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料理の巨匠、ダンジョンで魔物メシを提供する ~危険地帯で屋台を開いた結果、冒険者の胃袋を掴んでしまいました~  作者: 絢乃


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029 グリフォンの親子丼④

 追加分のグリフォン肉を手早く仕込みつつ、俺は肝心の卵を確認した。


 外見はさながらダチョウの卵のようだ。

 殻の色は少しくすんだ白で、サイズは鶏卵よりもはるかに大きい。


 殻の硬さはダチョウの卵ほどではなかった。

 包丁の背で軽く叩いてみると、小気味よい音を立ててヒビが入ったのだ。

 ダチョウの卵のように、金槌などで叩く必要はなかった。


 殻が混入しないよう気をつけて、ボウルに割り入れる。


「中身は普通の鶏卵を巨大化しただけに見えるな」


 たっぷりの白身と濃厚そうな黄身だ。

 白身の粘度が低いらしく、鶏卵に比べてさらさらとしている。

 ダチョウの卵と同じで、鶏卵よりも水分の含有量が多いのだろうか。

 かなり大きいので、しっかりと攪拌(かくはん)して溶き卵にする。


「アリス、待っていろよ。すぐにできるからな」


「はいっ! 喉を鳴らして待っていますわ!」


 俺は親子鍋を取り出した。

 熱伝導率の高い銅製で、柄が垂直に伸びた独特の形状をしている。

 丼物を作るには欠かせない専用の道具だ。


 親子鍋をコンロの火にかける。

 十分に温まったところで特製の割り下を注ぐ。

 ジューッと音を立て、食欲をそそる香りが立ち上った。

 そこに下処理を済ませたグリフォンの肉と、スライスした玉ねぎを投入する。


「いい感じだ」


 肉の色が変わり、玉ねぎが透き通っていく。

 頃合いを見計らって、今度は卵に手を伸ばす。


 溶き卵の七割ほどを、具材を覆うように回しかけた。

 蓋をして少し蒸らす。

 卵が固まり始めたところで、残りの三割を投入した。


「大将、どうして卵を二度に分けてかけたのにゃ?」


 ミャオが身を乗り出して俺の作業を眺める。


「食感を楽しめるようにするためだ。タイミングをずらすことで、しっかりと火の通った部分と、とろりとした半熟の部分ができる。いわゆる『とろふわ』にするテクニックだ」


 皆が「おー!」と感心する。


「こういう一手間で味が何倍も良くなるから、料理ってのは面白いんだ」


 親子鍋を加熱している間に、丼へ炊きたての白米をよそっておく。

 それが済んだら、再び視線を親子鍋に戻す。

 鍋の中の卵がふわりと膨らみ、割り下がぶくぶくと泡立っていた。


「そろそろだな」


 俺は火を止め、親子鍋を持ち上げて丼の上へ運ぶ。

 そこで手首を返し、鍋の中身を丼に滑り込ませる。


「完成! これが〈グリフォンの親子丼〉だ!」


「「「うおおおおおおおおおおおおお!」」」


 冒険者たちが一斉に歓声を上げる。

 アリスとミャオも「わぁぁぁぁ!」と興奮していた。


「卵が……黄金の輝きを放っていますわ!」


「絶対に美味しいやつにゃー! よだれが止まらないにゃ!」


 俺は自分の分も含めて、全員分の丼を次々と仕上げていく。

 配膳はミャオが担当した。


「よし、全員の手に丼が行き渡ったな?」


 皆が丼を手に取ってうなずく。

 それを確認すると、全員で口を揃えて言った。


「「「いただきます!」」」


 俺は自分の作った親子丼を観察した。

 割り下が染みたご飯の上に、黄金色の卵と肉が鎮座している。

 玉ねぎはくったりと煮え、飴色に輝いていた。

 なによりも、半熟卵のとろりとした艶が実に素晴らしい。

 完璧だ。


(さて、アリスの反応はどうかな?)


 今すぐにかき込みたい衝動を抑えつつ、アリスを眺める。

 彼女は卵、玉ねぎ、肉、ご飯をバランスよく匙ですくい、口に運んだ。


 ぱくり。


 一口食べた瞬間――。


「んふぅー!」


 アリスは恍惚とした表情を浮かべた。

 左手で頬を押さえてうっとりしている。


「なんですのこれは! 卵が信じられないくらいふわふわですわ! それに、玉ねぎの甘みが口いっぱいに広がります! しかし、なによりも、このお肉! 弾力があるのに、噛むとほろりと崩れるほど柔らかいですわ! 噛みしめるたびに溢れる肉汁が割り下と絡み合って、ご飯との相性が最高すぎますわ!」


 アリスが早口でまくしたてる。


「うめぇえええええ!」


「グリフォンの肉ってこんなに美味かったのか!?」


「いや、この割り下が天才的だろ!」


「卵も完璧だ!」


 他の連中も大絶賛だ。


 俺も咀嚼し、その味を確かめる。

 繊維を叩いて壊した甲斐あって、肉は適度な歯ごたえを残しつつも柔らかい。

 魔肉特有の野性味あふれる旨味が、出汁の効いた割り下と完全に調和している。

 我ながら文句のない出来で、無意識に「うむ」とうなずいていた。


「シュウジさん! おかわりですわ!」


 余韻に浸る間もなく、アリスが空になった丼を高く掲げた。

 まだ数分も経っていないはずだが、すでに米粒一つ残っていない。


「おいおい、早食いはよくないぞ」


 俺は苦笑しながら、二杯目の調理に取り掛かる。


「ほらよ。早食いはダメだが、食べる量は遠慮しなくていいからな」


「なんと!? 本当ですの!?」


「この場にいるのは俺を含めて11人だけだからな。肉も卵も山ほどあるし、アリスには命を守ってもらった恩もある。今日は好きなだけ食ってくれていいぞ」


 11人の胃袋に対して、食材の量は明らかに過剰だ。

 巨大なグリフォン2体分に、山盛りの巨大卵。

 アリスの食欲は異常だが、それでも底が尽きることはないだろう。

 ……と思っていたのだが。


「シュウジさん、おかわりですわ!」


「はいよ!」


「シュウジさん、またまたおかわりですわ!」


「おう、いい食いっぷりだ!」


「シュウジさん! シュウジさん! シュウジさん!」


「ちょ、ちょっと待て! ペースが速い!」


「おかわりですわー!」


「すまん、アリス……もう米も肉も卵も玉ねぎも残ってねぇんだわ……」


「えっ」


 ――大きな間違いだった。

 アリスの無限の食欲を完全に甘く見ていた。

 破棄すら想定していた食材が、あっさりと底を尽いたのだ。


「そうですか……。じゃあ、次がラストということで、おかわりですわ!」


「だからもう残ってねぇんだって!」


「うぅぅぅぅ……」


「親子丼に使わなかった部位で適当に調理してやるから待ってろ」


「やったー! 待ちますわ! さすがですわ、シュウジさん!」


 俺は「やれやれ」と苦笑する。

 ミャオや他の冒険者たちは、俺とアリスのやり取りを見て笑っていた。


 こうして、中層で初めてとなる営業も楽しく幕を閉じた。


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