037 ペルノーラ・フロッグのペルシヤード③
ペルシヤードは、手持ちの食材と調味料だけで十分作れる。
そこで俺は、クレアとミャオの帰還を待つことなく調理を始めた。
「さて、まずは量産に入る前に一人前の試作といこうか」
俺が宣言すると、アリスが小走りで隣にやってきた。
興味深そうに手元を覗き込んでくる。
「まずは下処理からだ」
ボウルに水と塩、それから白ワインビネガーを入れる。
「魔肉を洗うわけですわね!」
「洗うというよりは、臭み抜きと下味を含ませる工程だ。一般的なカエルは味こそ淡白だが特有のクセがある。ソミュール……つまり塩水処理でそれを抜きつつ、身を引き締めるんだ。だが――」
俺は説明しながら、切り分け済みの肉をまな板に並べた。
ペルノーラ・フロッグは後肢が異常に発達している。
太い部位をそのまま焼けば、表面だけ先に固まって中が遅れてしまう。
「――その前に形を整える」
肉の最厚部に、5ミリほどの浅い切れ込みを何本か入れておく。
狙いは火入れを均一にすることだ。
これを怠ると、表面は焼けているのに中心は生焼け、という失敗作になりかねない。
「シュウジさんの調理は、いつ見ても繊細で美しいですわ!」
「料理人が一番格好良く見えるのは調理中だからな」
俺は切れ込みを入れ終えた肉を、塩水に沈めた。
このまま10分ほど放置する。
「そろそろだな」
塩水から肉を取り出し、流水でさっと流す。
「アリス、ここからが大事な工程だ」
俺は肉の表面についた水分を拭き取った。
「キッチンペーパーを惜しげもなく使って……すごい徹底ぶりですわね」
「水分が残っていると、焼くときに油が跳ねるし、何より香ばしく仕上がらない。衣も剥がれやすくなるからな」
「ここでどれだけ徹底するかが、最終的な結果に大きく影響するわけですわね」
「そういうことだ」
アリスが感心したように頷く。
下準備を終えたところで、いよいよ火入れに移る。
「ようやく、こいつの出番だ」
俺は昨夜仕込んだエスカルゴバターを取り出した。
「出ましたわね! シュウジさんを寝不足に陥らせた禁断のバター!」
「いや、俺が寝不足に陥ったのはお前が原因だ」
フライパンを弱火にかけ、エスカルゴバターを溶かす。
「いい匂いですわ……! これだけでパンが何個も食べられそうです」
「こいつは衣用だけどな」
「衣用?」
「パン粉を加えて炒めるのに使う」
溶けたバターがふつふつと泡立ち、ニンニクの食欲をそそる香りが立ち上る。
そこに乾燥パン粉を投入し、焦がさないように木べらで混ぜ続けた。
「パン粉がバターを吸い、次第に美しい黄金色へと変わっていきますわ!」
「これが今回の肝になる。パットンの料理にもあったんじゃないか?」
「たしかに、パットンさんも作っていた記憶がありますわ!」
「だろうな」
こうして、香ばしい〈香草パン粉〉が完成した。
これを一度バットに取り出し、冷ましてカリカリの状態にしておく。
「次は別のフライパンを中火で熱し、太白ごま油を馴染ませる」
解説しながら作業を進める。
「頃合いを見計らい、薄力粉を薄くまぶした巨大カエルの後肢を投入する」
ここで気をつけたいのは、厚い側――切れ込みを入れた側――から、きっちり熱を当てることだ。
ジュワアアアアッ!
心地よい調理音がセーフティゾーンに響き渡る。
同時に、肉の焼ける匂いが一気に広がった。
周囲の冒険者たちが、たまらず鼻をひくつかせた。
「うわ、なんだこの匂い!」
「めっちゃ美味そう……!」
「本当にカエルを調理しているのか!?」
「別の魔肉なんじゃねぇの!?」
俺は冒険者たちの視線を感じながら、慎重に火入れを進めた。
片面をこんがりと焼き固め、裏返す。
「シュウジさん、後肢から先に焼いていることには理由があるのですの?」
「もちろん。他の部位に比べて火の通りが悪いから先に入れたんだ」
「なるほど、火の通りやすさで判断するわけですね」
太い後肢に火が通ってきたのを見計らい、時間差で他の肉も加える。
今回使う肉は後肢も含めて二種類しかなく、もう一種類は背肉だ。
「どちらもいい感じに焼けてきた。さあ、仕上げだ!」
火を弱め、エスカルゴバターを追加で入れた。
バターが溶けて泡となり、肉全体に絡みつく。
「ここから何をするか、わかるよな?」
「アロゼですわ!」
俺は「ご名答」と笑い、溶けたバターをスプーンですくって回しかけた。
フランス料理の代表的なこの技法は、実に素晴らしい。
芳醇な香りを、肉の繊維一本一本にまで染み込ませてくれる。
「わたくし、アロゼをしているときのシュウジさんが一番好きですわ!」
「画になるからな、アロゼは」
喋りながらも集中力は切らさない。
焦がさない範囲で、香りが最高潮に立ち上るのを見極めて火を止めた。
素早く肉を取り出し、先ほど作った〈香草パン粉〉のバットへ放り込む。
肉汁とバターを纏った表面に、サクサクのパン粉をたっぷりとまぶした。
「よし! 〈ペルノーラ・フロッグのペルシヤード〉の完成だ!」
皿に盛り付け、彩りのパセリを散らし、最後にくし切りのレモンを添える。
黄金色の衣を纏ったそれは、我ながら芸術的だと思える一皿になっていた。
「わぁー! すごく美味しそうですわ!」
「なんだよ、この香り! たまんねぇ!」
「マジでペルノーラ・フロッグなのか!? マジのマジなのか!?」
「信じらんねぇ!」
冒険者たちが歓声を上げる。
「見た目は悪くないが、問題は味だ」
魔物料理はここからが怖い。
完璧な調理でも、素材と合っていなければ不味くなる。
実際、過去には何度も失敗してきた。
こればかりは食べてみるまでわからない。
「絶対に美味しいですわ!」
「そうであることを祈るぜ!」
俺は試作分をナイフで切り分け、二枚の小皿に取り分けた。
片方をアリスに差し出す。
もう一方は自分用だ。
「毒見がてら……いざ、実食!」
俺たちは同時にフォークを口に運んだ。
目を閉じ、舌に意識を集中させながら咀嚼する。
「うん! うまい!」
大成功だ。
サクッとした衣の歯ごたえとともに、弾力のある肉がほどける。
淡白なカエルの身に、濃厚なバターとニンニクのパンチ、そしてパセリの爽やかな風味が完璧に融合していた。
「うまい、どころではありませんわ! サクサクの衣を噛み締めた瞬間、濃厚なバターの香りが口いっぱいに広がって、たまりません! そのうえ、お肉は鶏肉よりもプリプリとジューシーで、噛むたびに旨味が溢れてくる! レモンの酸味が後味を引き締めてくれるので、これならいくらでも食べられますわ!」
アリスが大興奮でまくし立てる。
それを聞いた冒険者たちが、我慢の限界を超えて吠えた。
「うおおおおおおおおおっ!」
「シュウジ、俺にも作ってくれ!」
「早く食わせろ! シュウジ!」
「俺も食いたい! いくら出せば食えるんだ!?」
面白いことに、冒険者たちは綺麗に整列していた。
どれだけぎゃーぎゃー訴えても、決して列を乱すことはない。
一秒でも早くありつくために必要なことを心得ているのだ。
「価格は……そうだな、4,000円にするか。本体価格2,000円に、ここまでの危険手当2,000円ってところだ」
かなり雑な値決めだ。
ただ、真剣に考えても同じような価格設定になるだろう。
危険手当を破格にしているからだ。
それは冒険者たちも理解していた。
「中層でこんな料理が食えるなら、4,000円なんて安すぎるぜ!」
「違いない! シュウジの料理はいつも絶品だしな!」
今回もまた、異を唱える者は一人もいなかった。
「大将ー、アリスー! 戻ったにゃー……って、もう営業を始めているにゃ!?」
ミャオとクレアが帰ってきた。
魔物や野草がぷかぷか浮きながら、クレアを追尾している。
エルフにしか使えない高度な魔法の一種だろう。
「シュウジの調理を見逃してしまったか」
クレアが残念そうに言った。
「安心しろ、まだ試作が終わったばかりだ。これから本格的に売り出す。調理ならこれからいくらでも見られるさ」
「ということは、上手にできたにゃ!?」
ミャオが鼻をひくつかせながら駆け寄ってくる。
「おう! 今回の看板メニューは〈ペルノーラ・フロッグのペルシヤード~エスカルゴバター仕立て~〉だ!」
「なんだかオシャレにゃー! 響きだけで美味しそうにゃ!」
「私も食べてみたい」
クレアも興味津々の様子だ。
「まかないでたっぷりと作ってやるから楽しみにしてな! まずは目の前の客を捌くぞ!」
「「おー!」」
アリスとミャオが元気よく拳を突き上げる。
クレアも静かに頷いた。
こうして、本日の営業が幕を開けた。
本一冊分(約10万文字)を執筆したため、いったん終了です!
続きの執筆につきましては、
旺盛な需要や商業化が見込める場合に行う予定です♪
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