036 ペルノーラ・フロッグのペルシヤード②
粘度の高い泥に辟易しながらも、俺たちは地下21階のセーフティゾーンに到着した。
先人たちが作ったであろう高床式の丸太桟橋は、近くで見ると思ったより頑丈に作られていた。
そのうえ広さも十分にあり、屋台の営業にはもってこいだ。
なにより――。
「思ったより人がいるな」
冒険者の数が多かった。
ざっと数十人はいて、パーティーの数は計測できない。
地下20階のセーフティゾーンが劣悪な環境だった反動だろう。
「お、シュウジだ!」
「噂の屋台だぞ!」
「おい見ろよ、知らないエルフが増えている!」
「うわ、すげー美人!」
「おいおい、シュウジ! お前の店は顔採用なのか? 粒揃いじゃねぇか!」
俺たちに気づくなり、冒険者たちのテンションが上がった。
飛び交う歓声に対し、アリスとミャオはまんざらでもない様子だ。
アリスは「ふふん」と鼻を鳴らし、これ見よがしに腰に手を当ててポーズを決めている。
ミャオもぴょんぴょん跳ねて愛想を振りまいていた。
「…………」
一方、新入りのクレアは無反応だ。
能面のような無表情を貫き、ただ棒立ちになっている。
まるで冒険者たちの声が聞こえていないかのようだ。
ということで、俺が代わりに紹介した。
「彼女は新入りのクレアだ。笑顔と敬語は苦手だが、そのかわり仕事はそつなくこなすオールラウンダーだ」
「よろしく頼む」
ここでようやくクレアが口を開いた。
愛想のかけらもない、事務的で硬質な響きだ。
そのうえ目つきが鋭いので、冒険者たちは身を少し引いた。
「お、おう、よろしく……」
「なんか、妙な威圧感があるな……」
「俺たちより確実に強いぞ……」
場の空気が引き締まったところで、俺はパンと手を叩いた。
雑談を終えて作業に取りかかるぞ、という合図だ。
「クレア、仕事の割り振りを決めよう」
「シュウジに任せる。私は指示に従うだけだ」
「それはそうなんだが、うちでは屋台の準備と食材の調達を同時進行でやっている。今回は初回ということで、希望するほうをやってもらう。どっちがやりたい?」
俺は屋台の準備を進めながら尋ねた。
それに対し、クレアはすぐに確認してきた。
「食材というのは、道中で回収したペルノーラ・フロッグじゃないのか?」
魔物の名前が出た瞬間、冒険者たちがどよめいた。
「うげっ、カエルかよ!」
「もしかして、俺たちがさっき倒したやつじゃねぇの!?」
「シュウジ、今回の看板メニューにカエルを使うなんて言わないよな!?」
「勘弁してくれよ! いつもみたいに肉を食わせてくれよ!」
思ったよりも悪い反応だ。
まるで初めて魔物料理を振る舞ったときのようだ。
どこか懐かしい気持ちを抱きつつ、俺は冒険者たちに答えた。
「たしかにメイン食材はカエルだが、作るのは俺だぜ? それに今回はフレンチの技法を取り入れる。つまり魔物を使ったフランス料理が食えるわけだ」
言い終えたあと、小さな声で「上手くいけばの話だが」と補足しておく。
試作してみて、どうしても味が悪かったら、そのときは唐揚げにする予定だ。
「フレンチだって!?」
「お前、そんな技術もあるのかよ!」
「フランス料理とかオシャレすぎるだろ!」
「それなら食ってみたいかも……」
皆の反応が一変する。
「一瞬で場の空気を変えた。大したものだ」
クレアが感心している。
冒険者たちが落ち着いたところで、俺はクレアに視線を戻した。
「質問の答えだが、メインはクレアの言うとおりカエルだ。ただ、俺はダンジョンのあらゆるものを食材に使う。この階は足元の泥が厄介だが、食える野草自体は豊富だ。食材調達では、そうした野草や果物などを集めてもらう」
「なるほど。なら、私は食材調達を担当させてもらう。野草はこちらの判断で採取してかまわないのか?」
「かまわないよ。ただ、〈ネギ生姜〉だけは優先して回収してくれ。あれは何かと使うからな」
「〈ネギ生姜〉とは?」
「そうか、クレアは知らなかったな。俺が名付けたダンジョン野草の一つだ。ネギのような葉を持ち、根茎は生姜のようになっている。難しそうならミャオをつけようか?」
「いや、今の説明で理解した。場所も覚えている。一人で十分だ」
クレアは即答した。
実に頼もしい返事で期待が持てる。
「シュウジ、ほかの魔物はどうする? 積極的に倒すか、それとも、襲われたときだけ倒すか」
「その辺は任せるよ。ただ、魔物を倒すときは血抜きは丁寧に頼む。食材の質に関わる」
「その辺は心得ている。私も自分で魔物を調理して食べることがあるからな」
「そうだったのか。調理した結果はどうだった?」
「どんな魔物も例外なく不味かった。見た目はいいのだが、味はひどいものだ。だからこそ、シュウジの魔物料理に興味がある」
「期待に応えられるように頑張るよ」
「では、またあとで」
クレアはサクッと会話を切り上げて、セーフティゾーンから去っていく。
その背中を見送っていると――。
「大将、ミャオも調達任務に参加していいかにゃ?」
ミャオがぴょこっと顔を覗き込んできた。
「かまわないが、どうしたんだ? クレアはアリスと違って道に迷わないぞ?」
無言で作業をしていたアリスが「うっ」と反応する。
「そうじゃないにゃ。ミャオも戦闘経験を積みたいにゃ! いつまでもミャオだけが足を引っ張るのは嫌にゃ!」
ミャオの表情は真剣そのものだ。
「そうか、わかった。そういうことであれば、クレアと二人一組で行動してくれ」
「了解にゃ!」
ミャオはビシッと敬礼してから駆け出した。
「アリスの推測どおり、昨日の戦いを気にしているみたいだな」
俺は手を止めることなく呟いた。
「心配になりますわね……」
「まあ、なるようになるだろう」
俺は料理人だから、ミャオの気持ちを完全には理解できない。
だが、自分の力不足に苛立ち、不甲斐なく思うことは何度もあった。
おそらく、そうした経験はどんな職業にもつきものだろう。
そして、壁を乗り越えられるかどうかは自分次第だ。
「そういえば、シュウジさん」
調理器具を並べていると、アリスが新たな話題を口にした。
「ペルノーラ・フロッグをどう調理するかは決まったのですか? お客様たちにずいぶん強気な発言をなさっていましたが……」
「ああ、一応な。フランス料理という縛りもあるし、〈ペルシヤード〉でいこうと思う」
「ペルシヤード? どんな料理ですの?」
「それは作ってからのお楽しみだ。まあ、見れば分かると思うよ。アリスの家でメシを作っているのはパットンだからな」
俺は食材庫から、昨日買ったレモンを取り出した。
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