035 ペルノーラ・フロッグのペルシヤード①
地下20階層――。
昨日と同じ山道を俺たちは進んでいた。
岩肌がむき出しになった急勾配は、ただ歩くだけでも息が上がる。
「やっぱりこの階は足がつらいにゃ……。ふくらはぎがパンパンだにゃ」
ミャオは舌を出して荒い息を吐き、額の汗を拭う。
「わたくしは早くもお腹が空きましたわね」
アリスは涼しい顔をしている。
「………………」
期待の新人クレアも余裕そうだ。
呼吸一つ乱さず、静かに周囲を警戒している。
顔は前に向けたまま、耳と目だけを動かしていた。
いかにもプロの用心棒だ。
そして、俺はというと――。
「どうしたミャオ? スタミナがないな!」
巨大なリヤカーを引きながら声を張り上げた。
昨日はミャオと同じでヘトヘトだったが、今日は余裕綽々だ。
「大将、おかしいにゃ! どうして平気なのにゃ!?」
俺は「ふっふっふ」と笑った。
「実はシズルがリヤカーを改造してくれてな。俺が引いているときだけ、持ち手がバイクのスロットルみたいに回せるようになった。そしてこれを回せば、魔石の力で自動的に進むわけだ」
「にゃんと!?」
「つまり、俺がリヤカーを引いているように見えて、その実、リヤカーが自動で進んでいるのさ」
この仕様を知ったのは、約2時間前のことだ。
シズルの工房でリヤカーを受け取った際に教わった。
もちろん今回もテスター扱いだ。
急に機能しなくなっても文句は言えない。
「にゃんと!? ずるいにゃ! ミャオはこんなにもつらいのに!」
ミャオが頬を膨らませて拗ねる。
そんな姿を不憫に思ったのか、クレアが口を開いた。
「ミャオ、足がつらいなら魔法をかけようか?」
「にゃ!?」
「私は支援魔法の〈ヘイスト〉が使える。体を軽くして全体の速度を向上させる魔法だが、移動の快適さを増すのにも役立つはずだ」
クレアの申し出に、ミャオの猫耳がピクリと反応した。
「素晴らしいにゃ! かけてほしいにゃ! 今すぐにゃ!」
「わかった」
クレアは短く答えると、ミャオに向けて左手の掌をかざした。
するとミャオの体が光り、背中に半透明の白い翼が生えた。
「にゃー! すっごいにゃ! めちゃくちゃ軽くなったにゃー! クレア、ありがとうにゃー!」
ミャオはその場でぴょんぴょんと飛び跳ね、喜びを爆発させる。
先程までの疲労困憊が嘘のような回復ぶりだ。
「クレア、さっそく活躍しているな。営業が始まる前から頼もしいぜ」
俺が声をかけると、クレアは何も答えなかった。
けれど、その口角はほんの少しだけ上がり、どこか満足げだった。
◇
長い山道を登りきり、俺たちは地下21階に到着した。
ゲートをくぐったすぐ、目に飛び込んできたのは鮮やかな色彩だ。
膝下から腰の高さまである草花が、一面に咲き乱れている。
色とりどりの花が風に揺れる様は、一見すると美しい楽園のようだ。
だが、現実はそう甘くない。
足元は花畑などではなく、じっとりと湿った泥土だった。
「うわ、足が取られるな……」
一歩踏み出すたびに、ズブズブと靴が沈み込む。
粘着質の高い泥が靴底にまとわりつき、足を上げるだけでも一苦労だ。
リヤカーの車輪も泥を噛み、自動走行機能を使っても進みが鈍くなっていた。
「早くセーフティゾーンに避難しよう。どこにある?」
俺は泥に足を取られないよう踏ん張りながら、周囲を見渡した。
「あそこですわ!」
アリスが遠くを指差した。
このクソみたいな湿原の彼方に人工物が見える。
太い丸太を組んで作られた、高床式の桟橋のような構造物だ。
地下20階と同じで、先人たちが築いたものだろう。
「まずはあのセーフティゾーンを目指そう。いつもどおりのプランだ」
俺たちは湿原の中を進み始めた。
花の芳香に混じって、泥特有の生臭い匂いが鼻をつく。
美しい見た目とは裏腹に、ここは冒険者にとって過酷なエリアだ。
「リヤカーの車軸が心配だな。泥が詰まって故障しなきゃいいが……」
「せっかく〈ヘイスト〉で体が軽くなったのに、足場が酷くて苦しいにゃ……」
「こういうエリアは嫌ですわね。服やブーツが汚れてしまいますもの」
アリスが顔をしかめる。
それに対し、クレアは無表情のまま「同感だ」とうなずいた。
「ん? 魔物が死んでいるぞ」
何だかんだ言いながら進んでいると、魔物の死体を見つけた。
巨大なカエル型の魔物で、異常に発達した太い後脚が特徴的だ。
仰向けで死んでおり、腹部が切り裂かれていた。
「それはペルノーラ・フロッグだな」
クレアが呟いた。
「このエリアに棲息する定番の魔物ですわね。素材としての価値がほとんどないので、魔石だけ取って死体は捨てていった感じでしょうか」
アリスが補足する。
周囲を見渡すと、同様の死体が散乱していた。
先に来た冒険者たちが倒したものだろう。
「どの死体も鮮度がいいな。殺されて間もないようだ」
俺はペルノーラ・フロッグの死体に触れてみた。
発達した後脚の筋肉は弾力があり、なかなかいい感じだ。
「冒険者にとっては無価値でも、俺にとっては使えそうだな」
「大将、まさかカエルを料理に使うつもりにゃ!?」
俺は「おうよ」とうなずいた。
「俺が有効活用してやるぜ! 魔物料理としてな!」
「ペルノーラ・フロッグで料理を作れるのか?」
クレアが眉をひそめ、信じられないものを見るような目を向けてくる。
「試してみないとわからないが、問題ないと思うよ」
「それは楽しみだ」
「ミャオは楽しみじゃないにゃ! ヌルヌルしてるし、カエルは気持ち悪いにゃ!」
「わたくしはクレアさんと同じく楽しみですわ! シュウジさんの料理ならペルノーラ・フロッグでも美味しくなりますわ! それになんといっても、今回はとっておきの『エスカルゴバター』がございますから!」
アリスが声を弾ませる。
「エスカルゴバターって何にゃ!? 何かすごいものかにゃ!?」
「フランス料理で使われる伝統的なバターだ」
クレアが言った。
「お、クレアはエスカルゴバターを知っていたか」
「これでもグルメなものでな」
「すると、今日はフランス料理にゃ!?」
「そういうことだ!」
カエルを使ったフランス料理――。
和食中心だったこれまでとは全く違うテイストだ。
客の反応や料理の仕上がりは、俺にも読めない。
だからこそ挑戦し甲斐があるというものだ。
「ここいらのカエルを全て回収するから、護衛を頼むぞ!」
三人にそう告げ、俺はナイフで巨大カエルの解体に取りかかった。
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