずに動くことすらできない様子だ。
光が急速に収縮していく。
そして、そこに立っていたのは、アリーセさん。
その側には、ざんばら髪の女性が地に倒れ伏していた。
『アリーセ・・・?何があったの?叫んでいたみたいだけど、怪我はないの?』
アリーセさんは答えない。
じっとエーデルさんを見たまま動かなかった。
『ねぇ、大丈夫なの・・・?』
もう1度、エーデルさんが問いかける。
すると、にやぁ、とアリーセさんの顔が歪んだ笑みを作り出した。
『アリーセなら、あなたの隣にいるじゃなぁい?』
『は・・・?』
ほら、と最早アリーセさんでは無くなった、アリーセさんの姿をした誰かが指をさす。
その先に、半透明になり呆然と宙に浮かんでいる、銀髪の女性の姿があった。
『うそ、あたし・・・』
『アリーセ?アリーセなの?』
『エーデル・・・あたしの身体!』
『あはっ!油断したわねぇ!稀代の召喚術師の身体をありがとぉ!本当はこのヴァンパイアの身体をあげても良かったんだけどねぇ。あんたにあげるの勿体ないからあげなぁい!』
そう言って、銀髪の魔女が地に伏した、ざんばら髪の女性の身体に視線をやる。
その瞬間、炎が上がり、跡形もなく灰になって消えてしまった。
『すごぉい!無言詠唱できるのねぇ!』
『貴様っ!』
ざわり、とエーデルさんの怒りに合わせて木々が動く気配がする。
黒焦げになっていた木が、ぐんぐんと成長し再び緑を茂らしていく。
それを見た銀髪の女は肩を竦めた。
『あーら、あなたの大事なアリーセちゃんの身体、傷つけちゃうのぉ?』
にやにやと笑う銀髪の魔女に、全身に震えが走る。
これ以上、見たくない。
はっきりとそう頭に思い浮かべた途端、視界がぼやけていく。
『許さない・・・!』
『エルフと言えども、どうしようもないものねぇ!』
景色が掠れる。
『聖なる森よ、友よ、アイリス=グレイ、彼の名を持つ者を逃がすな!』
『エルフの本気が間近で見られるなんて、ラッキーだわぁ!』
声が、消えていく。
視界いっぱいに広がる、咲いては枯れていく花畑。
私は呆然としたまま、その景色を目に映す。
トリス君とナナちゃんは無邪気に遊んでいるままだ。
「アイリス・・・グレイ・・・?」
信じられない気持ちで、私は名前を呟く。
私が、興味を持った魔法使い。
アルノーさんと、仲良しだったんじゃないかと考えていた、魔法使い。
あの優しい声、誰かを治したいと懸命に願っていたはずのアイリスさんが、まさか。
「銀髪の魔女」
やけにすとん、と胸に落ちてきた言葉に、私は気が狂いそうなくらいの怒りを覚えた。




