07
ここ数日、私は孤児院の子供たちと一緒に遊んで過ごしている。
人間の子供、魔物の子供、精霊の子供、本当にいろいろな種族が入り交じっているアリーセさんの施設は不思議な場所だった。
中にはヴァンパイアの子もいて、人間や他の種族の子と仲良く遊んでいる姿を見た時、きっとハルさんがいたら大喜びするだろうな、と温かい気持ちになった。
緑が枯れることのない森の奥にあるせいかもしれないが、俗世とは隔絶されたこの孤児院は独立した世界を築いているように見える。
ひっそりと閑静でいて、自然に溢れた沢山の遊び場のあるこの森は、子供の教育にはうってつけのようだ。
たまには喧嘩をしている姿も見かけるけれども、アリーセさんやエーデルさんの仲裁のおかげか、数時間後には仲直りをしている。
師匠やシオンさんは、ここで育ったのかな、と思うと、最近まで年の近い友達がいなかった身としては羨ましい気もした。
元気いっぱいの子供たちが寝静まったあと、ダイニングで一息つくのが私達の習慣になっていた。
師匠は普段からは考えられないくらい、だらしない姿勢で椅子に腰掛けている。
珍しさからその姿をじっと見つめていれば、じろりと睨まれた。
そんな師匠をアリーセさんが、やんわりと諌めてくれる。
「あらあら、そんなにリザちゃんのこと睨まないの」
「睨んでないだろ」
「君はね、目つきがものすっごく悪いことを自覚するべき・・・あいたっ」
エーデルさんが口を挟んでくると、師匠は何も言わずに手近なクッションを魔法で飛ばして彼の顔にぶつける。
それを、まともに食らったにも関わらず、エーデルさんは笑顔を絶やさず、全くしょうがないなぁ、もう。で済ませてしまった。
彼の心の広さに驚くばかりだ。
私だったら、師匠の理不尽な攻撃に対して、怖いから口には出さないものの、心の中でありったけ罵倒するため、あんな笑顔をキープできないだろう。
少なくとも、口はへの字に曲がる。
「君って、リザにもこんな暴力振るってるの?」
「そんな訳ないだろう」
「いや、かなり理不尽な形でいじめられていますが」
あまりにもさらっと師匠が嘘をついたので、私はすかさず訂正する。
いつも本の表紙で叩いたり、ソファに引きずり倒したりしていることを、忘れたとは言わせない。
師匠が余計なことを言うなとばかりに、更に睨みを聞かせてくるが、アリーセさんとエーデルさんがいる手前、私の方が有利だ。
「いつまで経っても、変わらないね。三つ子の魂百までってやつ?」
「好きな子ほどいじめたい、ってやつじゃないのかしら?」
「思春期なんて、とっくに過ぎたと思ってたんだけどな」
「あらあら、あの頃から全然変わってないのねぇ」
にこにこと楽しそうに勝手気ままに発言している彼らに、師匠はもはや反論する気もないようだ。
目線が完全に明後日の方向を向いている。
「ね、リザちゃん。そのペンダントだって、やっぱり、その子がくれたものだったんでしょう?」
「そ、その子?」
「あら、ごめんなさい。昔の癖が・・・」
「もういい、僕は先に休む」
だらしない姿勢から一転、師匠は立ち上がるとさっさと借りている部屋に戻ろうとする。
怒ったのかと私は一瞬、どきりとしたが、顔が完全に疲れていたので、アリーセさんとエーデルさんの相手をするのが面倒になっただけだろう。
「頼むから、余計なことはしゃべらないでくれよ」
ドアのところで一度立ち止まって、アリーセさんとエーデルさんにしっかりと釘を刺して師匠は消えて行った。
それを聞いて、アリーセさんはくすくす笑っているし、エーデルさんは肩を竦めるだけだ。
「恥ずかしがっちゃって」
「相変わらずよね」
あれのどこに、恥ずかしがっている要素があったのか、私にはさっぱり分からない。
きょとん、として2人を眺めていれば、アリーセさんが私の胸元を指差した。
そういえば、ペンダントのことを言われたけれども、今は服の中に隠れているはずだ。
「どうして、私がペンダントしてるって分かったんですか?」
「魔力よ。彼の魔力が篭っているから、あなたが身につけているのが分かったの」
「君たちを引き合わせるための魔力だよ。どれだけリザのことを手放したくないんだ、って感じ。最早、首輪だよ、首輪」
へらっと笑いながらエーデルさんに、言われた言葉を反芻して、顔が真っ赤になるのが分かる。
身を守るとか、そういった魔力ではなく、師匠と引き合わせるための魔力だなんて。
しかも、首輪とまで言われてしまうような魔力が篭っているのだろうか?
「し、師匠、そんなこと一言も言ってなかったんですが・・・」
「彼のことだから、何も言わないでしょうね」
「それより、その師匠呼び、違和感ありすぎて、ちょっと居た堪れない気持ちになるんだけど」
エーデルさんに突然そう言われて、私は頭にはてなマークを浮かべる。
「変ですか?」
「いや、変ではないよ。僕が気になるってだけ。リザが彼の元で弟子をしてるのも知ってたけどさぁ、やっぱり・・・」
「エーデル」
「・・・ごめん、アリーセ」
アリーセさんが、何故か嗜めるようにエーデルさんの名前を呼ぶ。
2人の間で何が起こったのかさっぱり分からない私には、首を傾げることしかできない。
下手に突っ込んで聞いても、困らせるだけなのが目に見えているので、迂闊に聞くこともできなかった。
「さ、それより、彼の昔話でもしてあげましょう」
仕切り直すように、明るく告げたアリーセさんに、ぴくりと耳が動く。
今の今まで気になっていた事柄が全て抜け落ちて、全神経がそちらに向いた。
「師匠の昔話ですか?!」
「えぇ、何が聞きたい?」
「えっと、あの、師匠の子供の時の様子とか!」
「生意気だった」
エーデルさんが、間髪入れずに、そう答える。
「本当にね、可愛げのない子供だったよ。彼がここに来た時って、僕も成人する前だったし、アリーセとも契約したばっかりだったから、大変だったよ」
「そうねぇ、あの時はエーデルとこんなに仲良くなかったわね」
「お互いのこと、さっぱり分かってなかったし」
「それで、あの子は、その、仲間外れにされていたせいで、ここに来たんだけれど、とにかく警戒心が強くて」
「おまけに魔力も強いから、魔法を使い出すと、アリーセと僕以外、手のつけようがなかったよね」
「まぁ、懐かしい。時魔法を使われたときは、どうしようかと思ったわ」
懐かしがりながら、思い出している2人には悪いが、私の感想は一言しかない。
「・・・問題児」
あまり可愛い子供時代は期待できないだろうと思っていたが、ここまでだったとは。
アリーセさんとエーデルさんが手を焼いている姿が目に浮かぶ。
自分のことのように、申し訳ない気持ちになってしまった。
「まぁまぁ。彼だけが悪い訳じゃないのよ。他の子も怖がって、いじめたりしてたから」
「あ、それに、友達が出来てからは丸くなったし」
「友達?それって、もしかして、アルノーさんですか?」
私が名前を出せば、2人は驚いて目を丸くした。
「どうして知ってるのかしら?」
「師匠が以前、アルノーさんっていう友人がいるって話してくれたんです。でも、500年前の人ですよね?」
「えぇ、その通りよ」
「じゃぁ、アリーセさんもエーデルさんも500年は生きてるんですか?」
思わず尋ねた質問に、エーデルさんは声を上げて笑った。
「僕がエルフだってこと忘れてる?長寿で有名なはずなんだけどな」
「私も、エーデルと契約したから、長寿を共有してるのよ。それに、今はこんな身体だしね」
とても間抜けな質問をしたことに気づいた私は、自分の馬鹿さ加減にうんざりした。
エーデルさんの長い耳を見れば、思い出しそうなものなのに、すっかり忘れていた。
「当たり前のこと聞いてすみません・・・」
「いいって、いいって。人間からしたら、びっくりの長生き加減だもんね」
エーデルさんは、ひとしきり笑ったあと、話を元に戻す。
「アルノーを知ってるなら、話は早い」
「そうねぇ。彼も、ちょっと変わってたわね」
「療養と魔法の実験のために、ここに留まってたんだ。で、その間に2人は仲良くなったって訳」
「アルノーは何事にも物怖じしない性格だったから、あの子もすぐに懐いたのよね」
懐いた、という言い方に、結構な年の差があったのではないかと、引っかかるも、アルノーさんは実在して、本当に師匠の友人だったのだ。
本を調べているだけでは分からなかったアルノーさんの人間性の話に、もしかして、2人はアイリス=グレイのことも知っているのではないかと気づく。
アルノーさんとアイリスさんが、もし、お互いに知り合いで、交流があったなら、アリーセさんたちは知っている可能性がある。
ティロへの良い土産話になるかもしれない、と私が口を開きかけた時、運悪く置き時計が午前0時の鐘を鳴らした。
「あらあら、もうこんな時間」
「明日も早いし、もう寝ようか」
明日も仕事をしないといけないアリーセさんとエーデルさんを引き止めるのも申し訳ない。
どうせ、時間はたっぷりあるのだから、また明日の夜、聞いてみよう。
そう思い直し、私は素直に頷いた。
けれども、この先、私がその質問を口にする機会が無くなるだなんて、この時は考えてもみなかった。




