030 たまには普通の料理を①
特区の地上に戻ってきた頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。
地下21階まで足を伸ばして野営する選択肢もあったが、今回は見送った。
アリスが玉ねぎを食べ尽くしてしまったからだ。
ということで、今回は食材を補給して家で休むことにした。
「今日もお疲れ様!」
「お疲れ様ですわー!」
「お疲れにゃー」
特区中央のダンジョンゲート前で、俺たちは解散した。
それぞれが帰路につき、今日の探索はこれにて終了……と思いきや。
「どうしてついてくるんだ?」
当然のような顔で、アリスが隣を歩いていた。
「シュウジさんを魔性の女から守るためですわ」
アリスは鼻息を荒くし、拳を握りしめて力説する。
彼女の言う「魔性の女」とはシズルのことだ。
俺とシズルは、いわゆる「大人の関係」にある。
アリスはそれが気に入らないらしく、一方的にシズルをライバル視していた。
なお、シズルの方はアリスのことなど眼中にない。
「安心しろ。今日はスーパーに買い出しに行くだけだ。リアカーを工房に預けたら、ほかに用事はない」
「怪しいものですわねぇ!」
アリスは疑わしげに目を細め、ジトッとした視線を向けてくる。
俺は「やれやれ」とため息をついた。
「そんなことよりも……」
俺はアリスから視線を外し、振り返ってミャオの後ろ姿に目を向けた。
ミャオは俺たちとは正反対の方角に進んでいる。
彼女の向かう先にあるのは〈訓練所〉だ。
訓練所は、冒険者が鍛錬する施設だ。
戦闘技術だけでなく、魔法の修行用設備も整っている。
ダンジョン以外で魔法の使用が認められている唯一の場所だ。
「ミャオの奴、探索直後に訓練所へ行くとは張り切っているな」
俺が感心して呟くと、アリスがふっと真顔になった。
「おそらく、自身の力不足を痛感したのでしょうね」
「力不足?」
「ミャオさんは、迫り来るグリフォンに怯んでしまいましたから」
アリスの指摘を受け、今日の一幕を思い出す。
『ミャ、ミャオの手に負える相手じゃないにゃー!』
たしかにミャオは、あの時、グリフォンに怯んでいた。
敵が狙っていたのは俺なのに、俺よりもビビっていたように見える。
だが――。
「あれは誰だって怖いだろ」
グリフォンは、言うなれば巨大な猛禽類だ。
そんな魔物が殺意を持って迫ってきたら、誰でもビビるだろう。
むしろ、アリスのように毅然と立ち向かえるほうが異常だ。
「おっしゃるとおりですが、冒険者にとっては屈辱的な体験ですわ。猫人族は陽気な振る舞いに反して、内面は繊細な方が多いですから。尾を引かないといいのですが……」
アリスが心配そうに呟く。
彼女なりに仲間のメンタルを気遣っているのだろう。
「まあ、ミャオなら大丈夫だろう。グリフォンに襲われたときも尻尾を丸めていたしな!」
「……シュウジさん、『上手いこと言った』みたいな顔をされていますが、少し寒いですわよ?」
「うるせー!」
俺はアリスの頬を指でつついた。
それから、もう一度、ミャオの背中を一瞥する。
(責任を感じていなければいいが……)
小さな猫人族の背中から漂う哀愁に、俺は一抹の不安を覚えた。
◇
予定どおり、工房でリアカーを預け、特区外周のスーパーにやってきた。
特区にあるスーパーマーケットは3店舗しかない。
その中でも、この店は俺のお気に入りだった。
エルフ族が経営しているからだ。
オーナー、店長、そのほかの従業員まで、全員がエルフ族である。
エルフ族に男はいないから、必然的に店舗スタッフは女性だけだ。
そして、例外なく美人である。
しかし、俺がエルフ族の店を愛用する理由は他にあった。
彼女らは総じてプロ意識が高いのだ。
その反面、金銭欲が薄いことも共通しており、利益よりも品質や顧客満足度を優先する傾向がある。
言い換えれば、良い物を安く販売してくれるということだ。
真の意味でコストパフォーマンスが高い。
また、極めて義理堅い性格もエルフ族の特徴だ。
たくさん利用して恩を売っておいて損はない。
だから、前世でもエルフ族の経営する店を愛用していた。
「……で、なんでまだついてくるのか?」
苦笑しながら隣を見る。
そこには、我が物顔でショッピングカートを押すアリスの姿があった。
「決まっているじゃありませんか! わたくしがいなければ、シュウジさんはお一人で寂しいでしょう? だからですわ!」
アリスはそう言って、誇らしげに胸を張った。
まるで迷子の子供を導く保護者のような言い草だ。
「つまり、アリスは一人じゃ寂しいから俺に同行するわけか」
カート同士が余裕ですれ違えるほどの、ゆったりした通路を進む。
「ぐっ……!」
「なんだ図星か? すると、今日は家に親がいないのか?」
アリスは実家暮らしだ。
家は笑えるくらいの大豪邸で、口調のとおり彼女はお嬢様である。
「実はそうなのです……。お父様とお母様は結婚記念日で旅行に出ておりまして……」
アリスがしゅんとして肩を落とす。
大豪邸に一人だと、たしかに寂しくなる。
前世で独り身だった俺には、その気持ちが痛いほど理解できた。
「そういうことなら、うちに泊まるか?」
「え? それって……」
アリスが目を見開き、みるみるうちに頬を赤らめていく。
「ああ、念のため言っておくが、変な意味での誘いじゃないぞ? うちなら両親もいるし、部屋も余っている。寂しくないって話だ」
「…………」
俺が補足した瞬間、アリスの頬が風船のように膨らんだ。
「不要ですわ! 余計なお世話です!」
「なんで怒っているんだ……」
「怒っていませんわ!」
アリスは頬をぱんぱんに膨らませたまま、ぷいとそっぽを向いてしまった。
(どう見ても怒っているが……まあいいか)
俺は切り替えて野菜コーナーへ向かった。
「とりあえず玉ねぎは補充しておかないとな」
目の前の棚には、ネット入りの玉ねぎが山積みにされている。
さすがはエルフの店だけあって、どれも粒ぞろいで質が良い。
だが、その中でも多少の優劣はある。
俺は真剣な目で玉ねぎを手に取った。
美味しい玉ねぎを見分けるポイントはいくつかある。
まずは皮だ。
表面の茶色い皮がしっかりと乾燥し、艶やかな光沢があるものが良い。
次に形を見る。
なんとなく丸いほうが良さそうに思えるが、実は少し平べったいほうがいい。
熟度が高く、甘みも強いのだ。
そして最後に、重さと硬さ。
手に持ったときにずっしりとした重量感があり、首の部分がキュッと締まっているものを選ぶのが鉄則だ。
首が緩いものは、そこから湿気が入り込み、中が傷んでいる可能性がある。
「まあ、このあたりだな」
俺は厳選した玉ねぎをカートのかごへ放り込んでいく。
「アリスの食欲を考えると、もうちょっと多めに買っておくか」
追加の玉ねぎもかごに入れる。
「このくらいでいいか? いや、もうちょっと……」
なんだかんだで、売り場の玉ねぎをすべてかごに入れてしまった。
これでは選ぶ意味がなかったが、済んだことは仕方がない。
俺は気を取り直して、他の野菜に目を向ける。
そんなとき――。
「そういえば、シュウジさん!」
突然、アリスが俺を呼んだ。
「なんだ? 急に機嫌が直ったな」
「いえ、まだ拗ねていますわ! ですが、気になったことがありまして……」
アリスは唇を尖らせつつも、上目遣いで俺を見る。
「気になったこと?」
「シュウジさんは、いろいろな国の料理に精通していらっしゃるのですよね?」
「自分で言うのもなんだが、そうだ」
俺には前世の記憶がある。
そして、前世ではありとあらゆる料理を極めた。
世間では「料理の巨匠」と呼ばれたものだ。
そんな俺に対して、アリスが不思議そうに尋ねてきた。
「そのわりに、屋台で提供するのは和食ばかりですわよね? それはどうしてですの?」
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